惜別

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テンプレート:Portal惜別』(せきべつ)は、太宰治小説。太宰の作品としては、中期に発表された作品となる。東北大学医学部前身の仙台医専に留学していた頃の魯迅を、東北の一老医師であり、当時の魯迅の親友が語るという設定で、藤野先生・私・周君(魯迅の本名)らの純粋な対人関係を描いた。作中で魯迅の語る偽善革命運動家への疑問などを通して太宰自身の思想が色濃く反映されており、伝記としての魯迅伝とは若干異なる作品となっている。

作品名「惜別」は、藤野先生が渡した写真の裏書きに由来する(魯迅の人物・経歴の項参照)。新潮文庫(ISBN 4-10-100610-5 解説:奥野健男)で書籍化されるにあたり、『右大臣実朝』をあわせて収録された。

作品背景

お伽草子』と同様に文学不毛な時代に書かれた作品。1943年昭和18年)11月に招集された、大東亜会議の五大宣言を小説化するため、同年に内閣情報局と文学報国会の依嘱を受けて書き下ろされた、唯一の国策小説ではあるものの、「中国の人を賤しめず、軽妙に煽てる事もせず、独立親和の態度で臨んだ。日支(日中)全面和平に効力を与えたい。」という意図の政治発言を太宰にしては珍しくしている。『竹青』(『お伽草子』新潮文庫 ISBN 4-10-100607-5 に収録)の末尾にも「竹青はシナ(中国)の人達に読んで貰いたくて書いた」とあるように、太宰は対等な日中和平を真に望んでいた作家であったともいえる。

評価

他の太宰作品とは大きく異なる傾向にあるこの作品に、熱烈な太宰ファンだった竹内好武田泰淳鶴見俊介といった作家らは失望を表した。竹内や武田は東京大学支那文学科に籍を置いていたこともあり(武田は中退)、中国文学に独自の愛着を感じていたためだとも考えられる。

収録作品

  • 右大臣実朝
  • 惜別

外部リンク