チャールズ (プリンス・オブ・ウェールズ)

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テンプレート:基礎情報 皇族・貴族 ウェールズ公チャールズCharles, Prince of Wales洗礼名: チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージCharles Philip Arthur George)、1948年11月14日 - )は、イギリス王位の法定推定相続人で、第21代ウェールズ公(プリンス・オブ・ウェールズ)。イギリス陸海空軍元帥[1]。公邸はクラレンス・ハウス宮殿

略歴

生誕

1948年11月14日に、エディンバラ公爵フィリップと同公爵夫人エリザベス王女の長男としてバッキンガム宮殿にて誕生。12月15日には宮殿内で洗礼を受けた。国王の女系子孫は王子の称号を与えられないのが原則であるが、チャールズの場合は将来国王になることが確実であったため、ジョージ6世はチャールズを王子とする勅令を出した。

生まれた時の姓はウィンザーだったが、1960年にエリザベス2世女王は、夫君エディンバラ公爵フィリップ王配との間に生まれる子の姓をマウントバッテン=ウィンザー[2]とする枢密院令を出した。

王位継承者

1952年、祖父・ジョージ6世が崩御し、母・エリザベスがイギリス女王に即位すると、チャールズは推定相続人として王位継承順位が1位となる。それに付随して、コーンウォール公ロスシー公の称号を得た。さらに1958年には、チェスター伯・ウェールズ公の称号を得た。事実上の立太子にあたる。1968年には女王からガーター勲章が授与され、21歳でウェールズ公としての戴冠式を行った。

幼少時から将来の国王となるべく、フィリップの意向で厳しい教育を受けた。特に父の勧めでバークシャーのグラマースクールやスコットランドゴードンストン校で、中産階級の子供たちと学んだことが多かったが、当然のことながらチャールズと同じ階層の生徒が一人もいなかったため、いじめやからかいの対象になってしまった。これが原因で、自分の息子たちをイートン校に入れたと言われている。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで学んだ後に、ウェールズ語を学ぶためにウェールズ大学に入学している。

結婚と離婚

1981年7月29日に、スペンサー伯爵令嬢ダイアナ結婚した。その後2人の王子が誕生した。しかし、結婚後も以前から交際していたカミラ・パーカー・ボウルズとの不倫関係が続き、同時期に複数の男性との不倫に走ったダイアナとの関係は極度に悪化した。1992年ダイアナと別居、1996年8月にダイアナと離婚した。

その後1997年にダイアナがパリで交際相手の実業家とともに事故死したが、この際にチャールズはダイアナの姉妹とともにパリへ移動している。ダイアナが過剰な報道から逃れるために法定速度を超えた車に乗っていて事故死したため、チャールズは報道機関に2人の王子に対する報道の自粛を要請。イギリスの各報道機関との間で協定が結ばれた。

再婚

元妃の死後、カミラと公然と交際するようになり、事実婚の関係にあったが、2005年4月8日ウィンザー城礼拝堂で正式に結婚することが発表された。しかし、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の葬儀が4月8日に執り行われることになったため、4月9日に延期された。カミラは亡きダイアナに配慮して、「コーンウォール公妃」と称することが発表された。すなわち、プリンセス・オブ・ウェールズ(ウェールズ公妃/王太子妃)を名乗ることは無い[3]

イングランド国教会にはその首長たる国王が離婚経験者と結婚する事を認めない規定がある[4]エドワード8世は離婚歴のあるウォリス・シンプソンと結婚するために退位している。そのため次期国王には彼の長男であるウィリアムの方が望ましいという主張もある[5]

政治的姿勢

リベラルな発言・行動で知られており、特に中国共産党一党独裁国家である中華人民共和国政府には冷ややかな態度をとっている。1997年香港返還の際には、チャールズが日記で中国共産党の上層部を「老朽した蝋人形のようだ」と表現していたことが話題となった。1999年に中華人民共和国の江沢民国家主席がイギリスを公式訪問した際、チャールズ王太子は、中華人民共和国側が大使館で開催した答礼夕食会を意図的に欠席したとされている。

また、チベット問題には長年強い関心を寄せており、チベット仏教の最高指導者・ダライ・ラマ14世とも交流がある[6]2008年1月には、世界の要人でいち早く、北京オリンピックの式典・競技に一切出席しない意向を民間団体に表明したことが明らかになった[7]。同年3月に中華人民共和国が実効支配しているチベット自治区において争乱が生じた際には、3月20日に5月頃ダライ・ラマ14世と会談することが公表された。

称号及び敬称

1958年7月26日以降の完全な称号は以下のものとなっている。各国における呼称や称号、勲章はテンプレート:仮リンクを参照。

過去の呼称

  • 1948年11月14日- 1952年2月6日 : エジンバラ公王子チャールズ殿下
  • 1952年2月6日- : コーンウォール公チャールズ殿下
    • 1952年2月6日- :ロスシー公チャールズ王子殿下(スコットランドにおける呼称)

法定推定相続人としての日本語での呼称について

イギリスの次期王位継承者で王子である事から、字義的には本来なら「王太子」とすべきであるが、日本では一般に皇太子と呼ばれる事が多い。ただしこれは、”チャールズ皇太子"に限った話ではなく、その他の国の次期君主位継承者全てに言える。

子女

テンプレート:British Royal Family

人物像

  • 王宮衛兵黒人がいないことを指摘して改めさせるなどのリベラルな発言で知られる(かつて植民地として支配していた国を中心に形成されているイギリス連邦からの移民を受け入れているイギリスには、非白人の国民も多い)。
  • 環境問題に強い関心を抱いており、自身の私的な不動産であるコーンウォール公領では有機食品を生産している。1992年に創設したイギリスの有機食品ブランドダッチー・オリジナルズ[8]オーナーである。所有するハイグローブの別荘で栽培された農産物を使用している。また自ら所有する家庭菜園でも有機農法を実践している[9]。また動物愛護の観点から2008年3月に自邸でのフォアグラの使用を禁止した[10]
  • ファストフードに非常に批判的であり、2006年2月27日には訪問先のアラブ首長国連邦で「糖尿病対策としてマクドナルドを禁止すべきだ」と発言し、物議を醸した。これに対してはイギリスのトップシェフから「一度もビッグマックを口にしたことがないと思われる王太子が、このようなコメントを発表するのは間違っており、愚かなこと」と批判する声もある[11]
  • 1974年10月21日に発行された「上流人と味覚」という冊子のインタビュー記事においてイカ刺身に対して「ゴム管の細切れを噛んでいるようだ」とコメントし大嫌いな食べ物だと述べている。またタコに対しても「見るだけでゾっとする」と述べている。
  • チャールズは、科学的な根拠が全くない疑似科学であるホメオパシーハープ療法をはじめとする代替医療を強く支持している。ホメオパシーはイギリスにおいて深刻な社会問題となっており、政府がその非科学性を訴えているにも関わらずかなりの英国民の支持を獲得している。政府は代替医療の保険適用を中止する検討会を開催していたが、チャールズは2009年に8つの政府機関へホメオパシーに対するNHSの保険適用の拡充を訴えるレターを送り、さらに2010年には閣僚との秘密裡の会談でも同様の主張をおこなった。政策への関与が禁止されているロイヤルファミリーの一員が影響力の行使を企てたこと、将来君主となるべき人物が疑似科学を信奉していることが強く批判されている[12][13]。チャールズは1993年に代替医療の推進を目標とする団体プリンスズ・ファンデーション・フォー・インテギュレティド・ヘルス[14]を立ち上げたが、元責任者が詐欺とマネーロンダリングの疑いで逮捕され、団体もこの犯罪に利用されていたことが判明したため2010年に解散した[15]。日本における代替医療の賛同者はチャールズの音頭により5か年計画で国家レベルでの代替医療の研究が進められているとしている[16]
  • 歴史的建造物の保存や都市景観の問題に関心が深く、『英国の未来像 建築に関する考察』[17]を著し、ロンドンのシティ・ホールやロイズ保険ビル、HSBCタワーなどの近代的な建築物のデザインを批判し、歴史的建造物の保存への関心を高めるよう提唱した。また、同名のドキュメンタリー番組に自ら出演し、日本ではNHKが1989年4月18日に『チャールズ皇太子・現代建築への提言』の題名で放送した。
  • 2011年4月20日、王太子の在任期間が、59年2ヶ月14日となり、エドワード7世の記録を抜いて、歴代1位となる。
  • スーツ及びタキシード等のジャケットはダブルブレストのものを好んで着用する。
  • 2012年5月10日BBCの60周年記念で訪れた皇太子が天気予報のコーナーに出演した[18][19][20][21]。この時、王室に関係の深い地域の天気予報も表示された。

御用達ブランド

チャールズがロイヤル・ワラント(御用達指定)を与えたブランド(一部)。

逸話

パリス・ヒルトンから「セント・ポール大聖堂で結婚式をさせて欲しい」との手紙を貰った事がある。だが王室の冠婚葬祭にしか使用できない為、丁寧に断ったようである[22]。 なお、パリスはロンドンがどこにあるのかを知らない[23](ただし、アメリカ人でヨーロッパの国の位置を正確に言えるのは、ごく稀である[24])。

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

参考文献

関連項目

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外部リンク

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  1. テンプレート:Cite web
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  3. テンプレート:Cite web
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  6. テンプレート:Cite web
  7. テンプレート:Cite web
  8. Duchy Originals
  9. 津野志摩子 『恐るべき食品添加物と問題児-イギリスのホールフード運動』バーディ出版、1989年11月。ISBN 978-4-7918-0466-5。9頁
  10. テンプレート:Cite web
  11. テンプレート:Cite web
  12. Prince Charles: Alternative medicine must be saved from new EU rules., ズィスイズロンドン誌、2009年12月1日
  13. Prince Charles 'backed homeopathy in secret talks with ministers'、デイリーメール誌、2010年2月21日
  14. テンプレート:Lang-en-short
  15. Prince Charles's aide at homeopathy charity arrested on suspicion of fraud.、ガーディアン誌、2010年4月26日
  16. テンプレート:Cite web
  17. テンプレート:Lang-en-short
  18. ツイッターから天気予報まで イギリス王室の宣伝戦略
  19. チャールズ皇太子が「お天気お兄さん」として登場しイギリス国民びっくり! 英国ネットの声「いい仕事をした!」
  20. チャールズ皇太子夫妻がお天気キャスターに
  21. チャールズ皇太子がお天気キャスターに
  22. テンプレート:Cite web
  23. テンプレート:Cite web
  24. Sacrés Américains! Nous, les Yankees, on est comme ça.、ISBN 4-88008-337-2 - テッド・スタンガー