無効
テンプレート:Ambox 無効(むこう)とは、効力が生じないこと、またはそのような状態。法律上、特に民法上では、法律行為や意思表示がその有効要件を満たさないために、最初から確定的に効果を生じないこと、または、そのような状態にあることを指して使われる。以下、民法上の「無効」を中心に解説する。
- 民法について以下では、条数のみ記載する。
目次
概説
法律行為の無効とは法律行為が備えるべき有効要件を満たさないために、その法律行為が法律効果を生じない状態をいう。また、意思表示の無効とは表意者に意思能力がない場合や意思の欠缺の場合など、主観的有効要件を満たさないために、意思表示が不完全なものとなり法律行為がその効果を生じない状態をいう(なお、法律行為と意思表示の関係については法律行為を参照)。有効要件を満たさない無効な法律行為を無効行為という。
法律に定められた一定の有効要件を満たさない法律行為や意思表示を無効とする制度は、取消の制度とともに、当事者の意思の尊重(私的自治原則およびその基礎となる意思主義の尊重)、当事者・第三者の取引の安全、公益の保護といった趣旨によるものであるが、それぞれの一定の法律行為について無効として扱うのが妥当か取り消すことができる法律行為とするのが妥当かという点は立法者の政策的な判断による。
無効の用語は、民法の条文上では「~は無効とする。」の様な形式で用いられる。このような条文は有名なものが10条ほど存在するが、商法、会社法や利息制限法などにもこのような表現の条文がある。また、民法上では直接的には「~は無効である」とは記述されていないが類似の表現で「~は効果を生じない」と記述されている条文も存在する。
無効な法律行為とされる場合、その法律行為によって生じるはずだった債務は初めから生じなかったことになる。したがって、債務の未だ履行されていない未履行の部分については履行義務は生じなかったことになり、債務の履行の終わった履行済の部分については法律上の原因なく利益が移転したことになるので不当利得として返還義務を生じることになる。
無効は取消とは異なり原則として何人からでも主張できるが、類型によっては無効主張できる者が一定の者に制限される場合もある。
取消しとの差異
無効と類似の概念としてよく比較されるのが取消しであり、以下の点で無効と異なるとされる[1]。
- 意思表示の必要性・主張適格者
- 無効は当然に効力を生じないのに対し、取消しは効力が一応生じている法律行為につき法律で認められた取消権者が取消すことによって行為時に遡って効力を失うことになる点で異なる。しかし、現在、一定の法律行為の無効に対しては、解釈や判例のレベルで、主張適格者の限定などを認めており、無効の取消化が進んでいる(一例として錯誤無効の主張適格者につき、最判昭和40年9月10日民集19巻6号1512頁)。元々両者の異同は前述の制度趣旨のために立法判断で作られた便宜に過ぎないので、それぞれの場合に応じて無効の性質につき相対的無効や取消的無効(後述)であると解されている場合もある。
- 時間の経過
- 追認の効果
- 無効な行為は追認によってもその効力を生じないが、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときには新たな行為をしたものとみなされて追認時から効力を生じることになる(119条)。これに対して、取り消すことができる行為は、法律で認められた追認権者が追認したときは法律行為の時から確定的に有効なものであったことになり以後は取り消すことができなくなる(122条)。
このほか無効と類似の概念として、撤回、解除、解約などがあるが、それぞれの概念については各項目を参照。
無効行為の態様
法律行為の無効
法律行為の一般的有効要件を満たさない場合、すなわち確定可能性の欠如(内容の不確定)、実現可能性の欠如(原始的不能)、適法性の欠如(強行法規違反)、社会的妥当性の欠如(公序良俗違反、90条)である[2]。
意思表示の無効
意思表示おいて表示に対応する意思が存在しない場合、すなわち意思無能力(意思能力の不存在)、心裡留保、虚偽表示、錯誤である[2]
無権代理無効
無権代理無効については本来の無効とは異なり効果不帰属として処理される[2]。#確定的無効・不確定的無効の不確定的無効(未確定無効)を参照。
無効の種類
不成立無効・成立無効
法律行為が形式を欠いて成立していない場合を不成立無効(要物契約において目的物の交付がなされていない場合など)、形式を満たしてはいるが実質的要件を欠く場合を成立無効(公序良俗違反の契約)という[3]。
絶対的無効・相対的無効・取消的無効
絶対的無効・相対的無効・取消的無効は無効主張の認められる者の範囲という点からの無効の分類である。
- 絶対的無効
- 相対的無効
- 法律行為の当事者間のみで主張でき、当事者以外の第三者に対しては主張できない無効。第三者を保護する要請がある時は原則に修正をかけ相対的無効とする。例えば、通謀虚偽表示は善意の第三者には主張できない(94条2項)ので原則として相対的無効である。なお、「相対的無効」の概念は多義的であり[3]、後述の「取消的無効(片面的無効)」と同義に用いられることもある。
- 取消的無効(片面的無効)
- 法律行為の当事者のうち一方当事者のみが主張でき、相手方や第三者は主張できない無効。無効主張を許される一方当事者が無効を主張することで遡及的に無効となる。当事者のうち一方の当事者のみを保護する要請がある時には取消的無効とされる。例えば、錯誤(95条)による無効は意思表示をした者(表意者)を保護するための制度であるから、判例は錯誤による無効主張は原則として表意者のみが主張できるものとし、例外的に第三者に債権保全の必要があり表意者自身が要素の錯誤を認めている場合にのみ第三者の無効主張は許されるものとしている(最判昭和45年3月26日民集24巻3号151頁)。取消的無効は取消しに近いものとなるが、期間制限や方法の点で両者はなお異なる[4]。なお、「相対的無効」がこの意味で用いられることもある。
一般的無効・特殊的無効
民法総則における無効を一般的無効、民法の親族法・相続法において特別に認められる無効を特殊的無効という[3]。
当然無効・裁判上無効
裁判上の手続によらなくとも当然に無効とされる場合を当然無効、訴えによらなければならない場合(訴えの当事者や期間に制約がある場合を含む)を裁判上無効という[5]。
確定的無効・不確定的無効
確定的無効・不確定的無効は追認など事後的に一定の事由があった場合に有効なものに転換するか否かという点からの無効の分類である。
- 確定的無効(確定無効)
- 他の要素を変更しても有効になる事はない無効のこと。公序良俗違反の法律行為は追認や他の要素を変更しても有効とはならないので確定的無効である。民法上の無効行為の原則は確定的無効である。
- 不確定的無効(未確定無効)
- 他の要素を変更すると有効となりうる無効のこと。無権代理無効は無効(本人に効果不帰属)だが、本人の追認によりその代理行為は有効となり本人に効果帰属する。この点で無権代理無効は不確定的無効である。無権代理無効のほか他人物売買も不確定的無効に含まれる。
無効行為の基本的効果
以下に述べるのは無効行為の基本的効果である。本人と相手方との間の効力である当事者間効力と当事者と第三者との間の効力である第三者への効力(第三者効)に分けて考えられる。
当事者間効力
まず、第一に発生する予定だった債権債務は不発生となる。したがって、履行請求は棄却される[6]。第二に発生する予定だった債権債務が既に履行されている場合には不当利得(703条)として返還請求権が発生する。無効行為が契約であった場合は当事者間の返還請求権は同時履行の関係にある。ただし、不法原因給付については返還請求は認められない(708条本文)[6]。
第三者への効力
原則では無効行為とされた物権変動の後、その外形を基礎とした物権変動がある場合、第三者(転得者)の存在が観念できるが、第三者(転得者)は元の所有者に物権の取得を対抗できないことになる。さらに、無効行為によって発生する予定だった債権の譲渡が行なわれた場合、物権の例と同様、第三者(債権の譲受人)の存在が観念できるが、譲受人は債務者に対し債権の取得及び履行の請求を主張することができない。しかしながら、第三者への効力については、当事者間の無効行為が第三者に影響を及ぼすことを嫌い、第三者の取得時効や即時取得を認めるなど、第三者に対する関係では無効の効果が大幅に制限されていることが多い。また、取引安全の立場からも無効の効力に制限が加えられている場合もある。このため、第三者への効力ですべての第三者に対しておしなべて無効とする原則どおりの効果(対世効のある絶対的無効)が認められる場合は多くはない。
一部無効理論
無効の効果に関する理論の一つ。法律行為の内容の一部に無効原因がある時に法律行為全体が無効になるか、無効原因がある部分のみ無効になるかが問題になる。一部無効につき明文で規定されている場合(133条・278条・360条・410条・580条・563条・568条・604条など)にはそれに従うことになるので問題はないが、一部無効理論はこのような明文規定が無い場合にも、一部のみ無効にする事が著しく当事者の意思に反する時に限って法律行為の全体を無効にすべきであり、それ以外は原則として無効原因がある部分のみを無効とすべきであるという考えをいう。
無効行為の転換
無効行為の転換の意義
本来意図した法律行為についての効果が無効でも、その法律行為が他の類型の法律行為の要件を充たしているときに、後者の法律行為として有効と認めることを無効行為の転換という。
無効行為の転換の具体例
- 秘密証書遺言としての要件を欠いていても、自筆証書遺言としての要件を具備していれば、自筆証書遺言として有効となる(民法第971条)。
- 父が非嫡出子を妻の嫡出子として届け出る行為は無効だが、認知の効力が認められる(最判昭53・2・24民集32巻1号110頁)。
なお、他人の子の自己の子として虚偽の出生届をする行為(いわゆる藁の上からの養子)についても養子縁組届への転換を認める学説が有力とされたが、養子縁組の要式性に反するという批判があり、また、出生届における医師の証明が厳格化され、実親子に近い法律関係を認める特別養子制度が昭和62年に新設されたことなどから今日ではこれに否定的な見解が多い[7]。判例も今日に至るまでこれを否定する(大判昭11・11・4民集15巻1946頁)。
無効行為の追認
無効行為の追認の効果
追認もしくは追完とは本人がある法律行為を有効なものとして確定させる意思表示を指すが、取消しの場合とは異なり、無効な法律行為は本来的に法律効果を生じないものであるから原則として無効な法律行為を追認しても有効な法律行為とはならない(民法第119条本文)。
公序良俗違反・強行法規違反の法律行為は当事者間の合意をもってしても有効とはならない[8]。しかし、当事者が当該法律行為につき無効であることを知って追認したときは、法律行為の有効要件に問題がなければ新たな法律行為をしたものと扱っても問題がないため[8]、民法はこのような場合に当事者による新たな法律行為がなされたものとして遡及効はないものの追認時から法律行為の効力を生じるものとする(民法第119条但書)。なお、当事者間の合意により追認に遡及効を認めることも可能であるが第三者には対抗できない[9]。
不確定的無効の場合
無権代理や他人物売買など不確定的無効とされた行為を追認する場合には遡及効が認められており、この場合には当該法律行為がなされた時点に遡って効力を生じる(無権代理につき116条、他人物売買につき最判昭37・8・10民集16巻8号1700頁参照)[9]。
関連項目
脚注
- ↑ 川井健著 『民法概論1 民法総則 第4版』 有斐閣、2008年3月、271頁
- ↑ 2.0 2.1 2.2 内田貴著 『民法Ⅰ 第4版 総則・物権総論』 東京大学出版会、2008年4月、289頁
- ↑ 3.0 3.1 3.2 川井健著 『民法概論1 民法総則 第4版』 有斐閣、2008年3月、272頁
- ↑ 内田貴著 『民法Ⅰ 第4版 総則・物権総論』 東京大学出版会、2008年4月、292頁
- ↑ 川井健著 『民法概論1 民法総則 第4版』 有斐閣、2008年3月、272-273頁
- ↑ 6.0 6.1 川井健著 『民法概論1 民法総則 第4版』 有斐閣、2008年3月、273頁
- ↑ 川井健著 『民法概論1 民法総則 第4版』 有斐閣、2008年3月、275頁
- ↑ 8.0 8.1 内田貴著 『民法Ⅰ 第4版 総則・物権総論』 東京大学出版会、2008年4月、293頁
- ↑ 9.0 9.1 内田貴著 『民法Ⅰ 第4版 総則・物権総論』 東京大学出版会、2008年4月、294頁
参考文献
- コンサイス 判例六法 2006年度版 三省堂
- 図解による法律用語辞典 自由国民社