山崎弘也

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テンプレート:Infobox お笑い芸人 山崎 弘也(やまざき ひろなり、1976年1月14日 - )は、日本のお笑い芸人。通称、ザキヤマ

埼玉県春日部市出身。プロダクション人力舎所属。人力舎のタレント養成所・スクールJCAの第3期生。

略歴

芸風

  • 漫才では、ハイテンションで適当な言動をしてボケる。バラエティ番組では、異常なほどの低姿勢で相手を怒らせる発言をするキャラクターが定着している。アバウトなところがあり、アドリブではノープランなことが多い。しかしスベった些細なネタでも強引に話をつなげていき、最終的には笑いを取る力業で、先輩芸人からも羨望されている。
    • 2009年6月18日放送回『アメトーーク!』で、東野幸治の持ち込み企画「後輩の山崎に憧れている芸人」が放送された。出演者は関根勤FUJIWARA藤本敏史TKO木下隆行たむらけんじ。みな山崎の先輩で、しかも他事務所である。番組内では、山崎の同じネタで延々と喋れる発想力、共演者のボケ芸人をツッコミにしてしまう爆発力、見切り発車は当たり前のハートの強さなどが絶賛された。どんな小さな入り口でもどんどん大きくすることができると評され、関根はその破壊力を「お笑い界のヒョードル」、東野は一見適当そうに見えて、実は計算されたボケをかぶせ続けて笑いを取りにいく山崎の芸風を「高田純次のふりをした明石家さんま」と例えて高評価した。この回の放送は、アメトーークDVD Vol.9に収録されている。
    • しかしそんな一方で、前述の芸風からもとれるように関根からは「返し技しかないんだよね」ともコメントされている。
    • 『アメトーーク!』の番組MCである雨上がり決死隊宮迫博之は、山崎の実力は認めているものの、山崎が隙間なくボケるため「何か邪魔」と述べ[2]、「面白い邪魔」と評している[3]
  • しつこくムチャぶりやイタズラをしかけるので周囲の芸人からも面倒臭がられがちである。アンジャッシュ渡部とともにイタズラをしかけるときもあり、この組み合わせは「悪魔コンビ」とも称されている。アンジャッシュと舞台で競演した際に、いつものムチャぶりを先輩の児島に執拗にしまくった結果、舞台の幕が下りた直後に、(パーでということになっているが実は)グーで殴られたことがある。また、おぎやはぎもムチャぶりの被害をしばしば受けていた事がある。
  • (通常であればタブーとされている)他の芸人らの持ちネタを意に介さず使い、爆笑を取ることがある。例:山本高広クールポコどきどきキャンプ木下優樹菜など。
    • 山本高広織田裕二のモノマネをする際に言う「キター!」をパロディにした、「クルー!」というギャグを持っている。
  • 顔が大きく顎が割れている「ケツアゴ」。山崎自身も「アゴの割れ目を触られると声が出なくなる」というギャグにしている。有吉弘行のつけたあだ名は、「アゴイノシシ」。ケツアゴには家族全員がなっていると言っている。つまり遺伝であるが、中学時代に、「お前、アゴ割れてんじゃん」と言われるまで気づかなかったという。ただし、骨が割れているからではなく、顎の筋肉が異常に発達してのケツアゴである。『ロンドンハーツ』では、千原ジュニアが番組の流れで山崎の顎を舐めることがある。
  • 白いワイシャツ・白ネクタイ、黒ズボンという衣装をトレードマークとしており、「結婚式の帰り」と形容されている。売れない頃に、金がなくて衣装に困っていることをくりぃむしちゅー有田哲平に相談したところ、「フォーマルなものなら、いつも同じ格好でも問題ないんじゃない?」と言われ、今の衣装に落ち着いた。
    • くりぃむしちゅーと『東京フレンドパークII』SPに出演した際、チャレンジでワイシャツ100枚を希望し見事ゲットしたが、視聴者プレゼントのほうにも同じ物が当たってしまった。
  • 私服ではイタリア風の服や高級ブランドを身に着けることが多く、ロンドンハーツなど数々の番組で私服のセンスをネタにされることがある。最近では、『オードリーのオールナイトニッポン』で、フリートークで若林正恭が「ザキヤマさんに、『アバクロ』へ連れて行かれた」と話した。
  • 2010年3月、第10回東京ガールズコレクション(横浜アリーナ)のステージにモデルとしてランウェイに登場。「ザキヤマが、TGCに! くる〜!!」と言った。
  • 口癖は「あざ〜っす」(「ありがとうございます」の意)。
  • 自己紹介では「ザキヤマ」と言うことが多い。これは、同じ苗字のお笑い芸人である山崎邦正(現:月亭方正)、または山里亮太(二人とも同じあだ名で「山ちゃん」と呼ばれていた)と区別するためとのことである。
  • ボキャブラ天国出演当時は、ネタ以外では笑わず表情を一切変えない芸風だった。
  • 2008年の『爆笑ヒットパレード』では柴田が病気で休養していたため、単独で出演した。その際、番組のスタッフと仲が良くなったことで、2011年まで4年連続で単独出演を果たす。ただし、コネとも言うべき乱入という形であり、さらにはさまざまな芸人を喰っていくさまが「山崎消しゴム」と揶揄されたり、羞恥心の元日ライブに乱入したりと、やりたい放題であった。
  • 2008年、2009年に『笑っていいとも』のゲストで呼ばれた際、タモリ中居正広らから急遽ギャグのムチャぶりを何度も要求され、拒まずに全てやりつくした。しかし、時間の使いすぎにより他のコーナーの大半が潰れることがあり、そのことで番組に苦情が殺到したと言われている。2011年10月から当番組にレギュラー起用後も、タモリから『うるさい』と煙たがられている。また、自身が司会を務めたコーナーのほとんどは長続きせず短命で終了するジンクスがある。
  • 通称「ガヤ」と呼ばれるバラエティー番組の盛り上げ役とヤジ飛ばしで知られ、『アメトーーク!』の2008年11月「ガヤ芸人」においてFUJIWARA、品川祐らと並び「東のガヤ王」と評された。

人物

  • 身長168cm、体重93kg[4]。デブタレントではないが肥満体型。しかし、多く食べないといけない企画でもほとんど食べない。デブ化しているのは、間食などの生活の不摂生のせい。見た目と裏腹に食には頓着がなく、手早くガッツリ食べられることを最上としている。寿司は好物であるが、注文して握ってもらうプロセスが面倒と考えており、回転寿司で回っている皿を取るほうが好き。
  • 肉類が大好物で、野菜と魚介類が苦手。茶色い料理が好きらしい。ローマ字表記の頭文字がKの食べ物はほとんど好きで「カレー、カツ丼、から揚げ」を「3K」と呼んでいる。特にから揚げには目がなく、一時期は毎日食べていたほど。
  • かなりのビビリで、『Qさま!!』のSP企画ではNo.1チキンの称号を得る。 
  • 仮性包茎である。アメトーーク!にて包茎手術を受けたいと語った。2013年1月15日放送『ロンドンハーツ』にて、有吉弘行への突っ込み返しで「誰がホウケイだ!」と返したり、「番組制作費で包茎手術をさせろ!」とボケたりしている。また、有吉弘行に別番組でイチモツを見せたところ、「もう真性(包茎)じゃない」と間髪入れず言及されている。厳密には真性包茎に近いものであることが暴露された。その後、2014年8月19日生放送の『ロンドンハーツ』で、包茎を認めた。
  • 野球部出身。
    • 野球を8年間やっていたが、進学した高校が強豪高だったため3年間補欠。練習のキツさが報われない現状に業を煮やしたある日、投手の練習は校外でのランニングが多いことに気づき、監督に投手転向を申し出る。前述のとおり強豪高ゆえ、エース格以外は重要視されていなかったため、監督は即座に快諾。その後の練習ではジョギングに行くと見せかけて毎日ただ校外を歩くだけの毎日であった。
    • 野球を始めたのは、テレビでKKコンビを見たことがきっかけ。ちなみに、一番印象に残っている球児はKKと川之江高校鎌倉投手。
    • 今も大の高校野球ファンであり、時間があれば甲子園に行って観戦するといい、実際伊集院光と共に行っていた。ある時、甲子園行きの深夜バスを手配し、2人で夜通し話しまくるという旅を思い立った。しかし周りが寝静まっている中で2人で話しまくっていたため、乗客に注意されてしまう。結果としてお喋り大好きな2人が目的地につくまでずっと黙っていなければならないという苦しい体験となってしまった(伊集院は山崎に話しかける際に携帯画面に文字を打ち込みそれを見せる、というほど徹底していた)。本人曰く「M-1よりも甲子園に行きたかった」[5]
  • テレビで見せるテキトーな性格とは裏腹に、プライベートはかなりキチンとしている。
    • スクールJCAの研修生の時は、1年間1度も休まずに通った。ある日、他の生徒が全員遅刻欠席してしまい、授業参加者が山崎たった一人のときがあったが、そんなときでも授業科目のタップダンスを先生とマンツーマンで踊っていた。
    • 東京03角田晃広曰く、ティッシュの位置、ゴミ箱の位置、リモコンの位置がちょっとでもずれると嫌な顔をする。山崎が家具を選ぶ際に角田が付き合わされたが、角田が山崎に対して適当に対応していると「俺はテキトーなことを言う奴が一番嫌いだ!」と怒られた。
    • 友達が少なく、矢作兼はラジオ番組で、アメトーーク!で「人見知り芸人が集まるという企画の番組で、人見知りを克服するアドバイザーとして山崎が出ていた」という話題になった時に、「あいつこそ人見知りなんだけどね」「(山崎は明るいかと言えば)有田さんと俺(矢作)しか友達がいない。ゴルフ仲間にいたっては俺しかいない」「芸人は普通、本番直前に芸人スイッチを入れるんだけど、あいつは玄関を出た瞬間に芸人スイッチを入れてるだけの事で、実は極度の人見知り」と発言している[6]
  • 一方で、人前だとプライベートでもテレビで見せる通りのハイテンションでところかまわずベタなボケを連発している。
    • 矢作曰く「朝起きた瞬間ダブルピースをして『デイッ!』と言った」「『1日1コメディしないと死んじゃう』と発言した」という。
    • 設楽統曰く「後輩を飲みに誘う時、ハイテンションでしつこいため嫌がられている」という。
    • 他の人見知りの芸人からは藤本敏史千原せいじと同じくネアカな人間と思われていた。
    • 伊集院光大リーグ観戦に行った際、伊集院が飲み物を買って戻ってくると、飲み物やつまみをもらうほど隣のアメリカ人と仲良くなっていた。本人曰く「アメリカ人と仲良くなるのが得意」。
    • 有田哲平メキシコに旅行し闘牛を見に行ったところ、一般参加で選ばれ闘牛に挑戦。芸人魂に火がつき、マンボNo.5をBGMにノリノリのステップで踊っていたところ、音楽が止まって「ウ!」の掛け声がかかる絶妙のタイミングで牛に倒され、外国人だらけの場内で爆笑をとった。だが、その後は見事に牛をかわしてもいる。
  • ロンドンハーツ』のコーナー「タレコミ奉行」で、合コンで山崎が女の子に無理やり自分の乳首を触らせていたことが分かり、番組内で罰を受けた。
  • 芸人になってからも、長らく親から仕送りを受けていたことを『笑いの金メダル』で暴露された。また、「どうしても必要だから」と母親に電話し、パソコン購入代金をせがんだ。母は100万円を山崎の銀行口座に振り込んだものの、山崎はそのお金をすべて風俗嬢に使ってしまった。
  • 『伊集院光 深夜の馬鹿力』のスペシャルウィーク企画において、以前付き合っていた女性を呼ばれ、付き合っている時にテレビを買ってもらったこと、彼女そっちのけでそのテレビを使い『パワプロ』をずっとやり続けていたこと、彼女と一緒にアクセサリーショップに行き「好きなもの買ってやる。だから金を貸して!」と言い、借りた金の半分に相当するアクセサリーをプレゼントしたことなどを暴露されていた。さらに、ふられた後にも金を貸してくれと頼んでいた。また、山崎はこの女性との復縁を望んでいたが、その時点で彼氏がいることを告白され、打ちのめされていた。
  • 山崎の初体験の相手が、アンジャッシュの渡部建の知り合いで、その女性に感想を聞いたところ、「童貞だとしても下手すぎる」と言われていた[7]
  • かつては遅刻魔で、何度も仕事を飛ばしていたために、マネージャーや相方の柴田が山崎の家まで何度も呼びに行っていたほどであったが、テレビの仕事が増えてからは遅刻をしなくなっていった。
  • 自分のテキトーさ、天然さは母親譲りで、自分も母親には敵わないと発言している。
  • とある番組でSMの女王様に「MっぽくみせているドS」と評価されたことがある。

人間関係

  • 仕事現場のスタッフや共演者との人間関係の構築に長けており、先輩や目上の人間にとにかくかわいがられる。
  • くりぃむしちゅーとの付き合いが長い。特に有田とは仲がよく、住んでいるマンションも有田と同じ。あまりの親密さに、上田晋也は「そのうち結婚するんじゃないか?」と発言した。有田に「料理を作ってくれないか?」と頼まれたところ、そのときは「できるわけないでしょ」と断ったものの、後日電子レンジを購入し、「有田さん、俺やりますよ!!」と意気込んでいた(有田談)。
  • ボキャブラ天国』に出演した時、上田の妹をナンパしたことを暴露されたことがある。
  • 2005年7月5日、有田と矢作で食事に行った際、有田が後に『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』の生放送が控えているにもかかわらず、「そんなのいいじゃないっすか」と、矢作とともに飲酒を勧めてしまった。結局ほろ酔いで生放送に臨んだ有田は、相方の上田から怒られてしまった。
  • 有田を通して伊集院光とも交流が深い。伊集院は、山崎のことを「やま」と呼んでいる。一時期、お金の問題で伊集院と決裂していたが、山崎が謝り、甲子園の観戦に誘ったことで関係が修復した。
  • 1年後輩のおぎやはぎの2人から、「山崎」と呼び捨てにされている。矢作兼曰く「威厳がないから」。おぎやはぎが事務所に入ったその日から呼び捨てだった。逆に先輩である山崎は、おのおの「小木さん」「矢作さん」と呼んでいるため(ただし矢作に対する代名詞は「あいつ」でありバランスは保っている)、まるで先輩後輩が逆転しているかのようだが、年齢は山崎の方が年下である。
  • 事務所の後輩のドランクドラゴン塚地武雅および北陽虻川美穂子は最も苦手な先輩に挙げており、『はねるのトびら』では山崎の暴露話でしどろもどろになっていた。
  • 矢作とも非常に仲は良いのだが、矢作に対しての執着心は異常であり、帰ってくるまで何時間も家の前で矢作の帰宅を待ち伏せしていたり、高熱でうなされていても看病することを口実に部屋に上がりこみ、やりたい放題されたりするとのこと。矢作が彼女と遊んでいてもおかまいなしで割り込んでくるばかりか、彼女に嫉妬して「ブサイクが!」「お前は矢作さんとはつり合わない」「俺の方が矢作さんのこと知ってますけどね」など誹謗中傷を繰り返し、何度も破局させているほどである。
  • 事務所の後輩であるゆってぃとの付き合いが長く、芸名「ゆってぃ」の名づけ親でもある。柴田が療養中のラジオにたびたび起用していた。
  • 有吉弘行とは、猿岩石が売れる前から付き合いがある。猿岩石が1996年4月にヒッチハイク企画に出発する直前、山崎と有吉2人で食事をしたことがある(アンタッチャブル、猿岩石ともに1994年結成のコンビであり、当時は全くの無名であった)[8]
  • 先輩や共演者にはかわいがられるが、同じ業界の女性にはめっぽうモテない。同じ事務所の北陽の虻川にも毛嫌いされており、ラジオなどで公然と嫌悪感を示される。虻川曰く「こちらがこれだけ(山崎に対して)壁を築いているのに、なぜそれを乗り越えようとしてくるのか意味がわからない」。そのように言われているため北陽のホームグラウンドだった『はねるのトびら』では虻川の男性遍歴を暴露するなどかなりやり込めている。
  • 2003年の人力舎ライブで、アンジャッシュ児嶋一哉に無茶ぶりをやり過ぎてしまい、舞台の緞帳が下がり切った瞬間に、マジギレした児嶋に殴られそうになる。その後、山崎が児嶋の楽屋に行って、震えながら謝ったところ、殴り慣れていない児嶋も震えながらタバコを吸っていて「ああいうのはやめてくれよ」と言われる。その事件があったにも関わらず、未だに児嶋と同じ仕事になると、仕事でも楽屋でも児嶋をずっとイジり続ける[9]
  • 反面、上記のようなキチンとした性格がゆえに女好きな相方の柴田とは女遊びを巡り、たびたびやめるよう苦言を呈し衝突していた。

主な出演

コンビでの出演番組は、「アンタッチャブル」を参照

現在出演中の番組

レギュラー
単発
  • ザキヤマナイター(フジテレビ、副音声)
過去

CM

脚注・出典

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関連項目

外部リンク

テンプレート:アンタッチャブル

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  1. 2009年7月28日放送回『徹子の部屋』出演時に発言
  2. 2010年2月4日放送回『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』の企画「第2回芸人ドラフト会議」で発言
  3. テンプレート:Cite journal
  4. 2011年10月6日放送『アメトーーーーーーク~ない~ない~ない~秋の3大できない祭!!』より
  5. 「スポケン!」2009年7月11日、8月8日出演時に発言
  6. 2009年11月24日のおぎやはぎのメガネびいきで発言。
  7. 2005年9月20日放送『不幸の法則』出演時に発言。
  8. 2009年11月10日 『ロンドンハーツ 格付け「尊敬できない男」』
  9. 2011年10月27日 『アメトーーク「児嶋あそび」 』