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青木 洋(あおき よう、1949年 - )は、日本人として初めて自作したヨット信天翁(あほうどり)二世号で、単独世界一周に成功した大阪府出身の人物。最小艇としてギネスブックに登録され、ヨット(信天翁二世号)は大阪府の万博記念公園に永久保存されている。現在は大阪府田尻町のりんくうタウンにおいて、マリーナと青木ヨットスクールを運営している。
略歴
- 1949年 大阪府に生まれる。
- 1971年 6月13日に大阪府石津港から、自作した木造ヨット、信天翁二世号により単独で世界一周へ出航した。
- 1973年 1月22日、南米最南端のホーン岬を、日本人で初めてヨットで越える。
- 1974年 7月28日に3年1か月ぶりに帰港。自作ヨットによる単独航海で、日本初の世界一周に成功した。また世界一周に成功した最小のヨットの記録として、ギネスブックに掲載される。
- 1985年 青木ヨット株式会社を設立し、ヨット・ボートの販売修理業を開始する。
- 1995年 田尻漁業組合から業務委託を受け、田尻漁港マリーナの運営管理を開始する。
- 1997年 アメリカ・セーリング協会(A.S.A.)の認定を受け、田尻マリーナに青木ヨットスクールを開校する。
- 2005年 運営する田尻漁港マリーナが、漁港として全国で始めて、「たじり海の駅」として国土交通省の登録を得る。
- 2011年 海の駅ネットワークの副理事長に就任する。
- 2013年 名古屋市立大学22世紀研究所の特任教授に就任する。
ヨット信天翁二世号(あほうどりにせいごう)
信天翁二世号は、木の骨組みにベニア板を張り付けて、青木洋が1年10ヶ月をかけて自宅の庭で製作した、全長6.3mの手作りヨットである。ちなみに「信天翁」とはアホウドリのこと。 世界一周に成功したヨット信天翁二世号は、現在万博記念公園に、保存展示されている。
青木ヨットスクール
青木ヨットスクールは、大阪田尻、沖縄(宜野湾市)、横須賀(マリーナ・ヴェラシス)、愛知(ラグナマリーナ)、岡山(牛窓ヨットハーバー)の5校があり、2400人を越える卒業生がいる。
著書
- 海と僕の信天翁(PHP研究所)
- インナーセーリング1(舵社)
- インナーセーリング2(舵社)
- インナーセーリング3(舵社)