キャメル (バンド)
テンプレート:Infobox Musician キャメル (Camel) は、1973年にデビューしたイギリスのプログレッシブ・ロック・バンド。数あるプログレ・バンドの中でも、叙情派のサウンドで知られる[1]。
詳細
1969年、イングランドのサリー州 ギルフォードで、アンドリュー・ラティマー(ギター)、ダグ・ファーガソン(ベース)、アンディ・ウォード(ドラム)のメンバーで「ブリュー(Brew)」という、ブルースを基調としたローカルバンドを結成。
1971年、シンガー・ソングライターのPhillip Goodhand-Taitのオーディションを受け、「I Think I'll Write a Song」というアルバムにバックバンドとして参加。同年、すでに「ゼム(Them)」や、ソロ活動などでキャリアを重ね知名度もあったピーター・バーデンスは、バンドでのアメリカ進出を考えており、メンバー募集の広告を「Melody Maker誌」に出したところ、アンディ・ウォードからのコンタクトがあり、ブリューのメンバーとセッションを行い意気投合。
1972年春、契約が残っていたバーデンスのベルファストでのコンサートを、新たなバンド名「キャメル」として行う。コンサートは成功し、以後4人はキャメルとして活動する事に成る[2]。
バンド初期は、アンドリュー・ラティマーの哀愁漂うエモーショナルなギター(主にギブソン・レスポールを使用)とピーター・バーデンスの軽快なキーボード、アンディ・ウォードの多彩なドラムを軸に、美しいメロディをテクニカルな緊張感のある演奏で聴かせていた。
アルバム発表以前にもイギリス国内での演奏活動を行う。(アルバム発表後は、イギリス国内や、ヨーロッパ各国などで、ライブハウス(スペース)系の会場や、コンサートホール系の会場などでの(開催規模は様々)演奏活動を行なっている。後には、「ワールド・ツアー」などの演奏活動を行なっている。)
1973年、『キャメル(Camel)』で、デビューアルバムをリリース。
1974年、アルバム『蜃気楼(Mirage)』を発表。
1975年、アメリカの作家ポール・ギャリコの短編小説「スノーグース」を基にしたコンセプト・アルバム『白雁(スノーグース)(Music Inspired by The Snow Goose)』を発表。リリース後、全曲を演奏する公演も開催。後に、ロイヤル・アルバート・ホールで、 ロンドン交響楽団と共演し全曲を演奏。以後の公演でも「スノーグース」からの曲をセレクションして演奏しており、キャメルの代表作の一つである。
1976年、アルバム『月夜のファンタジア(MOONMADNESS)』発表。後に、テンプレート:要出典範囲ダグ・ファーガソンを演奏能力の問題から解雇、元キャラヴァン(CARAVAN)のリチャード・シンクレア(ベース)を後任に据え、ゲストメンバーとしてメル・コリンズ(サックス)等を迎えて活動。
1977年、アルバム『雨のシルエット(Rain Dances)』を発表。
1978年、アルバム『ブレスレス~百億の夜と千億の夢(BREATHLESS)』を発表。
アルバム収録後、ピーター・バーデンスがラティマーとの軋轢から脱退し、キャメルに入る以前にも活動していたヴァン・モリソンのバンドに加わる。後任に元キャラヴァンのヤン・シェルハース(キーボード)、さらにツアーメンバーとしてやはり元キャラヴァンのデイブ・シンクレア(キーボード)が参加。オリジナルCAMELより元CARAVANメンバーの方が多くなり、『CARAMEL(キャラメル)』と渾名(あだな)される。
1978年、2枚組アルバム『ライブ・ファンタジア(A LIVE RECORD)』を発表。初のライブアルバム。1977年発売の『雨のシルエット(Rain Dances)』迄の、初期からのライブ録音から選んだ楽曲と、ロンドン交響楽団と共演し「スノーグース」全曲を演奏したライブ録音を収録。
1979年1月に初来日(ブレスレス・ツアー(Japan Tour '79))。東京、大阪、名古屋にて、5公演を開催。招聘元はウドー音楽事務所。
1979年のワールドツアー後、CARAVAN再結成のためデイブ・シンクレア、リチャード・シンクレアが脱退、さらにメル・コリンズも脱退。コリン・バスとキット・ワトキンスが加入。
1979年、アルバム『リモート・ロマンス(I Can See Your House From Here)』を発表。
1980年1月に来日公演(リモート・ロマンス・ツアー(Japan Tour '80))。東京、大阪、名古屋にて、5公演を開催。招聘元はウドー音楽事務所。
テンプレート:要出典範囲、テンプレート:要出典範囲。アルバム一枚でキット・ワトキンスは脱退、代わりにダンカン・マッケイが加入。
1981年、アルバム『ヌードの物語 ~Mr.Oの帰還~(Nude)』を発表。(第二次世界大戦終戦後、フィリピンのルバング島で29年間投降しなかった、日本兵の小野田寛郎氏の当時の生活の模様等を書いた本を、1979年の来日時、アンドリュー・ラティマーが日本のプローモーターより贈られ読み、インスパイアされ制作れたコンセプトアルバム。)
『ヌードの物語 ~Mr.Oの帰還~(Nude)』以降、女流詩人のスーザン・フーヴァー(詩人。(以前には、音楽関連のライターなどで活動)後には、ラティマーの妻。)が、コンセプト面で重要な役割を担うようになる。
1981年、アンディ・ウォードが脱退(アルコールおよび薬物を乱用し体調を悪くした為)。「キャメル」としてのオリジナルメンバーはアンドリュー・ラティマー1人となる。
1981年、アルバム『シングル・ファクター(The Single Factor)』を発表。(『キャメル』名義ではあるが、実質的には、ゲスト演奏者を集めて制作したアンドリュー・ラティマーのソロプロジェクト・アルバム。)
以後、『キャメル』そのものが、アンドリュー・ラティマーのソロプロジェクトの性質を持つようになる。
1984年、アルバム『スタショナリー・トラベラー(Stationary Traveller)』を発表。(ドイツの東西分裂(ベルリンの壁)をテーマとしたコンセプト・アルバム。)
1984年5月、キャメル結成20周年記念のライブを、イギリス・ロンドンのハマースミス・オデオン劇場で開催。元メンバーのピーター・バーデンスがゲストとして参加し数曲を共演。(後に、公演の模様から、『プレッシャー・ポインツ~キャメル・ライヴ~(Pressure Points)』として発売。(このライブの模様は、ビデオ化され市販(後に、DVD化)。)
82年から84年の間で契約を消化し、活動休止。(活動休止時期には、契約していたレコード会社等との間での「契約問題(印税なども含む)」関連の裁判があり、キャメル側(アンドリュー・ラティマー側)の多くの主張が認められた。)
活動休止時期に、アンドリュー・ラティマーは自宅を売却し、活動の拠点をイギリスからアメリカに移し、1年間の休暇を過ごした。アンドリュー・ラティマー自身が『キャメル・プロダクション』を設立。(『キャメル・プロダクション』設立以後から、ライヴ・アーカイヴ(オフィシャルでの「ブートレグ・シリーズ」)や、新作アルバムのリリースを続けている。)
1991年、復活アルバム、ジョン・スタインベックの小説「怒りの葡萄」を基にしたコンセプト・アルバム『DUST AND DREAMS』発表。
1992年 Dust And Dreams Tour(ダスト・アンド・ドリームス・ツアー)を、東京、大阪、名古屋でのライブハウス(スペース)系の会場で公演。
1996年、アルバム『ハーバー・オブ・ティアーズ 港町コーヴの物語(Harbour Of Tears)』を発表。
1997年 Harbour Of Tears Tour(ハーバー・オブ・ティアーズ・ツアー)を、東京、大阪、名古屋でのライブハウス(スペース)系の会場で公演。
1999年、アルバム『ラージャーズ 別れの詩(Rajaz)』を発表。
2000年 Rajaz Tour(ラージャーズ・ツアー)を、東京、大阪、のライブハウス(スペース)系の会場で公演。
2002年、元メンバーのピーター・バーデンスが死去。またコリン・バスはインドネシアに渡り、「サバ・ハバス・ムスタファ(SABAH HABAS MUSTAPHA)」の名を用い同国音楽シーンで成功を収めている。
2002年、アルバム『ノッド・アンド・ウィンク(A Nod And A Wink)』を発表。(過去のライブ音源より)
2006年、アンドリュー・ラティマーの『キャメル・プロダクション』が、活動拠点をアメリカからイギリスに移す。
2007年5月、アンドリュー・ラティマーが1992年以来骨髄線維症になっていた事を、妻のスーザン・フーヴァーが「キャメル・プロダクション」のウェブサイトで公表し、病気の進行状況の悪化により予定していたツアーを中止した。
2007年後半に、アンドリュー・ラティマーは骨髄移植を受けた。
2008年9月、「彼は徐々に回復しており、音楽活動を再開する意欲を示した。」との内容の文章を妻のスーザン・フーバーが、「キャメル・プロダクション」のオフィシャルニュースレターに書いた。
2010年には、音楽活動も徐々にではあるが再開した。
2013年10月、ロンドンにて「The Snow Goose」を完全再現するライブを行う事が発表される。(10月28日 ロンドン・バービカン・センター)
メンバー
- アンドリュー・ラティマー - Guitar, Vocal, Flute (1972-現在)
- コリン・バス - Bass, Vocal (1979-1981,1991-現在)
オリジナルメンバー
- ピーター・バーデンス - Keyboards(1972-1978)
- アンドリュー・ラティマー - Guitar, Vocal, Flute (1972-現在)
- ダグ・ファーガソン - Bass (1972-1977)
- アンディ・ウォード - Drums (1972-1982)
過去メンバー
- リチャード・シンクレア - Bass, Vocal(1977-1979)
- メル・コリンズ - Sax, flute(1977-1979)
- ヤン・シェルハース - Keyboards (1972-1978)
- キット・ワトキンス - Keyboards, flute (1979-1980)
- ミッキー・シモンズ - Keyboards (1992-1996)
- トン・スケッペンツェル - Keyboards オランダ人、カヤックの中心人物でもある。
- クリス・レインボー - Vocal, Keyboards
- トム・ブリズリン - Keyboards
ディスコグラフィ
発表年 | 邦題 | 原題 | 備考 | |
---|---|---|---|---|
1973年 | キャメル・ファースト・アルバム | Camel | ファースト・アルバム。 | |
1974年 | 蜃気楼 | Mirage | ||
1975年 | 白雁 | Music Inspired by The Snow Goose | ポール・ギャリコの同名の短編小説「スノーグース」を基にしたコンセプト・アルバム。全英10位のヒットを記録。 | |
1976年 | 月夜のファンタジア | Moonmadness | ||
1977年 | 雨のシルエット | Rain Dances | ||
1978年 | ブレスレス~百億の夜と千億の夢~ | Breathless | ||
1978年 | ライブ・ファンタジア | A LIVE RECORD | キャメル初のライブアルバム、2枚組。LPのC面とD面には、「スノーグース」を、ロイヤル・アルバート・ホールで、ロンドン交響楽団と共演したライブ演奏を収録している。 | |
1979年 | リモート・ロマンス | I Can See Your House From Here | ||
1981年 | ヌードの物語 ~Mr.Oの帰還~ | Nude | 終戦後、フィリピンで29年間も戦闘を続けていた小野田寛郎を基にした、2枚目のコンセプト・アルバム。 | |
1982年 | シングル・ファクター | The Single Factor | 「キャメル」名義であるが、実質的には、ラティマーが豪華ゲストを集めて制作したソロ・プロジェクト・アルバム。アンソニー・フィリップス(元ジェネシス)、フランシス・モンクマン(元カーヴド・エア)、サイモン・フィリップス等が参加。 | |
1984年 | スタショナリー・トラベラー | Stationary Traveller | ベルリンの壁をテーマにしたコンセプト・アルバム。本作に伴うツアー終了後、キャメルは一旦活動を休止。 | |
1984年 | プレッシャー・ポインツ~キャメル・ライヴ~ | Pressure Points | 1984年5月11日 ハマースミス・オデオンでの「キャメル」結成20周年記念のライブを収録。ゲストでピーター・バーデンスが参加し数曲演奏。(他にも、メル・コリンズも参加) | |
1992年 | ダスト・アンド・ドリームス 怒りの葡萄 | Dust And Dreams | 復活作。ジョン・スタインベックの小説「怒りの葡萄」を基にしたコンセプト・アルバム。当時のライヴで完全再現された。 | |
1996年 | ハーバー・オブ・ティアーズ 港町コーヴの物語 | Harbour Of Tears | ラティマーの祖母が体験した一家離散の悲劇を基にしたコンセプト・アルバム。アイルランドの伝統音楽の影響を受けた、美しいメロディが特徴的。 | |
1999年 | ラージャーズ 別れの詩 | Rajaz | ||
2002年 | ノッド・アンド・ウィンク | A Nod And A Wink |
日本公演
1979年 Breathless Tour(ブレスレス・ツアー)(Japan Tour '79)
- 1月16日 東京・渋谷公会堂 (主催:文化放送、ウドー音楽事務所)
- 1月17日 大阪・厚生年金会館大ホール (主催:FM大阪)
- 1月19日 名古屋・名古屋市公会堂 (主催:中部日本放送)
- 1月22日 東京・新宿厚生年金会館大ホール (主催:文化放送、ウドー音楽事務所)
- 1月23日 東京・新宿厚生年金会館大ホール (主催:文化放送、ウドー音楽事務所)
- 招聘元:ウドー音楽事務所 協力:キング・レコード 協賛:マックスウェル・ブレンディ
- 来日メンバー
- アンドリュー・ラティマー - Guitar, Vocal
- アンディ・ウォード - Drums
- リチャード・シンクレア - Bass, Vocal
- メル・コリンズ - Sax, flute
- デイブ・シンクレア - Keyboards
- ヤン・シェルハース - Keyboards
- 来日メンバー
- 招聘元:ウドー音楽事務所 協力:キング・レコード 協賛:マックスウェル・ブレンディ
演奏曲目
1980年 I Can See Your House from Here Tour(リモート・ロマンス・ツアー)(Japan Tour '80)
- 1月24日 名古屋・愛知勤労会館 (主催:中部日本放送)
- 1月25日 大阪・大阪フェスティバルホール (主催:FM大阪)
- 1月26日 東京・渋谷公会堂 (主催:文化放送、ウドー音楽事務所)
- 1月27日 東京・新宿厚生年金会館大ホール (主催:文化放送、ウドー音楽事務所)
- 1月28日 東京・中野サンプラザホール (主催:文化放送、ウドー音楽事務所)
- 招聘元:ウドー音楽事務所 協力:キング・レコード 協賛:マックスウェル・ブレンディ
- 来日メンバー
- アンドリュー・ラティマー - Guitar, Vocal
- アンディ・ウォード - Drums
- コリン・バス - Bass, Vocal
- ヤン・シェルハース - Keyboards
- キット・ワトキンス - Keyboards, flute
- 来日メンバー
- 招聘元:ウドー音楽事務所 協力:キング・レコード 協賛:マックスウェル・ブレンディ
演奏曲目(1980年1月28日(月) 東京・中野サンプラザホール)(1980年1月の来日公演最終日)
- Intro
- Echoes
- Unevensong
- Song Within a Song
- Hymn to Her
- Neon Magic
- Rhayader
- Rhayder Goes to Town
- Migration
- Preparation
- Dunkirk
- Rainbow's End
- Ice
- Who We Are
- Your Love is Stranger Than Mine
- Never Let Go
- ----- アンコール -----
- Wait
- Nobody Knows(Jungle Fever)(演奏最初の途中、ベースアンプのトラブルで演奏中断。ベースアンプの復旧後、再度、演奏曲最初から演奏)
- Luna Sea(この曲は、1980年来日時の最終公演日のみ演奏された。)
1992年 Dust And Dreams Tour(ダスト・アンド・ドリームス・ツアー) *東京、大阪、名古屋でのライブハウス(スペース)系の会場での開催。
- 8月21日 東京・CLUB QUATTRO
- 8月23日 大阪・CLUB QUATTRO
- 8月26日 東京・CLUB QUATTRO
- 招聘元:
- 来日メンバー
- アンドリュー・ラティマー - Guitar, Vocal
- (他のメンバーの資料なし)
- 来日メンバー
- 招聘元:
演奏曲目
1997年 Harbour Of Tears Tour(ハーバー・オブ・ティアーズ・ツアー) *東京、大阪、名古屋、川崎でのライブハウス(スペース)系の会場での開催。
- 3月21日 東京・WEST EAST
- 3月22日 神奈川・CLUB CHITTA'
- 招聘元:
- 来日メンバー
- アンドリュー・ラティマー - Guitar, Vocal
- コリン・バス - Bass, Vocal
- (他のメンバーの資料なし)
- 来日メンバー
- 招聘元:
演奏曲目
2000年 Rajaz Tour(ラージャーズ・ツアー) *東京、大阪でのライブハウス(スペース)系の会場での開催。
- 9月4日 大阪・梅田ヒートビート
- 9月6日 東京・赤坂BLITZ
- 9月7日 東京・赤坂BLITZ
- 9月8日 東京・渋谷Deseo
- 招聘元:
- 来日メンバー
- アンドリュー・ラティマー - Guitar, Vocal
- コリン・バス - Bass,Vocal
- ガイ・レブランク - Key
- デニス・クレメント - Ds
- 来日メンバー
- 招聘元:
演奏曲目
日本に於けるライブ録音放送
- 1979年(昭和54年)**月**日(*) **:** - **:** NHK-FM「***********」 番組進行:渋谷陽一 ゲスト:**** (放送日時 番組名などの詳細は不明だが、一説によると、1979年夏頃に、同時期に来日した、ストラングラーズとキャメルの来日時のライブの模様を、渋谷陽一とゲストの****で、2週に別けて(又は、2時間番組として(途中、ニュース等が挟まれ)それぞれ1時間番組として放送した可能性があると思われるが定かではない。 (キャメルの来日公演の放送での解説中には、ストラングラーズとキャメルを比較した番組進行役やゲストの発言があるので。))
- 1979年1月23日(火) 東京・新宿厚生年金会館大ホール 収録 (放送での、ライブ演奏楽曲の放送順は、実際の来日公演の演奏順ではない。ライブ録音放送中の「Tell Me」〜「The Snow Goose From "La Princesse Perdue"」では、『番組での「おせっかい」』(番組の解説中に、渋谷氏が紹介)として、演奏曲中に女性ナレーターによる「スノー・グース」の物語りのナレーションがされている。)
- 放送曲目(解説など)
- 解説:渋谷陽一 他
- Echoes
- 解説:渋谷陽一 他
- Tell Me *放送される曲中にナレーションあり
- The Snow Goos From Medley *放送される曲中にナレーションあり
- Great Marsh *放送される曲中にナレーションあり
- Rhayader *放送される曲中にナレーションあり
- Rhayader Goes to Town *放送される曲中にナレーションあり
- Song Within a Song *放送される曲中にナレーションあり
- Medley:Sleeper〜Supertwister〜White Rider *放送される曲中にナレーションあり
- The Snow Goose From "La Princesse Perdue" *放送される曲中にナレーションあり
- 解説:渋谷陽一 他
- Never Let Go
- 解説:渋谷陽一 他
- 放送曲目(解説など)
- 1979年1月23日(火) 東京・新宿厚生年金会館大ホール 収録 (放送での、ライブ演奏楽曲の放送順は、実際の来日公演の演奏順ではない。ライブ録音放送中の「Tell Me」〜「The Snow Goose From "La Princesse Perdue"」では、『番組での「おせっかい」』(番組の解説中に、渋谷氏が紹介)として、演奏曲中に女性ナレーターによる「スノー・グース」の物語りのナレーションがされている。)
- 1980年(昭和55年)4月20日(日) 21:00 - 21:55 FM東京「ゴールデン・ライブ・ステージ」 番組進行:青木誠
- 1980年(昭和55年)1月27日(日) 東京・新宿厚生年金会館大ホール 収録
- 番組冒頭、会場で流されたオープニング音楽をバックに、番組パーソナリティの青木誠による収録日、収録場所や、来日メンバー紹介と、合わせてステージ上での楽器の配置位置の紹介、番組前半に放送する曲目名紹介。(「Neon Magic」の後、CMが入る。)CM後、BGMで「Uneven Song」(同日に収録のライブ録音よりと思われる、曲の中盤部分から)を流しながら、バンドの略歴、リリースしたレコードタイトルの紹介、番組後半に放送する曲目名紹介。
- 放送曲目
- Echoes
- Hymn To Her
- Neon Magic
- (CM)
- Selection From "THE SNOW GOOSE"
- Wait
- Nobady Knows(Jungle Fever)
- 放送曲目
脚注
関連項目
外部リンク
- Camel Productions, the official Camel web site
- テンプレート:Discogs artist
- Camel Performancesテンプレート:Link GA