色名
テンプレート:ウィキプロジェクトリンク 色名(しきめい、いろめい)とは、赤や青などの色に与えられた名前のことである。
色名と色の結合は常に単射ではなく、その結合は恣意的である。色名関連の書籍の色名、色、解説等も、著者により異なる恣意的なものに過ぎない[1]。
目次
色と色名
現代では色を表現する方法として色空間が成立しており、色相、彩度、明度などのパラメータで厳密に表現することが可能である(表色系などを参照)。しかし、このような手法による色の伝達には色に関する知識が必要となり、専門分野以外の場面、とくに色彩に関する知識の無い者が日常生活の中で色を表現する際に十分に活用できるとは必ずしも言えない。そのため、伝統的・慣用的に用いられてきた色名が現代でも多くの場面で使用されている。
通常、ある1つの色名が指し示す色のイメージにはある程度の幅があり、その幅は色名によっても様々に異なる。 そのため、色名と色(すなわち色相・彩度・明度の組み合わせ)との関係は一対一であるとは限らず、ある色名に対応する色が広範囲にわたることや、ある色の領域を指し示す色名が複数ある場合も少なくない。例えば、赤という色は可視光線のうち620nm付近を中心として約600~780nm程度の波長領域に相当すると言えるが、この中には橙や紫に限りなく近いものまで含まれる。朱色や緋色・ワインレッドなどの狭い範囲を表す色名も一般的には赤に包含されると考えられている。さらに、赤はピンクや茶色などの色名とは明度や彩度によって区別されるが、これらとの境界もやはり曖昧であり、場合に応じてピンクや茶色が赤と表現されることもしばしばある。すなわち、赤という色名に対応する色の範疇は広範囲にわたっており、また一方で同じ波長域の色を「赤」「緋色」「紅」と異なる色名で呼称する場合が多く見られるということになる。
色名と実際の色の対応は諸言語や個人間においても差があり、これには文化圏や生活環境が大きく影響していると考えられる。 例として日本語と英語を例にとってみると、日本語で赤と表現される色の領域は英語でredと表現される領域と極めて近い関係にあるが、日本語の話者が赤という色名に対して思い浮かべるイメージがそのまま英語の話者がredという色に対して思い浮かべるイメージと厳密に一致しているかどうかは定かではない。日本語の赤という色の概念が時として英語でorangeやpinkと呼ばれる色についても含んでいることなどを考慮すると、実際、赤やredという色名の概念はそれぞれの文化圏に依存しており、両言語間で翻訳される色名同士がまったく同じ色と言えるかどうかは非常に微妙な問題である。虹を構成する色を表す色名の数が言語や民族によって様々であるという事実も、色名と実際の色のイメージが厳密に対応しているとは言えないことを示している。このように、色名とは色を正確に伝達する記号というよりはむしろ色という抽象概念を共有するための表現手段に過ぎないのであって、「赤」という色名をマンセル記号で定義したり16進数で表記したりするのはあくまでも便宜上のものであり、数値そのものに意味があるわけではないことに注意しなければならない。
色名には、いくつかの種類が存在する。以下でそれらについて記載する。
基本色彩語
基本色彩語 (basic color terms) とは、連続した色空間を日常生活に必要な最も基本的な単位に分類したものである。すなわち、ある限られた範囲の色に与えられた固有の名前ではなく、色空間全体をいくつかの色名で概念的に把握するための言葉であり、多くの者が幼少時に文化的背景に応じて最初に覚える色の名前である。1969年にアメリカの文化人類学者ブレント・バーリンと言語学者ポール・ケイによって発表された報告[2]によれば、さまざまな言語圏において共通する2個から11個の基本色彩語が存在する。
もっとも多くの言語において共通するのは白(white)と黒(black)を表す色名である。さらに赤(red)・青(blue)・黄(yellow)・緑(green)という概念も多くの言語に共通して存在している。日本語や英語ではこれらの最も基本的な色名は、原料やイメージの元となる物の名前ではなく色そのものを表す言葉として存在している。ただし、古典的な日本語など一部の言語では青が緑を内在するような場合もある。
日本語を初めとする大部分の言語では、さらにこれら6つの中間的な色である灰色(gray)・茶色(brown)・ピンク(pink)・オレンジ(orange)・紫(purple)を加えて全11個の基本色彩語が存在する。ただし、ピンクやオレンジは日本独自の色名ではなく、また英語のgray・brownが色そのものを表す語であるのに対し日本語の灰色や茶色・紫などは物や原料の名前で代用しているなどの違いが見られる。ちなみに、英語のpinkとorangeについても同様に物の名前による代用が見られる。
基本色名
基本色名とは、伝達手段として色を言葉で表示する際に基本となる色の名前である。有彩色と無彩色に分類される。色を系統的に分類する際の最も典型的な要素として扱われるため、これらの色に関しての経験と認知は誰にとっても共通のものであるという前提におかれる。
日本のJIS規格では、無彩色に白(white)・灰色(gray)・黒(black)の3種類が用いられている。有彩色には赤(red)・黄(yellow)・緑(green)・青(blue)・紫(purple)に加え、これらの中間的な色を表す基本色名として黄赤(yellow red, orange)・黄緑(yellow green)・青緑(blue green)・青紫(purple blue, violet)・赤紫(red purple)の10種類が採用されている。また、JIS規格に影響を与えたアメリカのISCC-NBS色名法では、最も基本的な色名としてwhite・gray・black・red・orange・yellow・yellow green・green・blue・purple・pink・brown・oliveの13種類を採用している。
これらの基本色名は、それぞれの文化的な背景を強く反映しており、マンセル・カラー・システムにおける表記とは必ずしも一致していない。
系統色名
系統色名はJIS規格においては「物体色を系統的に分類して表現できるようにした色名」と定義されるが、具体的には基本色名に修飾語を組み合わせた色の表記方法のことである。
基本色名は色を分類する上で最も基本になる色名であるが、複数の基本色名の境界領域に存在する色を表すには不十分であり、これらの色名だけでは色空間の中に命名することができない色域が残されてしまう。つまり基本色名のみであらゆる物体色を表示するのは不可能であり、基本色名にさらに修飾語を付加することによって命名不能の色域が生まれないように表示することが必要である。ここで述べる修飾語とは、誰もが理解できるような明度・彩度・色相に関する形容詞等を指している。すなわち、明るい(light)・暗い(dark)・鮮やかな(vivid)・くすんだ(dull)・濃い(deep)・薄い(pale)、あるいは赤みの(reddish)・黄みの(yellowish)、といった表現である。 JIS規格では、このような修飾語は
- 有彩色の明度及び彩度に関する修飾語
- 鮮やかな(vivid)、明るい(light)、強い(strong)、濃い(deep)、薄い(pale)、柔らかい(soft)、くすんだ(dull)、暗い(dark)、ごく薄い(very pale)、明るい灰みの(light grayish)、灰みの(grayish)、暗い灰みの(dark grayish)、ごく暗い(very dark)
- 無彩色の明度に関する修飾語
- 薄い(pale)、明るい(light)、中位の(medium),暗い(dark)
- 色相に関する修飾語
- 赤みの(reddish)、黄みの(yellowish)、緑みの(greenish)、青みの(bluish)、紫みの(purplish)(無彩色ではさらに細かく分類される)
の3つに分類されている。これらの修飾語と基本色名を用いて、鮮やかな黄みの赤(vivid yellowish red)といった命名が可能になる。このような表示方法を用いることによって、色空間におけるあらゆる色を系統色名で命名することができる。また、系統色名から色を想像することも容易となる。一方、1つの系統色名が表す色域はある程度の幅を持っており、明度・彩度・色相を記号や数字を用いて表示する方法に比べて厳密性に欠けるという特徴があるため、正確な色表示にはやや不向きである。
固有色名
基本色名や系統色名は、色空間に属する色域を分割し区別するための表示方法であるが、固有色名はそれらとは異なり、ある特定の色に対して与えられた個別の名称のことである。この個別の名称は、それが用いられる文化圏においてそれぞれの何らかの由来や意味を持っていることが普通である。例えば、その色を得る直接の材料となった染料や顔料に由来する色名や、その色から喚起されるイメージに合う動植物や自然物・人工物などから採用された色名などが一般的である。染料や顔料に由来する例としては、タデアイの葉を染料として得られた藍色や硫化水銀を原料とする朱色などが挙げられよう。色のイメージに由来する例はさらに多く、例えば桜色などは桜の花をイメージさせるごく淡い赤のことであるが、これは決して原料が桜の花であることを意味していない。空色や水色もまた色のイメージから命名された典型的な例である。利休茶や新橋色、ロイヤルブルーといったように人物・地名・身分など、実に様々な対象が色のイメージに重ねられる。固有色名は、その喚起されるイメージによって季節感や感情などとも密接に結び付いており、その社会における色彩に対する感受性を色濃く反映しているといえるだろう。
慣用色名
固有色名の中でも、特に日常的に使われ一般に広く知れ渡っているものを慣用色名と呼ぶ。茜色や山吹色、ラベンダーなど。
日本工業規格(JIS)ではJIS慣用色名(JIS Z 8102:2001)として269色の物体色を規定している。
伝統色名
古来から使われ続けてきた伝統的な色名。慣用色名と重なることも多い。縹色や瓶覗、萌葱色等。
流行色名
時代の風俗や技術を反映し、一時的に流行して生まれた色名。商業的な目的で色のイメージを美化するために採用された恣意的な色名であることがしばしばある。慣用色名と重なることも多い。新橋色やミッドナイトブルーなど。
バーリンとケイの基本色名
ある色がどの基本色名で呼ばれるかは文化によって大きく異なる。例えば、英語の「yellow」は「ochre」(黄土色、或いは茶色に近い色)を含んでおり、日本語の「黄」よりも範囲が広い。又、漢字文化圏(古代中国、朝鮮半島、日本、ヴェトナム)やマヤ文明では、「green」と「blue」を区別せずに「青」と呼ぶ。
上述のバーリンとケイは大学院のセミナーの研究で98種の言語を比較し、言語によって基本色の数は異なること、基本色が対応する色の範囲が異なること、言語の進化によって次第に基本色が分化し増えてゆくことなどを見出した。
彼らは色名は全ての言語において、以下の順序で進化するという法則があると報告している[3]。
- 白(white)と黒(black)は全ての言語にある。
- 色名が3つなら赤(red)がある。
- 色名が4つなら緑(green)または黄(yellow)がある。
- 色名が5つなら緑と黄がある。
- 色名が6つなら青(blue)がある。
- 色名が7つなら茶色(brown)がある
- 色名が8つ以上なら、紫(purple)、桃(pink)、橙(orange)、灰(gray)か、それらのうちどれかを組み合わせた色がある。
日本語の色名とその語源
現代の日本語において基本色名と言える色は、上述のバーリンとケイによる定義に従えば、複合語、外来語、物質・植物・動物などに由来する色名は基本色名ではないため、厳密には「赤」、「青」、「白」、「黒」が基本色名になる。ただし、報告の中で(日本語の研究を担当したのはバーリンとケイではなく、セミナーに参加した英国系の2人の人物であった)日本語の「青(blue)」が、「緑(green)」より遥かに古い時代に遡るだけでなく、青がblueとgreenにまたがっている事実を確認しており、これについて日本語学者の小松英雄は、日本語を反証と見なさざるを得ないが、法則に違背しない解釈も可能としている[4]。
古代から存在する色名は、上記の「アカ(赤)」「クロ(黒)」「アヲ(青)」「シロ(白)」の4色である[5]。他の色は、鉱物・植物名などからの借用が多い(簡単な区別法としては、「○○色」を「○○の色」というように分割できないものが古い、と言うことができる。)。
古代からある色が上記4色である事実は現代日本語においても、その使い方の中に見られる。この4色は形容詞があり、「アカい」「アヲい」「シロい」「クロい」という。黄は「黄色い」、茶は「茶色い」というように「色」が含まれる。他の色名は形容詞がない。
また、「アカアカと」、「シラジラと」、「クログロと」、「アオアオと」のように副詞的用法を持つ色もこの4色のみである[6]。
それぞれの語源は、以下の通りとされる。
- アカ(赤)
- 「アケ(朱)」「ア(明)ける」「アカ(明)るい」と同源で、夜が明けて明るくなるという意味から色の赤に転用されたもの。
- クロ(黒)
- 古くは玄の字が多く使われた。「ク(暮)レる」「クラ(暗)い」と同源で、日が暮れて暗くなるという意味から色の黒に転用されたもの。その際、母音交替(a→o甲)を起こしただけでなく、アクセントまでも高起式から低起式に変化しているのは後述のシロと共通している。染料のクリ(涅。水底の黒土。クロと同様低起式)は意義分化に伴ってアクセント変化を遂げた後にクロから生じたもの。
- アヲ(青)
- 植物名で染料名でもある「アヰ(藍)」と同源。後述する「シル(顕)し」の対語で、はっきりしないという意味から色の青に転用されたもの。
- シロ(白)
- 「シル(知)」「シルシ(印)」と同源で、はっきりした様を表す「シル(顕)し」が、色の白に転用されたもの。その際、u→o甲(詳しくは上代特殊仮名遣参照)に母音交替したのみならず、アクセントまでも高起式から低起式に変化しているのは注目される。
文化の原色がこの4色であることから、古代日本語では、明るい色はアカ、暗い色はクロ、はっきりせず曖昧な色はアヲ、はっきりした色はシロと呼ばれていたと思われる。これらはマンセル色体系等における明度、彩度の概念を想起させるが、現代において「赤」と呼ばれる色ははっきりした(彩度が高い)色であり、「白」と呼ばれている色は明るい(明度が高い)色であることから、赤と白の間で言語の逆転が起こったと思われる。
語源からも分かるように、原始日本語においてはクロの対義語はシロではなくむしろアカであったと判断されるが、奈良時代には既にシロ甲/クロ甲のようにロの母音が同じロ甲類音になっており、シロとクロが対義語として捉えられるようになっていたようである。「白黒はっきりさせる」などのように、或いは警察関係の隠語でシロ・クロというように、シロがクロに対置されるようになった経緯については様々な意見が見られるが、「クラさ」に対する「アカるさ」が、「事物を明瞭にシルことができること」として意味が移り変わっていったことや、中国から入ってきた五行思想の色彩観の影響が理由として挙げられている。
ミドリ(緑)の語源ははっきりしない。「みどりの黒髪」という言い回しがあるが、『みずみずしさを感じさせる艶のある黒髪』を意味しており、おかしな表現ではない。日本文化の四原色の中で「ミドリ」は「アヲ」の中に属するが、これは概念の問題に過ぎず、古代日本人がgreen(緑)とblue(青)を区別する能力を持たなかったことを意味しない。
日本では、greenをアヲ(青)の一部とする用法は広く残っている。そして、greenをミドリとせずアヲと呼ぶ色彩観も方言などにおいては残っており、地方によっては今でもミドリ系統の色を含めてアヲと呼ぶ。その色彩観は、少なくとも近代まで、日本文化・政治にも存在した。「青信号」という語がその証明で、歩行者・自動車信号は法令により「緑色信号」 (green light) として定められ、実際にも現代人が「ミドリ」と感じる色彩が用いられているにも関わらず、俗に「あお信号」と呼ばれ、そのまま定着した。現在では法令の方が『実情に合わせて』改正され、「青信号」となった。更に、現在の緑信号は、赤緑色弱者に配慮し、藍緑となっている。また、greenではなく、実際にblueの「青信号」も登場している。
なお、現代の中国では、「青信号」を「緑灯」、「青空」を「藍天」と言い、greenとblueを区別している。
キ(黄)は葱(キ)の食べる部分の色という説が有力で、萌葱が由来の萌黄という色名も古くからある[7]。 ハイ(灰)はその名の通り灰の色である。
脚注
- ↑ 『色名辞典』清野、島森
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