バセドウ病
バセドウ病またはバセドー病(バセドウびょう、バセドーびょう、 テンプレート:Lang-de-short)[1]とは、甲状腺自己抗体によって甲状腺が瀰漫(びまん)性に腫大する自己免疫疾患(II型アレルギー)。英語圏ではグレーブス病(グレーブスびょう、 テンプレート:Lang-en-short)と呼ばれる。テンプレート:仮リンク(1835年)とカール・アドルフ・フォン・バセドウ(1840年)によって発見、報告された。
目次
病態・原因
甲状腺の表面には、下垂体によって産生される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の受容体(甲状腺刺激ホルモン受容体、TSHレセプター)が存在する。バセドウ病では、この受容体に対する自己抗体(抗TSHレセプター抗体、TRAb)が生じ、それがTSHの代わりにTSHレセプターを過剰に刺激するために、甲状腺ホルモンが必要以上に産生されている。甲状腺ホルモンは全身の新陳代謝を高めるホルモンであるため、このホルモンの異常高値によって代謝が異常に活発になることで、心身に様々な影響を及ぼす。
この自己抗体産生が引き起こされる原因は、2007年現在不詳である。過度なストレス・過労が発症・再発に関与しているという説もある。またバセドウ病を発症する場合、多くはその家系内に甲状腺関連の病気を患った事が多いことから遺伝的な要素が多いと考えられる。
なお、ヨウ素の摂取量が少ない地域(西ヨーロッパなど)では、ヨウ素を大量摂取することで、潜在的なバセドウ病が発症することがある。これをヨードバセドウ病と呼ぶ。
統計
バセドウ病は、甲状腺ホルモンが過剰に作られる病気、すなわち甲状腺機能亢進症を起こす代表的な病気である。中年以上の女性がバセドウ病に罹患した場合、更年期障害と勘違いする事が多い。
ほかの甲状腺の病気と同じように女性に多い病気だが、その比率は男性1人に対して女性4人ほど。甲状腺の病気全体の男女比は男性1対女性9の割合であるから、甲状腺の病気のなかでは比較的男性の比率が高い病気である。
発病年齢は、20歳代と30歳代で全体の過半数を占め、次いで40歳代、50歳代となっており、青年から壮年に多い病気といえる。何らかのアレルギーを持っている人が多い。
症状
- 甲状腺腫大、眼球突出、頻脈。これらはカール・アドルフ・フォン・バセドウが一般診療を開始したメルゼブルク(Merseburg)の地にちなみ、メルゼブルク三徴と当初呼ばれた[2]。
- 他に甲状腺機能亢進症を来たし、以下のような症状も見られる場合がある。
- 振戦、手の震え。
- 甲状腺クリーゼ:突然重篤な甲状腺機能亢進状態となる合併症。高熱、頻脈、嘔吐、下痢、意識障害などを来す。生命に関わることもあるため注意を要する。
- 眼球突出が顕著となると、眼球運動障害(複視)や視神経症をきたす事がある。
- ステルワーグ徴候(瞬きの増加)、グレーフェ徴候(上眼瞼拳筋の過度の緊張で上方注視後に下方に視線を移すと、上眼瞼下際と角膜の間に白目が見える)、メビウス徴候(両眼輻輳失調)が見られる。
上記症状のすべてが出るわけでなく、患者により差異がある。潜在的甲状腺機能亢進症で症状がない患者もいる。
検査
- 血液検査
- 画像診断
- 生理検査
診断
甲状腺腫大、眼球突出、頻脈、体重減少、手指振戦、発汗増加等の甲状腺中毒症所見などからバセドウ病が疑われる場合、血中の甲状腺ホルモン測定などにより判断する。
- 甲状腺ホルモン:freeT4、freeT3の高値、TSHの抑制。ただしeuthyroid Graves' diseaseの場合はホルモン正常であるので注意。
- 自己抗体:抗TSH受容体抗体(TRAb)陽性、または抗TSH受容体刺激抗体(TSAb)陽性。
- 甲状腺機能の亢進:甲状腺シンチでの摂取率高値、エコーでの血流増加。
これについては、日本甲状腺学会より「甲状腺疾患診断ガイドライン2010」として 「バセドウ病の診断ガイドライン」が提示されている[4]。
治療
薬剤による治療
甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬:メチマゾール(チアマゾール、メルカゾール)、チウラジール(プロバジール)を、規則的に服用する方法。定期的に甲状腺ホルモンの量を測定しながら、適切な量の薬を服用することで、血液中の甲状腺ホルモンの濃度を正常にする。薬で甲状腺刺激ホルモンの量を調整することで普通の人と変わらない生活を営むことができるが、甲状腺刺激抗体が消えるまで薬を飲みつづける必要がある為、完治には長い期間を要する。副作用としては、5%に皮膚の炎症、0.05%に白血球の減少や無顆粒球症が生じることがある。これらの副作用は服用開始から3か月以内に現れることが多い。無顆粒球症が生じたら直ちに服薬を中止し、他の治療法に切り替える必要がある。(好中球数 1000個/μLを下回れば中止とする。)
- メルカゾールではMPO-ANCA関連血管炎がまれに引き起こされる。
- メルカゾールは15mg/dayで開始が安全といわれている。
- プロプルチオウラシルは重症肝障害が出現することがあるため、ガイドラインでもメルカゾールを第一選択薬としている[5]。
アイソトープ(放射性ヨード)治療
ヨードの放射性同位元素(ラジオアイソトープ; radio isotope; RI)を服用し、甲状腺の細胞の数を減らす方法。甲状腺細胞の数が減少すれば、分泌される甲状腺ホルモンの量が減少する。およそ2 - 6か月で甲状腺ホルモンの量が減少すると言われ、手術よりは手軽で、薬より早く治るのが、この方法の長所である。ただし、時間経過とともに細胞が減りすぎて、逆に甲状腺の機能低下が発生することもある。なお、放射性物質を用いるので被曝の影響が全くないとはいえず、妊娠中や授乳中の女性およびすぐに妊娠を希望する女性などには行わない。放射線の影響は約4か月でなくなるとされることから、4か月で妊娠を許可している施設もあるが、甲状腺機能の変動があるため1年は待つべきとされる。
- RI治療により、バセドウ眼症が悪化することもある。眼症を持つ患者にはRI治療は注意して行われる。また眼症増悪の際には、プレドニゾロン投与、またはステロイドパルスと球後照射の併用が施行される。
- 13mCi投与により、ややover-burnとすることが多い。
手術
甲状腺の一部を残して、切除する方法。甲状腺を切除することで甲状腺ホルモンの量を調整する。他の治療法より早く完治し、再発も少ないが、入院を要する。また、傷跡が目立つことがある。手術による合併症も起こりうるので、高齢者や心臓の病気がある人などには行わない。術後に甲状腺機能低下症に陥ることが多いが、その場合の治療は通常の甲状腺機能低下症と同じである。なお、再発した場合は再手術は行わず、ヨード治療などに切り替える。
予後
バセドウ病は適切な治療を行えば予後良好である。しかし、治療を怠ると死亡の原因にもなる。頻脈ひいては心房細動に至ると、脳塞栓を起こすこともありうる。甲状腺クリーゼは早急に専門医に紹介されるべき病態のひとつである。
周期性四肢麻痺は、そのものは生命には関与しないが、てんかん発作と同様に車の運転中などに発作を起こすと事故に至ることも懸念される症状のひとつである。
妊娠・出産
適切な治療が行われていないとき、妊娠中、へその緒を通しての胎児への栄養がうまく送れなくなり、胎児が発育遅延になる場合がある。母体のTRAbやTSAbが多い場合、これらの抗体が胎盤を通して胎児に送られるため、新生児に一時的にバセドウ病の症状が現れることがあるが、これらの抗体は新生児が産生しているものではないため、やがて症状は消える。
甲状腺の治療薬は長い間、胎児の奇形に寄与すると信じられていたが、現在では否定されている。
歴史
アイルランドの医師グレーブス(1835年)によって初めて報告された。その後バセドウ伯(1840年)が独自に発見・報告し[6]、ゲオルグ・ヒルシュによりこの名が付けられた。症状の「メルゼブルクの三徴」は、バセドウの出身地、テンプレート:仮リンクの地名に因む[2]。本症の発見前後、日本の医学は主にドイツからの情報に依存していたため、グレーブス病(Graves' disease)ではなくバセドウ病と呼ばれる事が多い。ちなみに欧州圏においてはバセドウ病と呼ばれることが多いようである。
ANCA関連血管炎とバセドウ病との関連
未治療のバセドウ病患者や抗甲状腺薬内服後にANCA陽性となる症例が方向されている。そのほとんどはMPO-ANCAである。抗甲状腺薬内服後にANCA陽性となった場合は無症状で低抗体価ならば内服変更はせずに経過観察でもよいという報告はある。しかし、血管炎症状合併時や高抗体価の場合は内服薬の変更が好ましいとされている。
脚注
参考文献
- テンプレート:Anchor グレーブス=ロバート・ジェイムズ、1835年5月23日「Clinical lectures - At the Meath Hospital during the Session of 1834-5. Lecture XII」『The London Medical and Surgical Journal』7巻2号513 - 520ページ、2010年11月6日閲覧
- テンプレート:Anchor バセドウ伯=カール・アドルフ、1840年3月28日「Exophthalmus durch Hypertrophie des Zellgewebes in der Augenhöhle」『Wochenschrift für die gesammte Heilkunde. 1840』13号197 - 204・220 - 228ページ、2010年11月6日閲覧