植松正
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植松 正(うえまつ ただし、1906年(明治39年)1月21日 - 1999年(平成11年)2月3日)は千葉県出身の刑法学者。一橋大学名誉教授。元司法試験考査委員。死刑存置を主張するなど、保守的な立場を取る。平成元年には大喪の礼に出席。
来歴
- 1906年(明治39年)1月21日:千葉県東金市の農家に生まれる。
- 1917年(大正6年)3月:淀橋第二小学校卒業。
- 1929年(昭和4年)3月31日:日本大学(夜間部)法文学部文学科(心理学専攻)卒業。
- 1929年(昭和4年)4月1日:日本大学講師。
- 1932年(昭和7年)3月16日:東京外国語学校フランス語専修科修了。
- 1932年(昭和7年)4月1日:東北帝国大学法文学部入学。
- 1934年(昭和9年)11月6日:高等試験司法科試験合格。
- 1935年(昭和10年)3月26日:東北帝国大学法文学部(法律学専攻)卒業。
- 1935年(昭和10年)5月20日:司法官試補。
- 1936年(昭和11年)12月26日:予備検事。
- 1937年(昭和12年)7月31日:水戸区裁判所兼同地方裁判所検事。
- 1939年(昭和14年)4月26日:横浜地方裁判所検事兼同区裁判所検事。
- 1940年(昭和15年)1月29日:東京区裁判所検事兼同刑事地方裁判所検事。
- 1940年(昭和15年)5月18日:東京刑事地方裁判所判事兼同民事地方裁判所判事兼同区裁判所判事。
- 1941年(昭和16年)3月31日:台北帝国大学助教授。
- 1944年(昭和19年)5月13日:台北帝国大学教授。
- 1945年(昭和20年)10月2日:東京刑事地方裁判所判事兼同民事地方裁判所判事兼同同区裁判所判事。
- 1946年(昭和21年)3月15日:東京控訴院検事。
- 1947年(昭和22年)5月3日:東京高等検察庁検事。
- 1950年(昭和25年)6月30日:一橋大学教授。
- 1962年(昭和37年)3月31日:東北大学より心理学で文学博士の学位を受く(学位論文「証言の信頼度における性的・年齢的差異の研究」)。
- 1965年(昭和40年)4月1日:一橋大学法学部長。
- 1969年(昭和44年)3月31日:一橋大学停年退官。
- 1969年(昭和44年)4月1日:一橋大学名誉教授、明治学院大学教授。
- 1969年(昭和44年)4月9日:弁護士登録(第一東京弁護士会)。
安楽死に違法性がない場合もあるとし、1986年から1996年にかけて日本尊厳死協会会長を務めた。
著作
- 犯行の心理 民生書院 1947
- 民族と犯罪 有斐閣 1947 (新日本刑事学叢書)
- 裁判心理学の諸相 世界社 1947 (新学術叢書)
- 民族と犯罪 有斐閣 1947 (新日本刑事学叢書)
- 警察教養 第1輯 協和図書出版 1948
- 軽犯罪法講義 立花書房 1948
- 刑事法学研究 第1巻 有斐閣 1949
- 刑法教室 第1-4 大蔵省印刷局 1952-59
- 刑法学各論 勁草書房 1952
- 刑法学総論 良書普及会 1953
- 裁判 真実の発見と正義の実現 1955 (角川新書)
- 『刑法概論』勁草書房、1956)
- 刑法総論 青林書院 1957 (現代法学全書)
- 証言の信頼度 特にその性的・年齢的差異 有斐閣 1959 (日本刑法学会選書)
- 刑法ノート 有信堂 1959 (文化新書)
- 供述の心理 真実と虚偽のあいだ 日本評論社 1964
- 刑法の感覚 日本評論社 1964
- 刑法エッセイ 正続 勁草書房 1965-66
- 刑法評論 第1-2 勁草書房 1968-69
- 法の映像 帝国地方行政学会 1971
- 法のうちそと 正続 ダイヤモンド社 1974-75
- 『去日来日』正続(勁草書房、1977-78)
- 刑事訴訟法教室 第一法規出版 1980.8
- 刑法とはなにか 日本放送出版協会 1983.5 (新NHK市民大学叢書)
- 新刑法エッセイ 1 勁草書房 1985.4
- 法の視点 兼六館出版 1991.11
- 『刑法の話題』(信山社、1995)
共編著
記念論集
- 刑法と科学 心理学・医学編 植松博士還暦祝賀 鴨良弼ほか 有斐閣 1970
- 刑法と科学 法律編 有斐閣 1971テンプレート:Scientist-stub