訴訟物
訴訟物(そしょうぶつ,Streitgegenstand)とは、民事訴訟法学上の基本概念の一つであり、狭義には、裁判所がその存否を審理・判断すべき権利ないし法律関係をいう(訴訟物たる権利関係。ただし、例外的に事実も含まれる。)。広義には、訴訟上の請求と同義に用いられることもあり、この場合には、原告の被告に対する一定の権利ないし法律関係の主張(権利主張)という意味で用いられたり(狭義の請求)、権利主張に加えて裁判所に対して原告の権利主張を認めて一定の形式(給付、確認又は形成)の認容判決をせよとの要求(判決要求)を含む意義で用いられる(広義の請求)こともある。
訴訟物とは審判の対象のことである、というのが通常の説明であるが、少なくとも日本の判例の理解としてはこの説明は若干正しくない。判例によると、訴訟物以外にも訴訟物に密接に関連した事項が訴訟物に準じたものとして審判の対象となり、そのような事項についても既判力に準じた効力が生じるとされる。
近時では意味が拡張され、選挙候補者又はその予定者が選挙の争点として設定しようとしている主題という意味でも使われるようになり、司法研修所でも教育が行われている。
訴訟物論争
訴訟物は、請求の併合(民事訴訟法136条。訴えの併合ともいう。)の有無(原告がいくつかの法的主張を持ち出したときに、これを単に請求原因が複数主張されているだけとみるのか、それとも複数の請求(広義の請求)がなされているとみるのか)、二重起訴の禁止(同法142条)の範囲、訴えの変更(同法143条)の有無(原告が法的主張を変化させたときに、これを単に請求原因の変更とみるのか、それとも従前とは別の請求(広義の請求)がなされているとみるのか)、既判力の客観的範囲(同法114条1項)を決する主要な基準となるとされてきた。そこで、訴訟物の範囲をどのように決めるかが問題となったが、基本的な発想としては、旧訴訟物理論と新訴訟物理論という2つの考え方がある。裁判実務やかつての通説は旧訴訟物理論を採用するが、現在の民事訴訟法学界では、新訴訟物理論が多数説である。なお、ドイツでは、二分肢説が判例・通説である。
旧訴訟物理論
実体法説とも呼ばれる。実体法上の請求権を基準にして訴訟物をとらえる考え方。したがって、たとえば、原告Aと被告Bとの間に土地Xについて賃貸借契約に基づく関係(貸主A、借主B)が認められるとする。そして、その契約終了の事実があれば、借主は借用物を返還しなければならないので、原告Aはその土地の明け渡しを請求することができる。さらに、土地Xについて所有権が原告Aにあれば、そのことから、Aは所有権に基づく妨害排除請求権に基づいて被告Bに明け渡しを請求することができる。以上のように、旧訴訟物理論によると結果として同じ給付(上の例では土地の明け渡し)を求めるために複数の請求が成立しうることになる。しかし、請求権競合をおよそ否定すれば、新訴訟物理論と同じ結論に至る。このような見解は新実体法説と呼ばれる。
新訴訟物理論
五十年以上前に発表された理論。訴訟法説とも呼ばれ実体法に関する批判から生まれた。実体法上の根拠が複数であったとしても、紛争実態から見て一つであるととらえられるものについては、訴訟法上一つの訴訟物であるという考え方。たとえば、土地の明渡請求において、その根拠として実体法上賃貸借契約の終了の事実、原告に所有権があるという事実などがあったとする。旧訴訟物理論においては、それぞれ賃貸借契約終了に基づく土地明渡請求と、所有権に基づく妨害排除請求権としての土地明渡請求と訴訟物を別個のものと考えるが、新訴訟物理論によると、訴訟物を別個のものとは考えない。つまり、その権利を生じさせる複数の実体法上の原因があったとしても、その結果導き出される権利(一定の給付を受ける地位)が同じであるならば、訴訟物としてそれらは別個のものとはならないという考え方を採用する理論。
訴訟物の機能
訴訟物を特定することは、ある訴訟物を対象として導かれた裁判所の判断の射程がどの程度にまで及ぶのかについて意味を持つ。
訴訟物による訴訟類型
- 給付訴訟(給付の訴え)
- 訴訟物が一定の給付を目的とする訴訟。例としては建物収去土地明渡請求訴訟。訴訟においては基本的な類型である。
- 確認訴訟(確認の訴え)
- 訴訟物が法律関係の確認を目的とする訴訟。例としては債務不存在確認訴訟。訴訟においては補充的な類型で、一定の要件を満たしたときのみ許容される。詳細については訴えの利益を参照。
- 形成訴訟(形成の訴え)
- 訴訟物が一定の法律関係の形成を目的とする訴訟。例としては株主総会決議取消訴訟。