白幽子

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白幽子(はくゆうし)は、江戸時代京都白川の山中の岩窟に住んでいた隠士。数百年生きた仙人とされ、白幽子仙人白幽仙人白川の仙人ともいわれた。

白幽子は実在した人物で、文禄年間(1592年-1595年)頃には京都の白川の山中に住み、石川丈山の弟子であったという。

1710年(宝永7年)に、禅病に苦しむ白隠慧鶴が白幽子が住む岩窟を訪れ、「内観の法」を伝えたとされる。後に白隠は『夜船閑話(やせんかんな)』、『遠羅天釜(おらてがま)』にその時の顛末と白幽子から伝えられた「内観の法」を記している。

白川乗願院(現京都市左京区)の過去帳には、白幽子は宝永6年(1709年)7月に没したことが記録されており、白隠が訪ねたのが宝永7年(1710年)とあるから、白幽子が死去した1年後ということになり矛盾がある。白隠が若いころに仙人に逢った可能性もまったくないではないが、おそらくは白隠のフィクションであろうと考えられる。

京都の真如堂に、かつて白幽子の墓と伝えられる石碑があったといい、そこには没年が宝永6年8月9日と刻まれていたという。一説には、享年240であったともされる。

参考

  • 『白隠 ―禅画の世界』 芳澤勝弘著、中公新書、2005