セイヨウショウロ

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セイヨウショウロ西洋松露Tuber spp.)とは、子嚢菌門セイヨウショウロ科セイヨウショウロ属に所属するきのこの総称である。トリュフテンプレート:Lang-fr-shortテンプレート:Lang-en-short)の名で高級食材として知られる。

形態

通常のきのことは外観が大きく異なり、かさ・ひだ・柄を欠き、ゆがんだ球状ないし塊状をなす。外面は黒色・赤褐色・灰白色・クリーム色など、種の違いや成熟の程度によってさまざまな色調を呈し、角錐状の小突起を密生してごつごつした外観を示すものや、僅かにざらつく程度でほぼ平滑なものなどがあり、しばしば不規則な亀裂を生じることがある。内部は初めは淡い灰色ないしほぼ白色を呈するものが多いが、成熟するとともにより暗色となり、多くは黒っぽい地に不規則で淡色の脈を生じ、全体としては大理石状の模様を形成する。また、成熟するに伴い、特有の芳香を発するものが多い。老熟すると大理石状の模様は不明瞭になり、香りも弱くなる。

成熟に伴って、子実体の内部には歪んだ嚢状の子嚢が無数に形成され、その内部に1-数個の子嚢胞子が作られる。子嚢胞子は一般に褐色を帯び、その表面には網目状あるいは棘状の突起が形成されるが、一つの子嚢当りの子嚢胞子の形成数・子嚢胞子の形と大きさ・胞子表面の突起の形質などは、種レベルでの分類に際して重要な特徴と見なされている。子嚢には、胞子を射出させるための構造が分化しておらず、成熟した段階で子嚢壁が溶解することによって子嚢胞子の分散が行われる。

生態

子実体は、少なくとも初期には地下(深さはおおむね5-40cm程度)に形成されるが、成熟するとしばしば地上に現れる。胞子の分散には、哺乳類リスノネズミモモンガその他)やある種のハエ(たとえばAnisotoma cinnamomea Panzer[1]、あるいは俗にトリュフバエmouches à truffe と呼ばれるSuillia pallida Fallén[2][3]など)が関与しているといわれている。

少なくともTuber 属に含まれる種はすべてが外生菌根を形成し、ナラ属(Quercus)や、ブナ属Fagus)・カバノキ属Betula)・ ハシバミ属Corylus)・クマシデ属Carpinus)・ヤマナラシ属Populus)あるいはマツ属Pinus)などの樹木の細根と共生している。また、ハンニチバナ科(Cistaceae)に属するハンニチバナ属(Helianthemum)やゴジアオイ属Cistus)などの植物の多くもまた、Tuber 属の菌との間で外生菌根を形成する[4][5][6]

Terfezia 属についてはカヤツリグサ科ヒゲハリスゲ属Kobresia)の一種[7]や、ハンニチバナ属のいくつかの種[8][9]との間に共生関係を持つとの報告があるが、菌根の形態は Tuber 属のものとは異なるという。

食用としての利用

高級食材で、「黒いダイヤ」とも呼ばれる。フランス産のペリゴール・トリュフ(黒トリュフ、T. melanosporum Vitt.)とイタリア産の白トリュフ(T. magnatum Pico)が特に珍重され、他にも数種のヨーロッパ産セイヨウショウロが食用に採取されている。日本ではクロアミメセイヨウショウロ(T. aestivum Vitt.。ヨーロッパにも分布し、夏トリュフと呼ばれる)やイボセイヨウショウロ(T. indicum Cooke et Massee)などの近縁種が最近になって報告されている。近年中国産のイボセイヨウショウロは、黒トリュフや白トリュフの廉価な代用品として大量にヨーロッパに輸出されている。

歴史

トリュフという言葉が文献に登場するのは、紀元前16世紀である。ギリシア・ローマ時代には生態や調理方法、あるいは健康への効能について数多くの文献が記される。(ピタゴラスが健康への効能を説いたのが最初であるとされる) しかし、当時のトリュフは現在の黒トリュフとは異なり、テンプレート:仮リンクという食用きのこであった。ローマ時代が過ぎるとしばらくトリュフは忘れられた存在となった。 再び脚光を浴びるのは14世紀フランスからであり、このトリュフは現在の黒トリュフのことである。[10]

現在、食材として大いに賞揚されている。1825年ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン(Brillat-Savarin)はその著書「美味礼讃」の中で、トリュフを「台所のダイヤモンド」と称し、その媚薬としての効能を賞賛した。トリュフの媚薬としての効果は定かではないが、フランス、北部イタリア、イストリア地方の日常の料理、および国際的なグルメ界では今でも高い評価を保っている。

『南仏プロヴァンスの昼下がり』などで知られる作家のテンプレート:仮リンクが、トリュフの話題を南仏プロヴァンスを舞台にしたエッセイの中心にすえて、日本でも広く一般にその味覚が話題になるようになった。

調理

ファイル:Fagottini al tartufo.JPG
パスタの上にトッピングされたトリュフ

トリュフは高価でもあり、特有の香りが主となるため、大量に料理に用いることはまずない。ヒレステーキフォワグラとトリュフのソテーとを添えた「トゥールヌド・ロッシーニ(ロッシーニ風ステーキ)」などの料理が知られている。白トリュフの香りは刺激が強く、ガソリンや漏れたガスのにおいと形容されることがある。白トリュフは一般に、スクランブルエッグやバターを絡めたパスタ、あるいはサラダなどの上に生のまま削って振りかけて供されることが多い。紙のように薄く削った白または黒トリュフは、肉やローストした鶏の皮の下に忍ばされたり、フォアグラやパテに挟みこまれるほか、詰め物に加えられたりする。トリュフを含むチーズも同様である。黒トリュフの香りは白トリュフよりはるかに刺激が少なく、新鮮な土あるいはマッシュルームを思わせるようなもので、新鮮なときにはその香りはすぐに部屋いっぱいになる。

人工栽培の方法

古くから人工栽培の方法が模索されており、ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランが栽培への懐疑とともに次のように記している。

「教養ある人々がその秘密を探り当てようとし、その種を発見したと思いこんだ。しかし彼らの約束は実現せず、植えても何の収穫もなかった。たぶんこれは結構なことで、トリュフの大きな価値の一つは高価であることであって、もっと安ければこうまで高くは評価されないだろう。
『喜べ友よ』私は言った。『とびきりのレースがとても安く作られるようになるぞ』
『なんてこと』彼女は答えた。『考えても見て、もしも安くなったら、誰がそんなものを身につけるというの?』」(ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン、1825年)

しかしながら、1808年、南フランスのヴォクリューズ県アプトのジョゼフ・タロン(Joseph Talon)は、トリュフの宿主となることが分かっているオークの木の下から集めたドングリをその根の間に播くことを思いついた。実験は成功し、数年後、新しく育てたオークの木の周囲の土の中にトリュフが発生した。これ以降トリュフ栽培は急激に拡大し、フランスではtrufficulture(トリュフィキュルテュール「トリュフ栽培」)として知られるようになる。1847年、ヴォクリューズ県カルパントラのオーギュスト・ルソー(Auguste Rousseau)が7ヘクタールにわたってオーク(これもトリュフが発生する木の周りから得たドングリ)を植え、その後大量のトリュフの収穫を得た。彼は1855年パリ万国博覧会で賞を得た。

これらの試みの成功は、トリュフの生育に必要な暑く乾燥した気候の石灰岩地帯である南フランスに熱狂をもたらした。19世紀の末に、南フランスのぶどう園が侵入害虫のブドウネアブラムシによって壊滅した。別の伝染病のため南フランスのカイコが壊滅したため、園も無用になってしまった。こうして、広大な土地がトリュフ栽培のための空き地となった。トリュフを生産する樹木が何千本も植えられ、1892年のフランス全体での収穫量は2000トンに上がり1890年には750平方キロのトリュフ園があった。

しかし20世紀に入ると、フランスの工業化とそれに伴う郊外への人口の移動により、これらのトリュフ園は放棄されてしまった。第1次世界大戦では従軍した男性の20%以上を失い、これもまたフランスの田園地帯に深刻な打撃を与えた。そのため、トリュフ栽培のノウハウは失われた。さらに、二つの世界大戦の間には、19世紀に植えられたトリュフ園の寿命が尽きてしまった(トリュフを生産する樹木の生活環は平均30年である)。その結果、1945年以降トリュフの生産が急減した。1892年には2000トンあった生産量は、現在では通常20トン前後でしかない。1900年にはトリュフは多くの人々に日常的に食べられていたが今ではトリュフは金持ち専用の珍味か、特別な場合にのみ食べられるものに成り下がった(昔は安価だったが今では高級品と化してる物として、日本では鯨肉と立場が似ている)。この30年間に、トリュフの大量生産のための新しい試みが始められた。現在フランスで生産されるトリュフの80%は特別に育てられたトリュフ園で作られる。にもかかわらず、生産は1900年代の頂点にまでは回復してはいない。地方の農家はトリュフの価格を下げる大量生産への回帰に反対している。しかしながら、大量生産の前途は洋々である。世界市場は現在フランスで生産される量の50倍のトリュフを吸収すると見積もられている。現在トリュフを生産する地域はスペインスウェーデンニュージーランドオーストラリア、アメリカ(ノースカロライナ州)にある。

ファイル:Truffes 3.JPG
トリュフの採集

野外でトリュフを探すときは、ほとんど常に特別に訓練されたブタかイヌを用いる。ブタはかつて最もよく使われたが、現代の農家はトリュフを食べてしまわないイヌの方を好む。ブタとイヌのどちらも鋭敏な嗅覚を持っているが、イヌがトリュフの香りについて訓練しなければならないのに対し、メスのブタには全く何の訓練も要らない。これはトリュフに含まれる化合物が原因で、メスブタを強く引きつけるオスのブタの性フェロモンと類似しているためである。

1996年、国際きのこアカデミーの高野吉則氏と近畿大学農学部の稲葉和功氏との共同研究により、世界で初めて菌床方式による人工栽培に成功した。記者会見は近畿大学で行い、当時のテレビ・新聞・雑誌などに大々的に紹介された。現在では黒トリュフ、白トリュフともに菌床方式と感染木方式による栽培が可能となっている。その栽培技術は国内外の研究者および企業(新潟麦酒株式会社など)へ提供され更なる進化を遂げており、最近では子実体完成の様子が肉眼でも観察できるガラスビン観賞用ポット方式や、露地栽培用と室内栽培用の菌床も高野氏により開発された。

トリュフのいろいろ

黒トリュフはほぼヨーロッパでのみ生産され、中でもフランス(生産の45%)、スペイン (35%) 、イタリア (20%) が多い。スロベニアクロアチアでも少量生産されている。1900年にはフランスでは約1,000トンの黒トリュフが生産されていた。生産は1世紀にわたり大きく減少し、現在の生産量は通常20トン前後であり、最良の年でも46トンに過ぎない。フランス産のうち80%は南東フランスの上プロヴァンス(ヴォクリューズ県およびアルプ=ド=オート=プロヴァンス県)、ドーフィネの一部(ドローム県)、ラングドックの一部(ガール県)で生産され、20%は南西フランスのケルシー(ロット県)およびペリゴールで生産される。このトリュフは子実体発生の条件が整うと、その地上部には草の生えない「ブリュレ」と呼ばれる領域を生じる。これは、未解明の物質によるアレロパシー作用である。

白トリュフ(Tuber magnatum)は北および中央イタリアに見られ、Tuber borchii (whitish truffle) はトスカーナ州ロマーニャ地方、マルケ州で見られる。

夏トリュフは5月から12月にかけて収穫される。他のあまり使われないトリュフには Tuber macrosporumTuber mesentericum (scorzone truffle) といった種類がある。

世界一高価なトリュフ

2007年イタリアのトスカーナ地方で重さ1.5キロの巨大な白トリュフが発見され、同年12月1日にマカオで開催される慈善オークションに出品されることになった。落札予想価格は15万ユーロ(当時のレートで約2400万円)、実際の落札価格は22万ユーロ(同じく当時のレートで約3600万円)であった。過去50年間で見つかったトリュフとしては最大級というこの白トリュフは、イタリア中部のピサ近郊にあるナラ類の生立ち木の周囲で見出されたもので、その掘り起こしには1時間以上を要したという[11]

脚注

  1. 元の位置に戻る Fabre, J. H. (Translated by de Mattos, A. T.), 2009. The life of fly. Echo Library, ISBN 9781406863222
  2. 元の位置に戻る Pacioni, G., Bologna, M. A., and M. Laurenzi. 1991. Insect attraction by Tuber: a chemical explanation. Mycological Research 95(12): 1359–1363.
  3. 元の位置に戻る Dubarry, F., and S. Bucquet-Grenet, 2001. The Little Book of Truffles. Flammarion.ISBN 9782080106278.
  4. 元の位置に戻る Chevalier, G., Mousain, D., and Y. Couteaudier, 1975. Association ectomycorhiziennes entre Tubéracées et Cistacées. Annales de Phytopathologie 7: 355-356.
  5. 元の位置に戻る Giovannetti, G., and A. Fontana, 1982. Mycorrhizal synthesis between Cistaceae and Tuberaceae. New Phytologist 92: 533-537.
  6. 元の位置に戻る Wenkart, S., Mills, D., and V. Kagan-Zur, 2001. Mycorrhizal associations between Tuber melanosporum mycelia and transformed roots of Cistus incanus. Plant Cell Reports 20: 369-373.
  7. 元の位置に戻る Ammarellow, A., and H. Saremi, 2008. Mycorrhiza between Kobresia bellardii (All.) Degel and Terfezia boudieri Chatin. Turkish Journal of Botany 32: 17-23.
  8. 元の位置に戻る Morte, A., C. Lovisolo, C., and A. Schubert, 2000. Effect of drought stress on growth and water relations of the mycorrhizal association Helianthemum almeriense-Terfezia claveryi. Mycorrhiza 10: 115-119.
  9. 元の位置に戻る Turgeman, T., Jiftach Ben Asher, J. B., Roth-Bejerano, N., Varda Kagan-Zur, V., Kapulnik, Y., and Y. Sitrit. 2011. Mycorrhizal association between the desert truffle Terfezia boudieri and Helianthemum sessiliflorum alters plant physiology and fitness to arid conditions. Mycorrhiza 21: 623-630.
  10. 元の位置に戻る テンプレート:Cite book
  11. 元の位置に戻る http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/7123414.stm

関連項目

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外部リンク