レパード玉熊
テンプレート:Infobox レパード 玉熊(レパード たまくま、1964年1月25日 - )は、日本の元プロボクサー。第23代WBA世界フライ級チャンピオン。
人物
青森県出身。本名は玉熊 幸人(たまくま ゆきひと)。畑山隆則と同郷である。畑山にボクシングの興味を示すきっかけを作った。
左ファイター。法政大学ボクシング部中退、国際ボクシングスポーツジム出身。
顎の脆さをカバーするため、顔を打たれないよう顔面のみの防御に集中し、ボディを打たれても効かないくらいまで徹底的に鍛え上げた。手足が長いが、アウトボクシングではなく接近戦を得意にし、至近距離で相手のパンチをガードしながら効果的にボディブローやカウンター攻撃をする。日本王座を獲得した試合では、ボディを打たれるたびにわざと苦しそうに唸り、相手の意識をボディに集中させるなど、頭脳的なボクサーである。
試合の入場曲は、フィル・コリンズの「something happened on the way to heaven」。これがきっかけで、ボクシング番組「ダイナミックグローブ」のテーマソングにもなる。
来歴
青森県立青森商業高等学校で[1]、当初体操部に入部しようと部室を訪れたが誰も居らず、隣のボクシング部から声を掛けられ入部。当初は右のオーソドックススタイルだったが、1年の秋監督のアドバイスにより、サウスポーに転向。2年の春季大会では、県モスキート級チャンピオンとなり頭角を現す。3年時はインターハイ・ライトフライ級準優勝。
高校卒業後、スポーツ推薦で法政大学経営学部に進学。同大学でもボクシング部に入部したが、同級生の不祥事でボクシング部が休部したこともあり、1年で中退。40戦33勝(2KO)7敗のアマチュア実績と才能を高校・大学の先輩でもある高橋美徳会長に認められ国際ジムに入門。
1983年5月、本名「玉熊幸人」としてプロデビュー。同年12月、東日本ジュニアフライ級(現・ライトフライ級)新人王、続く1984年2月には全日本同級新人王となった。その後、リングネームを「レパード玉熊」に改名(リングネームの「レパード」は英語で「豹」を意味する)。
1987年2月26日、20戦目で日本王座初挑戦。西川浩二を10回判定に降し、日本フライ級王座獲得。その後、4度の防衛に成功し、1988年9月に王座返上。
1989年3月5日、世界初挑戦。故郷・青森でWBC世界フライ級王者・金容江(韓国)に挑み、12回判定負けで世界王座奪取ならず。
金戦後3試合(いずれもKO勝ち)を戦い、1990年7月29日、茨城県の水戸市民体育館において世界再挑戦。WBA世界フライ級1位の指名挑戦者として同級王者・李烈雨(韓国)に挑む。10回、これまでダウン経験のない王者から2度のダウンを奪い、レフェリーストップによるTKO勝ち(正式タイムは10R2分21秒)。31戦目にして世界王者となった(青森県出身ボクサーとしては初)。12月6日には故郷で初防衛戦。元王者ヘスス・ロハス(ベネズエラ)と対戦し、フルラウンドの死闘の末、引き分け1-0で辛くも防衛成功。 この時の平均視聴率は19.2%であり、高視聴率を記録した。(日本テレビ)
翌1991年3月14日、2度目の防衛戦。エルビス・アルバレス(コロンビア)と対戦するが、12回判定負けで王座陥落。試合後、左眼網膜剥離が判明し、結局この試合を最後に引退した。
引退後、トレーナーとして国際ジムに留まり、小林昭司(後のWBA世界スーパーフライ級王者セレス小林)、松浦広平(後の日本スーパーフライ級王者プロスパー松浦)等を指導。
1995年11月に東京都千代田区九段に「レパード玉熊ジム」を開設。同ジム所属の小林秀一が国立大学卒業選手初の日本王者となった。また、後に女子世界王者となる小関桃もアマチュア時代に指導した。
ジムで後進の指導に当たる一方、現在は輪島功一、渡嘉敷勝男、飯田覚士、戸高秀樹等の元世界王者仲間とともに、袴田事件の再審を求める要請書を最高裁判所に提出。元プロボクサーの死刑囚・袴田巌の無罪獲得のため活動を続けている。
また、テレビ、ラジオ、映画など多方面にて活躍している。
主な出演
- タナトス特別出演
- レパード玉熊 「栄光の奇跡」
ほか多数
主な功績
- 全日本ライトフライ級新人王
- A級トーナメントフライ級 優勝
- 第33代日本フライ級王座(1987 - 1988年)
- WBA世界フライ級王座
- 青森県青森市 市民栄誉賞(1990年8月7日)[2]
- 東京都荒川区 区民栄誉賞(1990年8月31日)[3]
- 年間表彰選手 1990年 最優秀選手賞
- 報知プロスポーツ大賞 1990年
戦績
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脚注
報道・インタビューなど
- 原口総務大臣がボクシング挑戦 報知新聞の甲斐毅彦による記事
- 宇野和男のスポーツ対談 フリーアナウンサー宇野和男との対談
- 戦士と語る Vol 20 新田渉世(川崎新田ボクシングジム会長)によるインタビュー
関連項目
外部リンク
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テンプレート:年間最優秀選手賞 (日本プロボクシング)- ↑ 「時代」を彩った男と女・あの人は今 元プロボクサー・レパード玉熊さん リアルライブ 2010年4月14日閲覧
- ↑ 青森市 市民栄誉賞受賞者 青森市公式サイト
- ↑ 荒川区 区民栄誉賞 荒川区公式サイト