解脱会
解脱会(げだつかい)は、日本の新宗教団体。1929年に創設された。また剣道稽古を行なう解脱錬心館と呼ばれる団体も存在する。
創始者(教祖)
- 岡野聖憲(教団では「解脱金剛尊者」あるいは「金剛さま」、あるいは尊者と呼称している)
所在地
本部は東京都新宿区だが、教祖の出身地および教団の発祥の地は埼玉県北本市にあり、「御霊地」と呼ばれる信仰の拠点が存在する。アメリカ合衆国にも支部を持ち、Gedatsu Church という英語名を持つ。
教義
「敬神崇祖・感謝報恩」、「自己反省・自我没却」、「三綱(国土・父母・社会)・五常(忠・孝・仁・義・礼)」などを中心として 「御五法(おんごほう)」と称した霊符による修業、天茶(甘茶)供養などを指導し、岡野聖憲が体験してきたことなどを教義としている。
解脱会の特徴の一つは、他の宗教に寛容なことである。入会しても、家の宗旨を変えたり位牌を改めたりする必要はない、と教団は主張している。
沿革
岡野聖憲は東京の日本橋で海運業を自営していたが、事業面で苦境に立ち、1925年(大正14年)に病を患った。この時、「病院で神秘的体験をし、退院後に霊能者である島田顕祥なる人物に出会うなどにより、霊的な世界に関心を深めた。神奈川県の丹沢山系で霊能力を得た」と主張し、宗教の道を目指すようになり、1928年(昭和3年)に東京下高井戸の別荘に来訪した皇族と交流し、そこで自身が模索してきた宗教の道を明確に自覚する体験を得たことから、「一切の欲望をなげうち、もっぱら精神教化の道を樹つるに精進する」との決意により、1929年(昭和4年)に解脱会を立教した、としている。
1931年(昭和6年)に醍醐寺三宝院にて出家得度。同年に、以後春秋二季に行われる大祭を開始、1934年(昭和9年)に「五法則」として教義がまとめられた。昭和15年ごろからは教義の実践活動に重点をおき、戦時中における奉献金活動や慰問活動などを行う。昭和16年からは伊勢神宮や橿原神宮、御寺泉涌寺などへの参拝を毎年4月に行われるようになる。戦後も、戦争からの引揚者や被災者、戦争未亡人などに仕事を与え、当時少なかった衣料品などを製造する事業を各地で行うよう指導した。
昭和23年、岡野聖憲が死去すると、しばらく後継者をおかなかったが、昭和28年に甥である岡野聖法が正式な法燈継承者となった。
関係者
政治活動
岡野聖法は宗教右派を中心とした政治団体日本会議の代表会員である。