広島車両所
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広島車両所(ひろしましゃりょうしょ)は、広島県広島市東区にある日本貨物鉄道(JR貨物)の車両基地および工場である。
概要
敷地面積約9万m²。山陽本線の瀬野 - 八本松間に存在する瀬野八で有名な急勾配を走行する上り貨物列車の補助機関車(補機)などが所属している。また、工場では関西支社に所属する電気機関車・ディーゼル機関車や貨車の検修を行っている。また、広島貨物ターミナル駅東端の天神川駅に挟まれた場所に広島車両所蟹屋派出があり、仕業検査を行っている。
なお、広島機関区は乗務員区であり、検修業務は行っていない。
毎年10月20日頃に一般公開している。(貨物フェスティバル) ちなみに、車両修理工場の鉄骨は1945年(昭和20年)の原爆投下時に被爆した被爆建物でもある。
所在地
広島県広島市東区矢賀5丁目1-1
車体に記される略号
- 所属車両:「広」…広島を意味する「広」から構成される。
- 整備済み車両:「HS」…台車に和暦で検査年月日と共に手書きされる。
所属車両
2012年2月1日現在の所属車両である[1]。
電気機関車
- 0番台の3両と100番台の5両、計8両が所属している。
ディーゼル機関車
- 1000番台の6両が所属している。
その他
保存車両
- D52 1(準鉄道記念物)
- EF58 113(前頭部のみ)
- EF59 16(同上)
- EF59 21 - 前面に「あとおし90」の特製ヘッドマークが装着されている。
- EF61 4(前頭部のみ)
- EF500-901
- 最近、EF66量産車のトップナンバーである1号機が国鉄色に復元された。
- D52.jpg
D52 1
- Ef58.jpg
EF58 113
- JNR EF59 16 20051023.jpg
EF59 16
- JNR EF59 21 shimonoseki-side 20081026.jpg
EF59 21
- EF61-4 20071028.JPG
EF61 4
- JR Freight EF500.jpg
EF500 901
- Ef66-0-02.jpg
EF66 11
歴史
- 1943年(昭和18年)3月 - 鉄道省広島工機部として開所。
- 1945年(昭和20年)8月6日 - 被爆。ここは爆心地から4.25kmに位置した。建物の窓ガラスは粉々に砕け、木材は吹き飛ばされたが、建物の倒壊は免れた。その当日、臨時救護所として市内から避難してきた被爆者を収容、職員が救護にあたった。翌8月7日、業務を再開、蒸気機関車の整備を行ない始めた。
- 1949年(昭和24年)6月1日 - 日本国有鉄道に移管。
- 1955年(昭和30年) - 広島工場に改称。
- 1985年(昭和60年) - 広島車両所に改称。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR貨物に継承。
関連項目
脚注
- ↑ 2012JR貨物時刻表、公益社団法人鉄道貨物協会
- ↑ 『鉄道ピクトリアル』2011年9月号(NO.853)p.61-p.62。なお、この記事ではこの車両移動機を「アント」と称しているが、アント工業の製品ではなく同社とは関係がないことから、「アント」と称することはできない(アント工業#「アント」の呼称について参照)。
外部リンク
- 当時の鉄骨今も支える - 2009年3月16日付読売新聞