董 旻(とう びん、? - 192年)は、中国後漢末期の武将。字は叔穎。父は董君雅。兄は董卓。
董卓は次男なので、董旻は三男である。何進に仕えていたこともあったが、何進が宦官の張譲らに殺害された時に、まず十常侍らを斬り捨て、そして同僚の呉匡と共に何苗を惨殺した。後に、兄が軍を率いて洛陽を支配すると、呉匡を追い払った上で、兄と共に都の権限を完全に掌握した。兄から功績を賞されて左将軍に任命され、以後は兄の補佐役の一人となった。
192年、兄が王允・呂布らによって殺害されると、連座して共に殺害された。en:Dong Zhuo#Family