ムアンチエンラーイ郡
テンプレート:Thaimueang テンプレート:Infobox ムアンチエンラーイ郡はタイ・北部の郡(アンプー)。チエンラーイ県の県庁所在地(ムアン)でもある。
名称
チエンラーイ(タイ語:เชียงราย)とは「マンラーイの街」と言う意味である。日本語ではチエンライ、チェンラーイ、チェンライなどとも表記される。
歴史
1262年ごろラーンナータイ王国の創設者は元の勢力を避けようとしたメンラーイ王によって、建設され、それまで首都であったグンヤーン(現・チエンセーン)から遷都した。ただし、当時建設されたのはカタム門とワット・ドーイチョームトーンの近辺のみであった。
しかし、メンラーイ王はチャオプラヤー川に続くピン川沿いの地域を掌握すると、1296年にはチエンマイに再び遷都した。その後、長きにわたりウッパラート(副王)の街として機能した。チエンラーイの国主ターオ・マハープロムがラーンナーの国王であったセーンムアンマーから王位を簒奪しようと企てたが、アユタヤの王パグワの介入で、セーンムアンマーは王位を取り戻した。
1434年、エメラルド仏が見つかり、ワット・プラケーオに収められたとも言われている[1]。1558年ビルマの軍門に下った。
その後、チエンマイの君主カーウィラより現在のタイ北部一帯が解放され、チャクリー王朝の覇権下に入ったが、しばらくは放置されていた。1842年にラーマ3世の命により、チエンラーイ県一帯を治める街として、街が再建された。
また芸術家、チャルームチャイ・コーシットピパットのふるさととしても知られ、彼のデザインしたワット・ローンクンという寺院が新たな、観光スポットとなっている。
地理
市内はコック川の形成した台地に位置する。旧市街は川より南側にある。郡の東は山があり、クンコーン森林公園が存在する。
交通網としてバンコクからミャンマーのタチレクまでをつなぐ国道一号線(パホンヨーティン通り)が南北に通っており、チェンライ国際空港が空の玄関口としてある。
経済
ナーンレーと呼ばれるパイナップルの名産地であり、Le Santéと呼ばれる地ワインをチエンラーイ・ワイナリーが生産している。
行政区分
郡内は16のタムボンにわかれ、その下位に256の村(ムーバーン)がある。市内にはテーサバーンが1つあり、以下のようになっている。
- テーサバーンナコーン・チエンラーイ・・・タムボン・ウィエン全体および、タムボン・ロープウィエン、タムボン・サンサーイ、タムボン・リムコックの一部
また郡内には14のタムボン行政体が置かれている。なお下記は、市内のタムボンのリストである。うち欠番のタムボンは、チエンラーイから独立してメーラーオ郡として成立したタムボンである。
- タムボン・ウィエン・・・ตำบลเวียง
- タムボン・ロープウィエン・・・ตำบลรอบเวียง
- タムボン・バーンドゥー・・・ตำบลบ้านดู่
- タムボン・ナーンレー・・・ตำบลนางแล
- タムボン・メーカーオトム・・・ตำบลแม่ข้าวต้ม
- タムボン・メーヤーオ・・・ตำบลแม่ยาว
- タムボン・サンサーイ・・・ตำบลสันทราย
- タムボン・メーコーン・・・ตำบลแม่กรณ์
- タムボン・フワイチョムプー・・・ตำบลห้วยชมภู
- タムボン・フワイサック・・・ตำบลห้วยสัก
- タムボン・リムコック・・・ตำบลริมกก
- タムボン・ドーイラーン・・・ตำบลดอยลาน
- タムボン・パーオートオンチャイ・・・ตำบลป่าอ้อดอนชัย
- タムボン・ターサーイ・・・ตำบลท่าสาย
- タムボン・ドーイハーン・・・ตำบลดอยฮาง
- タムボン・タースット・・・ตำบลท่าสุด
注脚
外部リンク
テンプレート:チエンラーイ県の郡- ↑ MCスパトラディット・ディスクン『エメラルド仏寺院の歴史』ブィー文子・村本理子訳、バンコク、Amarin Printing Group, 1987, 18頁