イルカ
イルカ(海豚、鯆)は、哺乳綱鯨偶蹄目クジラ類ハクジラ亜目に属する種の内、比較的小型の種の総称(なお、この区別は分類上においては明確なものではない)。
目次
分類と名称
生物分類上はイルカとクジラに差はない。むしろ、ハクジラとヒゲクジラの差の方が生態的にも形態的にも違いが顕著である。しかし世界的にも日常語レベルでは両者は別のカテゴリーとして認識され、別の名で呼ばれることが多い。
日本語では、成体の体長でおよそ4mをクジラとイルカの境界と考えることが多い。これは定義ではなく、実際に○○クジラ、○○イルカと呼ばれている種の体長から帰納した傾向に過ぎず、4m基準に当てはまらない種もある。例えば、コマッコウやゴンドウクジラのような4mに達しないがクジラと見なされる種も多い。ただしゴンドウクジラはマイルカ科であり、まれにイルカとされることがある(ゴンドウクジラ#特徴も参照)。またイッカク科のシロイルカは、和名に「イルカ」とついているが、成体は5mに達しクジラと見なされることが多い。
英語での“Dolphin”と“Whale”の呼称の区別は、日本語の「イルカ」と「クジラ」の区別とほぼ共通する。例えば小型ハクジラ類のうちゴンドウクジラについては英語では“Whale”と呼びクジラとして扱う点で日本語と共通する。ただし、日本語で「イルカ」と呼ばれる種のうちネズミイルカ科のものは、英語では“Porpoise”と呼んでいて、“Dolphin”とは区別している。
なお、近年の研究により、イルカやクジラに最も近い陸上生物はカバ類であることがわかった。
生態
多くは海に生息するが、カワイルカ類のように淡水である川に生息する種類や、淡水と汽水域を行き来する種類もいる。
頭頂部に呼吸のための独立した噴気孔をもち、そこから肺呼吸する。呼吸の周期はおよそ40秒である。 イルカは一度も泳ぐのをやめず息継ぎもきちんとしながら常に泳ぎ続けている事から、かつてはイルカは全く眠らないのではないかと言われていた。しかし、イルカは右の脳と左の脳を交互に眠らせる事(半球睡眠)ができる特殊な能力があることが分かってきており、眠らないという説は現在ではあまり有力ではない。目をつむってから息をするまでの約一分間×300回〜400回が一日の睡眠時間であり、一定方向に回転しながら眠ることが知られている。この回転方向は北半球のイルカは反時計回り、南半球のイルカは時計回りに回ると報告されている。ちなみに、右の脳が眠っている時は反対の左目を、逆に左の脳が眠っているときは右目をつむりながら泳ぐ。
体形は紡錘状で、背に鎌形あるいは三角形の背びれを有する種類が多いが、背びれがほとんどない種類もいる。尾側の最後部に尾びれを有し、尾びれを上下に動かして泳ぐ。前足に相当する部分に胸びれがあり、後ろ足は退化してわずかに骨のカケラとして体内に残る。2006年に腹びれのあるイルカが発見されたこともある[1]。
メスとオスに分かれ、生殖行為を通して一定期間妊娠の後に出産する。生殖器は通常外見からはメスとオスの区別は困難であるが、交接時にはペニスが露出するため容易に鑑別できる。 誕生からしばらくの間は母親の母乳によって育てられる。
多くは魚類や頭足類などを捕食する肉食である。また、水分はあくまでも食料の魚類などから摂取する。水分として直接摂取するほか、脂肪を体内燃焼したときに生じる代謝水もある。海水からは摂取する割合はごく少量であり、意図的に摂取しているのではないと考えられている。海水を大量に摂取した場合、排尿が促進されて脱水症状に陥る点は人間と同じである。イルカの歯はおよそ80本あるが食べるときは丸飲みである。
単独で行動するケースも見受けられるが、複数匹で群をなして行動することが多い。 また複数の実験・観察結果を通して、噴気孔付近から出すクリック音を使って同種の個体同士でコミュニケーションする可能性が指摘されている。 全般的に好奇心旺盛で人なつっこく、船に添って泳ぐなどしてその姿を人間に見せることが多い。人間は、このような性格を興行やアニマルセラピーとして利用している。
知性
イルカは体重に占める脳の割合(脳化指数)がヒトに次いで大きいことから、イルカの知性の潜在的可能性が古くから指摘されており、世界的にも数多くの研究者の研究対象になり、世間一般からも興味の対象とされてきた。 ただし、イルカの脳はサイズは大きいものの、グリア細胞の割合が多く、ニューロン自体の密度はそれほど高くない。ただしニューロンの密度をもって知性が劣ると言い切れるのかは定かではない。従って、脳のサイズのみから知性のレベルを判断するのは早計である。
仮にイルカがヒトに匹敵する密度のニューロンを持てば酸素要求量が増し、長時間の潜水は困難となる。また肺を肥大化させると運動能力が犠牲となるため、現在の脳に最適化されたと考えられている。イルカが人間と同様の知性を持つ、あるいは人間以上の知性をもった存在として描かれる作品は多数あるが、いずれもフィクションであり、科学的根拠は確認されていない。
肉体的な見地からイルカの脳は人間のように十分に活かされていないとする見解もある。イルカの脳は高性能だが、人のようなよく動く指も足もない。肉体的に人ほど優れていないゆえ、十分に脳が活用されるに至らなかったとする見解である[2]。脳は使う体の部位によって発達がほどこされ、使わなければ、それに関連した脳の部位も衰える。その為、人より優れたポテンシャルを秘めながらもイルカの脳は「宝の持ち腐れ」と化していると主張する研究者もいる[3]。つまり、指や足を退化させた分、イルカの脳は人より活用しなくなってしまった部位もあるという事実である[4]。
また、イルカは高い周波数をもったパルス音を発して、物体に反射した音からその物体の特徴を知る能力を持つ。更にその特徴を他の個体にパルス音で伝えたりと、コミュニケーション能力は高く、人間のようないじめも行うこともわかっており、魚などを集団で噛み付き弱らせ弄んだ挙句食べずに捨てる、小さな同種のイルカや弱ったものを集団で噛み付くなどして、殺すなど集団的な暴行行為も行う。
イルカと言語の詳細は「ハンドウイルカ#感覚とコミュニケーション」項を参照のこと。
種
以下に確認・分類されているイルカの名称をあげる。この中には身体全体が発見されていない種もいることから、将来的に新しい種が発見されたり、分類学上の基準が変わり、1つの種が複数の種に分かれたり、逆に複数の種が1つに統合されたりする可能性もある。
「イルカ」に厳密な定義はないが、ここでは和名に「イルカ」がある科(マクジラ科については亜科)に含まれる種を挙げる。これらは、通常「イルカ」と呼ばれる種に一致している。
これらの種は、スナメリを除き、和名に「イルカ」を含む。ただしこれらの他に、イッカク科のシロイルカ(ベルーガ)が和名にイルカがある他にマイルカ科のハナゴンドウにはマツバイルカという別名もあるが、これらの種はクジラに含められることが多い。
- マイルカ上科
- アマゾンカワイルカ上科 - 淡水から汽水域に棲む。
- ヨウスコウカワイルカ上科 - 淡水から汽水域に棲む。
- ヨウスコウカワイルカ科
- ヨウスコウカワイルカ属 - ヨウスコウカワイルカ
- ヨウスコウカワイルカ科
- インドカワイルカ上科 - 淡水から汽水域に棲む。
系統
クジラ類の系統[5]の中で、上で挙げた科・亜科を太字で表す。
海洋資源としての利用
利用の歴史
先史時代の世界各地の貝塚から、イルカを始めとする鯨類の食物残滓が見つかっており、イルカなどの鯨類の骨は生活の道具や狩猟具・漁具として利用されてきた。日本において判明しているのは、縄文時代までさかのぼり、約8000年前の縄文前期の遺跡とされる千葉県館山市の稲原貝塚においてイルカの骨に刺さった黒曜石の、簎(矠・やす)先の石器が出土していることや、約5000年前の縄文前期末から中期初頭には、富山湾に面した石川県真脇遺跡で大量に出土したイルカ骨の研究によって、積極的捕獲があったことが証明されている。
クジラが北欧や日本などの海産国で貴重な資源としてあまねく利用されるのとは異なり、現在ではイルカを中心にした産業が成立しているケースは世界的に見ても少なく、フェロー諸島、南太平洋の島国や日本の一部の地域、カナダのイヌイット地域などで肉が食用に供されているに過ぎない。もっとも、捕鯨技術発達の初期段階では、イルカが捕獲対象となることは多かった。また、ビスケー湾周辺では中世まで盛んに捕獲が行われ、鯨油の原料や食肉として利用された。イングランド宮廷では17世紀頃までイルカが食卓に供されていた。(詳細は鯨肉#食文化の流れ参照)
食用の詳細
日本の場合、比較的イルカがよく観察されるところでは食用にする習慣が残っているところもあり、各都道府県知事許可漁業の「いるか突きん棒漁業」「いるか追い込み漁業」として認可を受けて操業しているところもある(突きん棒漁業とは銛を打ち込んで漁獲する漁法である)。(食用の詳細は鯨肉#昭和以前の需要供給、流通参照)例えば静岡県の東部地域や静岡で水揚げされたイルカが流通する山梨県の一部地域、あるいは和歌山県ではイルカ食文化があり、この漁法で仕留めたイルカの肉を町中の魚屋やスーパーマーケットなどで日常的に販売している。最大の産地は岩手県である。イルカの漁獲量は一般の漁業と異なり、重量ではなく頭数管理とされている。なお、定置網で混獲されたイルカが食用とされる場合もある[6]。2009年にイルカ追い込み漁を批判する映画「ザ・コーヴ」が製作され、日本での公開の際に話題を呼んだ。(捕獲の詳細は捕鯨#日本における捕鯨参照)
調理法としては一般的には肉を削ぎ切りにし、醤油とみりんと砂糖で作ったタレに漬けてゴマをふり天日に干したものを焼いて食べる。生肉は冬が旬の食材で、販売時には肉と脂皮の角切りが一緒にパックされていることも多い。煮物にする場合はゴボウ、ニンジン(または大根)とともに味噌煮にすることが多い。静岡県東部地方ではこれが冬の郷土料理である。また動物性油脂を天ぷら油として使用する一部の地域では、豚の脂身の代わりにイルカの脂肪を使用することもあるようである。
近年になって大型のクジラの捕獲量に制限が加えられ、流通に支障が出てくるようになると、単に「鯨肉」と称してイルカの肉(イルカも種族としてはクジラ種である)が市場に出回るケースもあるようである(これは事実誤認であり、歯クジラでも、大きさによりクジラと分類されるゴンドウクジラなどの肉は、元々クジラとして流通していた)。もっとも、現在のJAS法上はそのような表示は不適法とされており、「ミンククジラ」「イシイルカ」などの種別表示が必要である。
なお、日本の厚生労働省は2005年8月、イルカを含むハクジラ類の肉にはマグロやキンメダイなどの一部の魚介類と並んでメチル水銀などの人体に有害な有機水銀類が含まれるとして、妊娠時の女性に対して摂取を控えるように警告した。具体的には種類により異なるが、全体に魚類に比べて厳格な基準が設けられ、最も厳格な基準のバンドウイルカについては1回約80gとして妊婦は2ヶ月に1回以下とするように推奨している。ただし、妊婦以外の一般人の摂取に関しては、幼児の場合なども含めて特に制限が必要とはされていない。 [7][8]
その他の利用
飼育展示や人への心理的効果
バンドウイルカなど一部のイルカは水族館において展示飼育されることも多い。訓練されたアクション(海面上へのジャンプや立ち泳ぎ等)によるイルカショーなどに使用される。
動物療法(アニマルセラピー)として、イルカと触れ合うことで心が休まることなど、精神的な疾病の治療にも利用されることもある。水族館での生活に適応できた個体は長生きし繁殖まで行うことが出来、一部の施設では三世代繁殖の成功もしている。
船でイルカと併走しながら泳ぐ様を観賞するドルフィンウォッチング(ホエールウォッチング)が開催されている。
軍用
アメリカ合衆国海軍においては動物兵器(軍用イルカ)として、機雷の探知・ダイバー救助などに利用されている。米海軍が和歌山県太地漁港からハナゴンドウを買ったこともある。
文化
季語
イルカをモチーフにした作品
- 小説・童話
- 『ライオンとイルカ』(イソップ童話)
- 『イルカと海へ還る日/HOMO DELPHINUS]』(ジャック・マイヨール Jacques Mayol)
- 『イルカのハッピーフェイス』 リチャード・オバリー Richard O'barry 地湧社
- 『イルカと友達になる方法』 廣瀬裕子 ハルキ文庫
- 『イルカの島』 アーサー・C・クラーク 創元SF文庫
- 『イルカの日』 ロベール・メルル ハヤカワ文庫
- 絵本
- 歌
- 『イルカにのった少年』(歌:城みちる)
- 『イルカはザンブラコ』(作詞:東龍男、作曲:若松正司)
- 『ドルフィン・リング』(歌:杏里、作詞・作曲:ANRI)
- 『イカイカイルカ』(作詞:下山啓、作曲:福田和禾子。『おかあさんといっしょ』
- TVドラマ
- 映画
- 『ドルフィンブルー フジ、もういちど宙へ』
- 『イルカの日』(監督:マイク・ニコルズ)
- 『ザ・コーヴ』
イルカをシンボルに用いる職業
- アメリカ合衆国海軍や海上自衛隊の潜水艦徽章は二匹のシャチをあしらったデザインだが、これをドルフィンマークと称して潜水艦乗りの別名となっている。
- 旧日本国有鉄道が運航していた青函連絡船では、各船ごとにイルカと救命浮標をデザインした固有のシンボルマークが用いられていた。
脚注
参考文献
- 「クジラ・イルカ ハンドブック」S・レザーウッド/R・リーヴス著……この項のイルカの分類と名称は完全にこの書に負っている。
- 雑誌「GEO」1998年5月号、同朋舎刊……特集記事「イルカ大百科」のなかで、マレー湾でのハンドウイルカたちによるネズミイルカの殺害のエピソードが載っている。
- 『イルカが知りたい どう考えどう伝えているのか』 村山司 講談社選書メチエ
- 『イルカと話す日』(ジョン・C・リリー John C. Lilly NTT出版)
- 『イルカの大研究』 佐藤一美著 PHP研究所
関連項目
外部リンク
- コリント湾でのイルカの動画(ギリシャ)
- イルカの飼育係というお仕事(1)、(2)、(3) - 中日新聞プラス
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ 池谷裕二 『進化しすぎた脳 中高生と語る[大脳生理学]の最前線』 講談社 2007年 ISBN 978-4-06-257538-6 pp.81 - 82
- ↑ 池谷裕二 『進化しすぎた脳 中高生と語る[大脳生理学]の最前線』 講談社 p.85
- ↑ なお、この考えに従うなら、2006年に和歌山県太地町立くじらの博物館に捕えられた腹(第4の)ヒレ(退化した後足の名残=先祖返りと見られる)を有する個体「はるか」(バンドウイルカ・当初オスと見られていた)は自力で動かせる分、それに関連した脳の部位が他の個体より発達していると考えられる。朝日新聞 2006年11月5日(日曜)、及び、2011年12月1日(木曜)付 記事、一部参考。
- ↑ May-Collado, L., Agnarsson, I. (2006). Cytochrome b and Bayesian inference of whale phylogeny. Molecular Phylogenetics and Evolution 38, 344-354. [1]
- ↑ 水産庁「鯨類(いるか等小型鯨類を含む)の捕獲混獲等の取扱いQ&A」
- ↑ 鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査結果について (厚生労働省食品保健部)
- ↑ 厚生労働省:妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項の見直しについて(Q&A)