イワン・ゴンチャロフ
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イワン・アレクサンドロヴィチ・ゴンチャロフ(テンプレート:Lang-ru, Ivan Alexandrovich Goncharov, 1812年6月18日〔ユリウス暦6月6日〕 - 1891年9月27日〔ユリウス暦9月15日〕)は、ロシアの作家。代表作は小説『オブローモフ』。
1812年にシンビルスク(現在のウリヤノフスク)に生まれる。父親は裕福な穀物商であった。1834年にモスクワ大学を卒業した後、30年間、政府の役人として働いた。
1834年、貴族層と商人層との対立を描いた最初の小説『テンプレート:仮リンク』が出版される。1848年、自然主義的な心理描写『イワン・サヴィチ・ポジャブリン』を発表。1852年から1855年まで、イギリス・アフリカ・日本に旅し(1853年に長崎に来航)、プチャーチン提督の秘書官としてシベリアを経由して帰国。1858年にその紀行文『フリゲート艦パルラダ号』を刊行。(抄訳は『ゴンチャローフ日本渡航記』講談社学術文庫)
1859年、ペテルブルクに暮らす無為徒食の独身貴族、余計者のオブローモフの生涯を描いた小説『オブローモフ』を発表。フョードル・ドストエフスキーに高く評価されるなど、大きな反響を呼び、代表作となった。
1869年、謎の女に恋した3人の男を描いた最後の小説『断崖』を発表。
晩年、多くの短編・批評・随筆などを書いたが、それらの多くは死後1919年に刊行された。
1891年にペテルブルクで肺炎を患い、死去。生涯独身であった。
作品邦訳
- 日本旅行記 平岡雅英訳 ロシア問題研究所、1930
- 文芸評論集 井上満訳 世界文学社、1948