伊東長救

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伊東 長救(いとう ながひら)は、備中岡田藩の第5代藩主。第4代藩主・伊東長貞の長男。

元禄6年(1693年)、父の死去により家督を継いだ。享保2年(1717年)、税や賦役の負担軽減を求めての新本義民騒動が起こった。長救はこの訴えを聞き入れる代わりに、騒動の指導者4人を処刑している。そして、自身もこの騒動で失意のうちに、享保8年(1723年)3月5日に家督を長男・長丘に譲って隠居し、浄山と号した。

延享2年(1745年)9月20日に死去した。享年84。

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