尾崎健夫

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テンプレート:ゴルファー 尾崎 健夫(おざき たてお、1954年1月9日 - )はプロゴルファーである。徳島県海陽町出身。通称はジェット、あるいは姓を続けてジェット尾崎

ジャンボ尾崎こと尾崎将司の弟であり、プロゴルファーとして知られているが、甲子園で優勝した兄と同じく海南高校海南町)時代は野球部のエースとして活躍した。弟は尾崎直道

アメリカの下部ツアーを転戦していた時にアメリカ人若手プロから「ジェット」のニックネームを付けられた。これは、健夫がドライバーショットを放つとボールがジェット機のように強烈な勢いで飛んでいくのに驚いたからであり、以来この呼び方が定着している。因みに「ジャンボ」は将司のデビュー当時のスケールの大きいプレー振りから、ある新聞記者が「まるでジャンボジェットの様だ」と表現したことに由来し、末弟直道の「ジョー」は公募による。

2012年8月10日、女優の坂口良子と結婚した。継子はタレントの坂口杏里。また、その模様は「ぴったんこカン・カン」で放送された。

高校野球

兄と違い甲子園出場の機会には恵まれなかったが、野球選手としての素質は兄を凌ぐともいわれ、県下No.1の剛速球投手として知られていた。伸びのある速球は正捕手大石友好(のちに西武ライオンズに入団したプロ野球選手)不在時、控えの捕手が怖がって捕れないほどであったという。練習試合では各地の名門強豪校をなで斬りにして「徳島海南に尾崎あり」として知られた。当然プロからも注目され、甲子園に出場していないにもかかわらずドラフト会議ではヤクルトスワローズに3位指名されたが、兄と同じ道を歩む事を選び入団を拒否(兄の尾崎将司がヤクルト本社に直接赴き、断りを入れている)、プロゴルファーとなった。

プロゴルフ

18歳からゴルフを始め、1975年にツアープレーヤーになる。翌1976年フィリピンオープンでツアーデビューし、初優勝は1979年白竜湖オープン。

1984年には初勝利と同じ白竜湖オープン、そしてフジサンケイクラシックにて優勝し、日本国内賞金ランキング3位となる。翌1985年日本プロゴルフ選手権日本シリーズなど5勝で日本国内賞金ランキング3位になるなど、活躍。1993年を最後に長らく優勝がなかったが、2000年のフジサンケイクラシックで久しぶりに優勝している。

現在はPGAシニアツアーを中心に活動しており、2006年PGA フィランスロピーリボーネストシニアオープン2007年日本プロゴルフシニア選手権大会で優勝するなど活躍している。

関連項目

外部リンク

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