大崎義直

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大崎義直(おおさきよしなお)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての大名。陸奥国大崎氏の第11代当主。

生涯

享禄3年(1530年)、兄の第10代当主・大崎高兼が死去したため、家督を相続した。将軍足利義晴より偏諱を賜う。

天文5年(1536年)、氏家直継古川持煕新井田頼遠らに反乱を起こされる。義直にはこれを独力で鎮圧できず、伊達稙宗に援軍を要請した。しかしその代償として、稙宗の子・義宣が兄・高兼の娘を娶る形で養子として送り込まれ、大崎氏は伊達氏に従属した。天文11年(1542年)に天文の乱が勃発すると、稙宗方に付いた義宣を討つため、義直は晴宗方に付いた。乱は晴宗方の勝利に終わり、天文19年(1550年)には義宣を討ち取り、伊達氏に完全に吸収合併されることは辛うじて免れたものの、従属状態から脱却して勢力を回復させることは出来なかった。

天正5年(1577年)没。嫡男・義隆が後を継いだ。

参考文献