モレク
モレク(Molech)は古代の中東で崇拝された神の名。男性神。元来はモロク(Moloch)という。ヘブライ語では מלך (mlk)。元来は「王」の意。また、「涙の国の君主」、「母親の涙と子供達の血に塗れた魔王」とも呼ばれており、人身供犠が行われたことで知られる。
パレスチナにもモレクの祭儀は伝わった。古代イスラエルでは、ヘブライ語で恥を意味するボシェト(bosheth) と同じ母音をあて、モレクと呼ぶのが一般的であった。『レビ記』では石打ちの対象となる大罪のうちに、「モレクに子供を捧げること」が挙げられている[1]。しかしソロモン王は、モレクの崇拝を行ったことが『列王記』に述べられている[2]。ここではモレクは、アンモニ人の神であるアンモンの子らと同義に置かれる。
古代のヨルダン東部に住んでいたアモン人達からは、豊作や利益を守る神として崇拝されており、彼らはブロンズで「玉座に座ったモレクの像」を造り出し、それを生贄の祭壇として使っており、像の内部には7つの生贄を入れる為の棚も設けられていた。そしてその棚には、供物として捧げられる小麦粉、雉鳩、牝羊、牝山羊、子牛、牡牛、そして人間の新生児が入れられ、生きたままの状態で焼き殺しており、新生児はいずれも、王権を継ぐ者の第一子であったとされる。また、生贄の儀式には、シンバルやトランペット、太鼓による凄まじい音が鳴り響き、これは子供の泣き声をかき消す為のものとされている。
モレクへの言及は新約聖書にも見られ、ユダヤ人にとって避けるべき異教の神とみなされたことがわかる。
中世以降、注釈者たちは、モレクをフェニキアの主神であるバアル・ハモンと同一視するようになった。これには古典古代の作家たちが伝えるバアル・ハモンの崇拝が人身供犠を特徴としていたことが大きい。プルタルコスらは、カルタゴではバアル・ハモンのために、人が焼きつくす捧げ物として犠牲にされたことを伝え、この神をクロノスあるいはサートゥルヌスと同一視した。
1921年にオットー・アイスフェルトは、モレクについての新説を発表した。これはカルタゴの発掘調査に基づいており、mlk が「王」の意味でも神の名でもないとする。アイスフェルトの説によれば、この単語は、少なくとも幾つかの場合には人身供犠を含む、ある特定の犠牲の形式を指す語であった。子供をつかんでいる祭司を描いたレリーフが発見された。また祭儀場らしい場所からは、子供の骨が大量に発見された。子供には新生児も含まれていたが、より年齢が上のものもあり、ほぼ6歳を上限とするものであった。アイスフェルトは、旧約聖書の中で語義が不明であった「トフェト」 (tophet)がこの祭儀場を指す語であったと唱えた。
同じような場所は、フェニキア人の植民地があったサルディニア、マルタ、シチリアでも発見された。
アイスフェルトの説は、発表されて以来、幾人かの疑念を除けば、ほぼ支持されてきた。しかし1970年にカルタゴの人身供犠についての見解を修正する説をサバティーノ・モスカティが唱えた。モスカティはカルタゴでの人身供犠が日常的なものではなく、極めて困難なときに限り捧げられたと考えた。この点についての論争は、現在のところ決着を見ておらず、さらなる考古学的証拠の発見が待たれている。
その他
- マックス・フォン・シリングスがモレク信仰によるオペラ『モロック』を作曲している。
- フリッツ・ラング監督の映画『メトロポリス』では、未来都市の労働者たちに過酷に労働を強いる巨大機械を見た主人公が、機械がモレク(作品中では「モロク (Moloch)」)と二重映しとなる幻覚を見る[3]。
- オーストラリアの砂漠地帯には「モロクトカゲ(英名:"Thorny lizard"または"Thorny devil"、学名:Moloch horridus)」という名のトカゲが生息している。全身に棘の生えた異様な外見からの命名だが、全長は15cmほどの小型のトカゲで、性質はごくおとなしい。
- 堅頭竜類パキケファロサウルス科に分類される恐竜に「スティギモロク(Stygimoloch)」という名前のものがある。“Stygimoloch”の名は、ギリシア神話のステュクス(Styx:冥界に流れる川の名)とモレクの名を合わせて作られた造語で、「地獄に住む悪魔」の意味である。発掘された化石の頭部が、大きく盛り上がっている上に角が多数生えている、という異形の形態[1]であったことから命名された。
出典・脚注
- ↑ レビ記18:21、20:2-5
- ↑ 列王記上11:7
- ↑ テンプレート:Cite web