ボールペン
ボールペンは、ペン先に小さな鋼球を内蔵し運筆とともに回転することで軸内のインクを滲出させて筆記する構造を持つ筆記具[1]。精密機械であり、文房具の一種。
英語では "ballpoint pen" (ball-point pen)、あるいは単に "ballpoint" と呼ばれる[2][3]。「ボールペン」は和製英語だとされることもあるが[4][5]、俗称・商業用語として英語圏でも "ball pen" と呼ばれることがある[3][6][7]。イギリス英語、オーストラリア英語では biro という名称も用いられる[3]。
目次
特徴
先端に金属またはセラミックス(ごく一部ボールぺんてるのように樹脂のものも存在する)の極小の球(ボール)がはめ込まれており、このボールが筆記される面で回転することにより、ボールの裏側にある細い管に収められたインクが筆先表面に送られて、線を描くことができるペンの一種。この一連の機構がユニット化されたものをリフィル(レフィル)と呼び、ペン軸の内部に収めて使用する。
現在では太さ、色、インクの特性、ペン先の出し方などにより多くの種類が存在する。ペン先の出し方によって大別すると、ペン先を覆うキャップを取り外して用いるキャップ式と、後部のボタンを押すことでペン先を繰り出して用いるノック式とがある。いわゆる多色ボールペンやシャープペンシルの機能を併せ持ったもののようにノック部が複数あるものは複数ノック式という[1]。ボールペンの特長として、独特の構造により弱い力でスムーズな線を描ける事などが挙げられる。万年筆では使用することが難しい顔料インクなどの高性能なインクを使用できるので、筆跡の保存性にも優れている。ペン先が硬く筆圧を加えやすいので、カーボン紙や感圧紙を用いた複写(カーボンコピー)にも適している。安価なので企業の広告宣伝用に企業のロゴを軸にプリントしたものが配布されることも間々ある。ボールペンの欠点としては、凹凸面があるとボールがうまく回転せず、筆記した線が湾曲してしまう点、長期間の放置に弱い点がある。
ボールペンは重力を利用してインクを送りだすため、先端を上に向けた状態では筆記できない。水平以上の角度で字を書くと、だんだんインクが出なくなる。微小重力の宇宙船内などでは、インクを窒素ガスで強制的に送り出す、俗に宇宙ペン(スペースペン)と呼ばれる特殊なボールペンが使われている。ただし、宇宙ではボールペンが全く使えなくなるということはなく、ロシアの宇宙飛行士たちは鉛筆を使っていたというジョークがあるが、普通のボールペンも使っていた[8]。
構造
ボールペンの先端(チップと呼ばれる)は金属製の台座に金属またはセラミックスのボールを自由に回転できるようにして固定された構造をしており、ボールペンの性能を左右する先端の加工は特に重要で高度な技術力が要求される。ボールペンチップの材質はさまざまであり、以下に主なボールペンチップの材質を挙げる。
チップ材質
ボール材質
- ステンレス鋼
- 安価に製造できるが、若干耐磨耗性に劣る。
- 超硬合金
- 主に炭化タングステンが使用される。寿命が長い。
- セラミックス
- 主にアルミナが使用される。磨耗が少ないため寿命が長い他、インクに対して化学変化を起こさず、表面に微細な凹凸がありインクのノリが良い。
- 人造宝石
- ルビーは摩擦係数が小さく磨耗が少ないため、高級ボールペンに使用される。
軸材質
- 合成樹脂
- 最も一般的な軸材質。安価で大量に生産できるため多く使用されている。
- 金属
- 一部の高価なボールペンで使用されている。合成樹脂に比べて本体を小型化できる利点がある。
- 木材
- 材質に狂いが生じやすいため一般に使用されることはほとんどない。
- セルロイド
- かつて万年筆用に大量に使用された素材。一時は合成樹脂の登場により姿を消したが昔ながらの風合いを重視し現在も細々と使用されている。
- エボナイト
- 上記に同じ。紫外線で劣化するが漆黒の美しい光沢を呈する。
- 紙
- ドイツで考案された軸材質。何重にも巻いたクラフト紙の厚紙でできた紙管を使用する。ロゴを印刷できる面積が広く取れリサイクルが容易であるため企業の宣伝用として多用される傾向がある。
ボールペンはボールを周りのカシメによって支持するため、寝かせて書くとカシメが擦れて故障の原因となるおそれがある。ペン先内部にボールを支えるための受座があるので、受座がボールを正しい位置で支えられる角度で筆記するのがよいとされる。よって筆記時には万年筆と違い紙面に直角に近い角度(60~90度が望ましいとされる)を保ち筆記することが求められる。
歴史
ボールペンを発明するにあたっては、ペン先用極小ボールの高精度な加工・固定技術と、高粘度インクの開発が必要であった。従来の低粘度インクでは、ボールの回転と共に多量のインクがにじみ出してしまい、シャープな線を描けなかったのである。
- 1884年にアメリカ人のジョン・ラウドが着想しているが、インク漏れを防止できず実用にならなかった。
- ユダヤ系ハンガリー人のジャーナリストのビーロー・ラースロー(László Bíró)が世界初の近代的ボールペンを考案し、1938年にイギリスで特許を取得[9]。1941年にドイツを逃れてアルゼンチンに移住すると同国で会社を設立し1943年に同国での特許を取得してBiromeというブランド名で販売[10]。イギリス空軍がこのペンのライセンス品(Biro)を採用し、高い高度を飛行中のの使用に際してボールペンは万年筆よりも液漏れしにくいことが知られることとなった[10]。
- 1945年にビーローのbiromeペンをエバーシャープ社とレイノルズ社と量産化、戦後のアメリカでブームとなった[10]。
- テンプレート:要出典範囲
- 1949年にオート社が日本で初めて鉛筆型ボールペンならびに証券用インクを開発。
- 1964年にオート社が水性ボールペンを世界で初めて開発。以降、各社から多彩な水性ボールペンが発売されることとなる。
- 1965年にポール・フィッシャーが窒素ガス加圧式のスペースペンを開発。後にNASAにも採用された[11]。
- 1982年にサクラクレパス社が分散系のチキソトロピー現象を応用した水性ゲルインキを開発・特許を取得した。その後国内各社も高性能ゲルインキボールペンの開発に着手、ボールペンの性能は飛躍的に上がり、ボールペンの普及に拍車を掛けた。
当初は高価で普及せず、書いた後時間が経つとインクが滲むので公文書に用いることも認められなかった。しかし、量産効果と改良で品質改善・低価格化が進み、公文書への使用が可能となった。1970年代以降は万年筆やつけペンに代わる、もっとも一般的な筆記具となっている。
種類
ボールペンは、使用するインクの特性により分類される。油性ボールペンが先に発明され、最も普及し一般的とされるが、後発の水性ボールペンも発色性がよく低筆圧で筆記できることなどから、徐々に普及していった。水性ボールペンはローラーボールとも呼ばれる。さらに近年、油性ボールペンと水性ボールペンのよさを併せ持ったゲルインクボールペンが開発された。
油性ボールペン
ボールペンの中でも一般的に使用頻度が高く、数多くのメーカーが生産しているため、安価で手に入りやすいというイメージが強い。単に「ボールペン」と呼ぶ場合は、油性ボールペンを指すことが多い。インクの粘度が高いため、インクの滲みが少なく裏移りがないなどの利点がある。インクが固まりやすいため、長時間使用せず保管する際には注意が必要なことが欠点であるとされてきた。インクが途中で固まった場合、ライターの火を近づけて温めるとインクが溶けて再び書けるようになるという説明がなされることがあったが、温め過ぎると今度はインクが固化してしまい書けなくなってしまう。近年は、インクの固まりを抑えて長時間保管しても書き味が維持できる「低粘度油性インク」が開発されている。一般的に長期保存に向いていると思われているが、製品によって差が激しいため、一概に向いているとは言えない。耐水性は一時的な濡れには強いが、長時間水に浸すと滲んでしまう物が多い。染料インクのボールペンは耐光性が低く、色褪せしやすい。アルコールや除光液で除去されて、改竄される例もある。en:Check_washing
水性ボールペン
テンプレート:Main やや後発のボールペン。油性ボールペンよりやや価格が高く、日本ではあまり普及していない。インクの粘度が低いため、さらさらとした感じの書き味が魅力である。油性ボールペンに比べ書き味、色の発色性の面で優れている。しかしドライアップ(装填しているインクが乾燥し、使用できなくなる現象)しやすいため、使用後はキャップを確実に閉めなければならない。染料インクの場合、水に濡れるとインクが流れて字が消えてしまう弱点もある(顔料インクは耐水性がある)。万年筆の構造を踏襲した従来品よりもインクの流れが改善してある水性ボールペンが登場している。
ゲルインクボールペン
1980年代後半にサクラクレパスによって開発された比較的新しい種類のボールペン。ゲルの特性を利用したインクで、油性ボールペンのよさ(インク残量を見ることができる、最後までインクの出方が一定である)と水性ボールペンのよさ(書き味がなめらか)を合わせ持つ。ゲルインクは、リフィル内部では高粘度のゲル状だが、ボールが回転すると速やかにインクが粘度の低いゾル状になり、インクがペン先から滲出する。滲出したインクが紙面に付着するとインクが直ちにゲル化するためインクの滲みが少ない。インクがゲル化して紙面に付着する性質を利用した消しゴムで消せるゲルインクボールペンも存在する。染料ゲルインクは非常に発色が鮮やかで、書き味も滑らかである。顔料ゲルインクは乾燥後は耐水性・耐光性共に非常に高く、長期保存に適する。
エマルジョンボールペン
21世紀になってからゼブラによって開発された新たな種類のボールペン。水性ジェルと油性インクを混合したエマルジョンインクを使用している。
規格
ペン先用ボールの太さは1.2ミリメートル (B)、1.0ミリメートル (M)、0.7ミリメートル (F)、0.5ミリメートル (EF) のものが主流だが、1.4ミリメートル、1.6ミリメートルの太いものや、0.4ミリメートル、0.3ミリメートル、0.25ミリメートル、0.18ミリメートルといった極細のものも登場してきている。一般的に同じ太さのボールでは油性ボールペンより水性ボールペンやゲルインクボールペンの方が筆跡が太くなる。
付加機能
付加機能として、クリップ付[1]、印鑑付(印判付)[1]、時計付[1]、ライト付[1]などがある。
高級品
万年筆ほどの種類はないがボールペンにも蒔絵や漆塗などを採用した非常に贅沢な品がいくつか存在する。老舗万年筆メーカーは、主力製品である万年筆とセットで、ほぼ同じデザインの油性ボールペンとローラーボールを販売することが多い。
ボールペン画
ボールペンの発明以来、アマチュアの落書きだけでなく、プロのアーティストのための多目的な芸術媒体となっている[12]。使用者によると、ペンは安くてポータブルで、広く利用可能である。従ってこの一般的な文房具は便利な画材にもなる[13]。「点描」と 「クロスハッチ」などの伝統的なペンとインク技術は、ハーフトーンや立体的な描写をするために使用することができる[14][15]。とりわけアンディー・ウォーホルなどの有名な20世紀の芸術家は、ボールペンもある程度利用してきた[16]。ボールペン画は、21世紀でも人々を魅了し続けている。現代のアーティストは彼らの特定のボールペン技術的能力、想像力と革新によって承認を受けている。ニューヨーク在住の韓国人アーティスト、イル・リー (Il Lee) は、1980年代の初めから大規模で抽象的なボールペンのみの作品を制作してきた[12]。彼の作品はソウル(韓国)やアメリカで展示されている。レニー・メイス (Lennie Mace) は1980年代半ば以降、木材やデニムなど、型破りな素材の表面に、さまざまなコンテンツを描き、ボールペンのみの作品を作成している。彼の変化に富んだ作風を表現するために、「ペンティング」と「メディア・グラフィティ」などの用語が生まれた[17][18][19]。メイスは最も多作なボールペン画家である。彼の作品はアメリカ全土、日本でも定期的に展示されている[20]。最近では、英国のジェームズ・ミルン (James Mylne) は、ほとんど黒ボールペンを使用して写真のようにリアルなアートワークを制作し、時には色を表現するために他の画材も使用している。ミルンの作品は、ロンドン、そしてインターネットを通して国際的な人気がある[21][22][14]。ボールペンの限られた色の種類と、光による色の劣化がボールペン画家の懸念の一つである[23]。ミスはボールペンアーティストにとって致命的である。線が描かれた後、基本的に消すことができないからである[17]。 芸術的な目的のためにボールペンを使用する際、インクフローのたまりと詰まりにも配慮が必要である[24]。日本人アーティスト「ハクチ」のイラストは、インターネットを通してアメリカでも人気となっている。フアン・フランシスコ・カサス (Juan Francisco Casas) とサミュエル・シルバ (Samuel Silva) のボールペン画は、最近インターネットでの「ヴァイラル」効果で注目を集めている[25]。
関連項目
外部リンク
- ボールペン画家イル・リー氏 (IL LEE), Art Projects International ギャラリーページ
- ボールペン画家レニー・メイス氏 (Lennie Mace) ホームページ
- ボールペン画家ジェームズ・ミルン氏 (James Mylne) ホームページ
- ボールペン画家フアン・フランシスコ・カサス氏 (Juan Francisco Casas) ホームページ
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 意匠分類定義カード(F2) 特許庁
- ↑ The New Oxford American Dictionary, Second Ed., Oxford University Press, 2005.
- ↑ 3.0 3.1 3.2 『小学館ランダムハウス英和大辞典』小学館
- ↑ 『日本語大辞典』講談社、1989年
- ↑ 「ボールペン」『Weblio英和辞典・和英辞典』
- ↑ The American Heritage Dictionary of the English Language, New College Edition, Houghton Mifflin, 1975.
- ↑ 『新和英大辞典 第5版』研究社、2003年
- ↑ "Pedro Duque's diary from space", ESA News, 2003年10月23日
- ↑ The first complete specifications appear to be UK 498997, June 1938 and UK 512218, December 1938; his rather basic Hungarian patent 120037 was dated April 1938. Collingridge, M. R. et al. (2007) "Ink Reservoir Writing Instruments 1905–20" Transactions of the Newcomen Society 77(1): pp. 69–100, page 80
- ↑ 10.0 10.1 10.2 テンプレート:Cite web
- ↑ NASAがフィッシャーに開発を依頼したとか、NASAが開発に巨費を投じたとかといった言説が宣伝やジョークとして流布しているが、実際にはNASAはスペースペンの開発には関与していない。Steve Garber, "The Fisher Space Pen", NASA History Program Office
- ↑ 12.0 12.1 引用エラー: 無効な
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