山村路直

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2014年8月6日 (水) 11:57時点における途方シネマズ (トーク)による版 (リンク切れだったのでリンクを修正し、2010年時点の情報のため現況に適合するよう修正)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

テンプレート:Infobox baseball player 山村 路直(やまむら みちなお、1978年12月5日 - )は、愛媛県伊予郡松前町出身の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物

プロ入り前

九州共立大学1年秋、明治神宮大会で当時アマチュア球界最強を誇った近畿大学を相手に好投し、注目を集めた。2年夏の大学野球選手権では延長10回0-1で敗れたものの、上原浩治(当時大阪体育大学)と投手戦を繰り広げて評価を高めた。翌年秋の明治神宮野球大会では大学日本一となった。大学通算20勝4敗。

2000年のドラフト会議福岡ダイエーホークスを逆指名し1位で入団。

プロ入り後

鳴り物入りで入団したものの1年目のキャンプで故障し、その後も原因不明の腕痛、右肘骨折など度重なる故障に悩まされ、2軍戦にも登板できない日々が長く続いた。ある年の契約更改時には、自ら解雇を申し出たこともあった(球団に説得され契約した)。

2005年8月7日楽天戦(フルスタ宮城)にて5年目にして1軍初登板。

2007年3月29日、楽天戦(ヤフーD)で同点の9回2死から5番手として登板。中前打を浴びたものの盗塁死でピンチを凌ぐと、その裏に柴原洋のサヨナラ本塁打が飛び出し、プロ入り7年目にして初勝利。

2008年、1軍登板なしに終わり、11月に戦力外通告を受ける。その後12球団合同トライアウトに参加したものの、獲得する球団は現れなかった。(この時の模様はTBSの番組『バース・デイ』で紹介された)

2009年1月、アメリカ球界への挑戦を表明。独立リーグやメジャーリーグ組織との契約を目指して、アリゾナウインターリーグに参加。サンディエゴ・サーフドーグズ(San Diego Surf Dawgs)でプレー。同年4月、メキシカンリーグのモンテレー・サルタンズにテスト入団。しかし、9試合で0勝3敗、防御率8.22と結果を残せず、5月26日に戦力外通告を受け退団。帰国して秋のトライアウト受験に向けてトレーニングを行っていたが、右肩に故障が見つかり引退を決意。その後は自身が故障に苦しんだ経験から理学療法士を目指し、専門学校に進学した[1]

詳細情報

年度別投手成績

テンプレート:By2 ソフトバンク 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 4 1.0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00 1.00
テンプレート:By2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 2 0.2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00 0.00
テンプレート:By2 23 0 0 0 0 2 2 0 1 .500 116 26.0 29 3 12 0 1 12 1 0 13 11 3.81 1.58
通算:3年 25 0 0 0 0 2 2 0 1 .500 122 27.2 30 3 12 0 1 12 1 0 13 11 3.58 1.52

記録

背番号

  • 61 (2001年 - 2008年)
  • 4 (2009年)

脚注

  1. テンプレート:Cite news

関連項目

外部リンク

テンプレート:福岡ダイエーホークス2000年ドラフト指名選手