ジョルダン標準形
ジョルダン標準形(— ひょうじゅんけい、テンプレート:Lang-en-short)とは、代数的閉体上で定義される一般の行列に対する標準形のことである。任意の正方行列は、適当に相似変換することによって、ジョルダン標準形にできる。
定義
行列
代数的閉体 テンプレート:Mvar 成分の テンプレート:Mvar 次正方行列
- <math>J_n(\lambda) =
\begin{pmatrix} \lambda & 1 & & & 0 \\
& \lambda & 1 & & \\ & & \ddots & \ddots & \\ & & & \lambda & 1 \\ 0 & & & & \lambda \\
\end{pmatrix} </math> をジョルダン細胞というテンプレート:Sfn。 任意の正方行列 テンプレート:Mvar に対して
- <math> PMP^{-1} = \begin{pmatrix}
J_{n_1}(\lambda_1) & & 0 \\
& \ddots & \\ 0 & & J_{n_k}(\lambda_k) \\
\end{pmatrix} </math> となる正則行列 テンプレート:Mvar が存在するテンプレート:Sfn。 このとき テンプレート:Math は テンプレート:Mvar の固有値である。 この行列 テンプレート:Math のことを行列 テンプレート:Mvar のジョルダン標準形というテンプレート:Sfn。
線形変換
代数的閉体 テンプレート:Mvar 上の有限次元線形空間を テンプレート:Mvar とし、線形変換 テンプレート:Math をとる。 テンプレート:Mvar が半単純(semisimple)であるとは、線形空間 テンプレート:Mvar が
- <math> V = \bigoplus_{\lambda} V_\lambda </math>
と テンプレート:Math の固有値 テンプレート:Math の固有空間 テンプレート:Mathの直和として表せることである。 また テンプレート:Mvar が 冪零(nilpotent) であるとは、ある自然数 テンプレート:Mvar が存在して
- <math> f^r = 0 </math>
となることである。
任意の線形変換 テンプレート:Math に対して、半単純線形変換 テンプレート:Math と冪零線形変換 テンプレート:Math で
- <math> f = f_{\rm s} + f_{\rm n}, \quad f_\mathrm{s} f_\mathrm{n} - f_\mathrm{n} f_\mathrm{s} = 0 </math>
を満たすものが一意的に存在する。このとき テンプレート:Math のことを(加法的)ジョルダン分解といい、 テンプレート:Math を テンプレート:Mvar の半単純成分、テンプレート:Math を テンプレート:Mvar の冪零成分という。
線形空間 テンプレート:Mvar の基底
- <math>\{\, e_{ij} \mid i=1, \dotsc ,k;~j=1, \dotsc ,n_i \,\}</math>
が線形変換 テンプレート:Mvar のジョルダン基底 であるとは、テンプレート:Math とおきたとき
- <math> f( e_{ij} )= \lambda_i e_{ij} + e_{i(j-1)} </math>
が基底の任意の元 テンプレート:Math について成り立つことである。 ジョルダン基底に関する テンプレート:Mvar の表現行列がジョルダン標準形である。
例
次の複素成分正方行列 テンプレート:Mvar のジョルダン標準形は次のようになる。
- <math>
M = \begin{pmatrix} 1 & 2 \\ -2 & 5 \end{pmatrix},~ P = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ -2 & 2 \end{pmatrix},~ PMP^{-1} = \begin{pmatrix} 3 & 1 \\ & 3 \end{pmatrix}
</math> または次で定めるベクトル テンプレート:Mvar, テンプレート:Mvar は テンプレート:Math と テンプレート:Math とを満たすので行列 テンプレート:Mvar のジョルダン基底である。
- <math>
u = \begin{pmatrix} 1 \\ 1 \end{pmatrix},~ v = \begin{pmatrix} -1/2 \\ 0 \end{pmatrix}
</math>
この行列 テンプレート:Mvar の半単純成分 テンプレート:Mvar と冪零成分 テンプレート:Mvar への分解は次のようになる。
- <math>
S = \begin{pmatrix} 3 & \\ & 3 \end{pmatrix},~ N = \begin{pmatrix} -2 & 2 \\ -2 & 2 \end{pmatrix}, ~ M = S + N
</math> この分解は テンプレート:Math や テンプレート:Math が成り立つので、 行列の指数関数や冪乗の計算に役立つ。
- <math>
e^{Mt} = e^{St + Nt} = e^{St}e^{Nt} = e^{St}(I + Nt) = e^{3t}\begin{pmatrix} 1 - 2t & 2t \\ -2t & 1 + 2t \end{pmatrix}
</math>
- <math>
M^n = (S + N)^n = S^n + nS^{n - 1}N = 3^{n - 1}\begin{pmatrix} 3 - 2n & 2n \\ -2n & 3 + 2n \end{pmatrix}
</math>
標準形の存在証明とアルゴリズム
- 定理
- 任意の線形変換 <math>f</math> に対しジョルダン基底は存在する。
証明は線形空間の次元 <math>n=\dim V</math> についての帰納法で、<math>n=1</math> ならすべての基底がジョルダン基底だからOK、 <math>n-1</math> までOKとして、 <math>n=\dim V</math> とする。次の明らかな補題が証明の鍵である。
- 補題
- <math>\{ e_{ij} \}</math> が <math>f</math> のジョルダン基底なら、<math> f-\lambda 1_V</math> のジョルダン基底でもある。ここで <math>\lambda</math> は任意のスカラー。
この補題により <math>\operatorname{rank} f=r <n </math> の場合に示せばよい。 このとき <math>V'=\operatorname{im} f,\ f'=f|_{V'}</math> とすると、帰納法の仮定で、 <math>f'</math> のジョルダン基底 <math>\{e_{ij} \} </math> がとれる。 番号を <math>\lambda_1=\lambda_2=\dotsb =\lambda_s=0 </math>、<math>i>s </math> なら <math>\lambda_i \neq 0</math> となるようにとる。<math> e_{11},e_{21},\dotsc,e_{s1}</math> は <math>\ker f </math> の元で線形独立だから、これらに <math>b_1,b_2,\dotsc,b_{n-r-s} </math> を加えて <math>\ker f </math> の基底を作る。また <math>V</math> の元 <math>c_1,c_2,\dotsc,c_s</math> を <math>f(c_i)=e_{i n_i }</math> となるようにとる。このとき <math>n</math> 個のベクトル <math>\{ e_{ij} \} \cup \{ b_i\}\cup \{ c_i \}</math> が線形独立であることは容易にわかり、 これらは <math>V</math> の基底である。<math>c_i =e_{i n_i +1},\ b_i =e_{k+i 1}</math> と番号づけると、これが <math>f</math> のジョルダン基底となる。[証明終わり]
<math>V=K^n</math> で <math>f</math> が行列 <math>A=(a_1,a_2,\dotsc,a_n)</math> で表されるとき、 <math>\operatorname{rank}A=r</math> なら、 <math>a_1,a_2,\dotsc,a_r</math> が線形独立としてよい。このとき <math> A=\begin{pmatrix} {A_{11}} & {A_{12}} \\ {A_{21}} & {A_{22}} \end{pmatrix} </math> は行変形で <math>\begin{pmatrix} {E_r} & R \\ 0 & 0 \end{pmatrix}</math> と簡約化される。
- 命題
- 上のとき、 <math>a_1,a_2,\dotsc,a_r</math> は <math>V'</math> の基底であるが、この基底に関する <math>f'</math> の表現行列は <math> A_{11}+R A_{21} </math> である。
命題の証明は略するが、これを用いると上のジョルダン基底の存在証明は、同時に行列のジョルダン標準形と変換行列を求めるアルゴリズムにもなっている。
脚注
参考文献