天津麻羅
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天津麻羅(あまつまら)は、日本神話に登場する鍛冶の神である。『古事記』にのみ登場し、『日本書紀』には登場しない。「神」「命」などの神号はつけられていない。
『古事記』では岩戸隠れの段に登場する。「鍛人(かぬち)天津麻羅を求(ま)きて」とあるだけで、何をしたのかは書かれていない。その前に「天の金山の鉄(はがね)を取りて」とあることから、伊斯許理度売命(いしこりどめ)が鏡を作るための製鉄を行ったとも考えられる。また、『日本書紀』の本文には、天鈿女命(あめのうずめ)が茅纏の矛を手にしたという記述があり、それを作った者の記述がないことから、天津麻羅は矛を作ったとも考えられる(第一の一書では石凝姥命(いしこりどめ)が日矛を作ったとある)。
『先代旧事本紀』の天孫降臨の段では、「倭(やまと)の鍛師(かなち)等の祖、天津真浦(あまつまうら)」「物部造等の祖、天津麻良(あまつまら)、阿刀造等の祖、天麻良(あめのまら)」とあり、これらは天津麻羅と同神と考えられる。また、神号がついていないことなどから、天津麻羅は一神の名ではなく鍛冶集団(またはその祖神)の総称ではないかとする説もある。
アマツマラという神名のうち、アマツは天津神を示すものであるが、「マラ」については下記のように諸説ある。
- 「マラ」は「目占(めうら)」すなわち片目の意で、鍛冶が鉄の色でその温度をみるのに片目をつぶっていたことから(または鍛冶の職業病である)とする説
- 「マラ」は蒙古語の鉄の意であるとする説
- 鍛冶に必要な槌を男根にみたて、男根の別称「マラ」を神名としたとする説(ただし、摩羅(まら)という言葉は仏教と共に日本に入ってきたものであり、男根の別称とされたのはさらに時代が下るものであるので、この説は後世の附会である)
一番目の説を採った場合、『日本書紀』や『古語拾遺』に登場する天目一箇神(あめのまひとつ)と同一神であるとも考えられる。天目一箇神も鍛冶の神であり、『古語拾遺』では岩戸隠れの際に金属製の武具を製作している。