誠文堂新光社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
株式会社 誠文堂新光社(せいぶんどうしんこうしゃ)は、東京都文京区に本社を置く日本の出版社である。
概要
1912年(明治45年)6月1日、茨城県出身の小川菊松は、大口雑誌を扱う大取次の至誠堂から独立し、セドリ屋と俗称される東京市内を回る書籍専門小取次の誠文堂として創業する。1935年(昭和10年)、新光社を吸収合併して現社名になる。
合併直後から太平洋戦争時中を除く昭和40年代頃までは園芸植物や熱帯魚の輸入代行も業務としており、ペット関連、理工学や人文科学、デザイン、美術、教育など学術書、及び児童書分野で知られる。
小川菊松は、『最新愛犬読本』『猟犬銃猟射撃事典』『出版興亡五十年』など自著を同社から発行する他、日本の近代出版史に功績を残すも、1962年(昭和37年)7月3日、体調不良により自宅で散弾銃を用いて自殺する。
現在出版している雑誌・ムック
- 愛犬の友
- アイデア
- 無線と実験
- 子供の科学
- デザインノート
- 天文ガイド
- 天文年鑑
- 陶工房
- 農耕と園芸
- フローリスト
- DOGFAN
- 鉄道画報
- おとなの工作読本
- AIRGUN CATAROGUE
- うさぎの時間
過去に出版された主な書籍・雑誌
- 日米会話手帳(1945年) - 終戦1か月後の9月15日に発売し(発行日は10月1日付)、短期間で360万部以上を売り上げた。これは日本の出版史上1位黒柳徹子『窓際のトットちゃん』に次ぐ2番目の販売部数である。
小川菊松社長が玉音放送を聴いた帰りにひらめいたとされているが、社員の一人が進駐軍を見て思いつき、中国語会話の本から例文250余を選出し、当時東大卒の編集アルバイトでのちに中央大教授となる板倉勝正に英訳を依頼する。訳者は月給100円以下という当時、即金で3000円の原稿料を得るも、英語は専門ではないという理由で名を秘して小川社長の名で発行する。わずか32ページの小冊子であり社名を出すことも憚られるとして、関連会社の科学教材社名義[1]で発行となる。
- 初歩のラジオ(1947年~1992年)
- 玉川百科大辞典(1963年)
- 玉川児童百科大辞典(1967年)
- 商店界
- ガーデンライフ(1962年~1990年)
- オーディオクラフトマガジン
- 電子展望
- 少年技師ハンドブック
- 模型製作ニューハンドブック
- 科学画報
- 学生の科学(1961年)
- 広告界(1926年~1941年)
- 囲碁(1951年~2012年)