いすみ鉄道いすみ線

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|} いすみ線(いすみせん)は、千葉県いすみ市大原駅から、千葉県夷隅郡大多喜町上総中野駅までを結ぶいすみ鉄道鉄道路線。旧国鉄特定地方交通線である東日本旅客鉄道(JR東日本)の木原線を引き継いだ路線である。

概要

外房線大原駅から分岐して房総半島東側から内陸部に入り、上総中野駅で接続する小湊鉄道線とあわせて半島横断線を形成する。国吉 - 総元間付近では夷隅川に沿って敷設されている。

開業以来、慢性的な赤字に悩まされ続けており、存続の危機に瀕していた。2007年10月29日に行われたいすみ鉄道再生会議で、2009年度までの2年間は収支検証期間として存続する方針が決定され、2009年度の決算で収支の改善が見込めない場合は廃止を前提に代替交通を検討することになった[1]

いすみ鉄道は増便・駅の命名権(ネーミングライツ)売却・新駅開設(城見ヶ丘駅)など、経営改善策・乗客獲得策を打ち出した。その結果、経営状態の回復が認められ、2010年8月6日にいすみ鉄道線の存続が決定した[2]テンプレート:See also

路線データ

路線図

運転

平日はすべての列車が普通列車で、土休日には普通列車のほか後述のキハ52・28形を使用した観光急行列車や快速が運転されている。全線通し運転の列車のほか、大原駅 - 大多喜駅・大多喜駅 - 上総中野駅間の区間列車が運転されている。ワンマン運転を実施。車両の夜間滞泊は大多喜駅のみで行っている。

ほぼ毎時1本の運行で、不定期列車や学校春休み期間運行の列車もある。

国鉄時代は大原発の最終が夜10時台で、2013年3月16日現在のダイヤよりも約1時間遅く、夜間滞泊は上総中野駅で行っていた。

2011年4月29日から、主に土休日に大多喜駅 - 大原駅間で西日本旅客鉄道(JR西日本)から譲渡された気動車キハ52 125による「観光急行列車」が運転されている。乗車の際は急行券が必要で、大原駅、上総東駅、国吉駅、城見ヶ丘駅、大多喜駅に停車する。2013年3月からはJR西日本から譲渡されたキハ28 2346の連結を開始した。また、土休日朝に大多喜駅発大原駅行き快速が1本、急行と同じ停車駅で運転されている。

利用状況

輸送実績

いすみ線の輸送実績を下表に記す。 表中、輸送人員の単位は万人。輸送人員は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年度別輸送実績
年度 輸送実績(乗車人員):万人/年度 輸送密度
人/1日
特記事項
通勤定期 通学定期 定期外 合計
1987年(昭和62年) 0.5 1.6 1.7 3.8   JR東日本より運営移管
1988年(昭和63年) 7.9 78.9 25.2 112.0 1,273  
1989年(平成元年) 7.4 78.5 24.0 109.9 1,267  
1990年(平成2年) 6.5 77.8 24.0 108.3 1,266  
1991年(平成3年) 6.1 71.8 22.7 100.6 1,179  
1992年(平成4年) 5.0 67.2 24.0 96.2 1,150  
1993年(平成5年) 4.0 64.4 24.0 92.4 1,076  
1994年(平成6年) 3.8 61.5 24.5 89.8 1,045  
1995年(平成7年) 3.5 60.8 22.6 86.9 1,018  
1996年(平成8年) 3.4 54.4 22.6 80.4 936  
1997年(平成9年) 3.3 52.6 20.9 76.8 894  
1998年(平成10年) 2.6 49.4 19.4 71.4 830  
1999年(平成11年) 2.4 46.0 19.2 67.6 825  
2000年(平成12年) 2.5 43.8 16.7 63.0 794  
2001年(平成13年) 2.1 42.9 15.4 60.4 764  
2002年(平成14年) 2.0 37.6 14.3 53.9 689  
2003年(平成15年) 1.8 34.8 15.0 51.6 639  
2004年(平成16年) 1.3 32.2 12.4 45.9 489  
2005年(平成17年) 1.1 32.1 12.2 45.4 568  
2006年(平成18年) 5.3 32.3 12.2 50.0 615  
2007年(平成19年) 5.0 30.5 12.8 48.3 604  
2008年(平成20年) 4.5 25.0 14.3 43.9 560  
2009年(平成21年) 4.9 22.1 13.6 40.6 530  
2010年(平成22年)     14.3 39.5    

収入実績

いすみ線の収入実績を下表に記す。 表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年度別収入実績
年度 旅客運賃収入:千円/年度 運輸雑収
千円/年度
総合計
千円/年度
通勤定期 通学定期 定期外 手小荷物 合計
1987年(昭和62年) 2,606 7,000 5,702 0 15,308 75 15,383
1988年(昭和63年) 12,658 82,521 78,839 0 174,018 4,212 178,230
1989年(平成元年) 12,538 85,202 77,921 0 175,661 11,876 187,537
1990年(平成2年) 10,288 81,436 77,011 0 168,735 6,324 175,059
1991年(平成3年) 10,822 82,173 80,106 0 173,101 8,541 181,642
1992年(平成4年) 9,093 78,287 82,705 0 170,085 22,816 192,901
1993年(平成5年) 7,505 73,154 81,843 0 162,572 11,094 173,666
1994年(平成6年) 6,875 70,584 81,705 0 159,164 6,077 165,241
1995年(平成7年) 6,705 69,984 77,402 0 154,091 8,825 162,916
1996年(平成8年) 6,241 63,715 76,245 0 146,201 5,629 151,830
1997年(平成9年) 6,363 66,932 75,571 0 148,866 6,412 155,278
1998年(平成10年) 4,193 63,748 68,906 0 136,847 4,508 141,355
1999年(平成11年) 4,522 62,070 69,550 0 136,142 4,890 141,032
2000年(平成12年) 5,338 61,180 62,415 0 128,933 18,124 147,057
2001年(平成13年) 3,830 59,450 56,374 0 119,654 3,293 122,947
2002年(平成14年) 4,170 51,956 50,678 0 106,804 3,073 109,877
2003年(平成15年) 3,476 49,075 53,098 0 105,649 3,553 109,202
2004年(平成16年) 2,353 43,355 44,427 0 90,135 2,639 92,774
2005年(平成17年) 2,089 43,655 45,232 0 90,976 2,358 93,334
2006年(平成18年) 9,898 44,406 44,107 0 98,410 2,636 101,046
2007年(平成19年) 9,026 42,011 46,469 0 97,506 3,996 101,502
2008年(平成20年) 8,655 34,810 51,029 0 94,494 9,214 103,708
2009年(平成21年) 10,426 31,300 48,410 0 90,136 5,752 95,888
2010年(平成22年)       0 88,371 47,831 136,202

歴史

1922年(大正11年)公布の改正鉄道敷設法により木原線の建設が決まるが、時期は未定であった。当時大原 - 大多喜間で営業していた千葉県営人車軌道およびその後身の夷隅軌道は赤字経営であり、沿線地域の経済力では経営再建は不可能な状態に陥っていた。木原線が実現すると建設費及びその後の営業赤字は政府負担となるので、地元では鉄道省への陳情を盛んに行い、1925年(大正14年)に木原線建設着工が承認される[3]

1930年(昭和5年)に開業した木原線は、本来、久留里線と結んで大原 - 木更津間を結ぶ鉄道(改正鉄道敷設法別表第48号)として計画された。木原線という路線名も木更津大原(現・いすみ市)のから採られたものだったが、上総中野 - 上総亀山間は建設されなかった。なお、夷隅軌道は木原線開業が決まったことにより廃止されている。

開業当初の列車の運行は、蒸気機関車C10形C12形が客車を数両牽引していた[4]

沿線は人口希薄地帯で輸送量は多くなく、合理化のために1934年(昭和9年)にガソリンカーキハ40000形を投入して列車本数を増発した。同車は太平洋戦争中のガソリン不足を補うために、周辺で産出される天然ガス動力となって1944年(昭和19年)まで運行される[4]

戦後はC12による客車列車になり、1948年(昭和23年)8月から天然ガス車も復活するがこれは短期間で消滅する。1954年(昭和29年)には経営合理化と小型車両による列車本数の増発による旅客サービスの向上を目的としてレールバスキハ10000形)が投入されるが、乗車定員が少ない・軽量すぎて踏切感知が作動せず警報機が鳴らないなどの問題から7年間の使用で終わった。この時代が木原線の列車本数が最も多い時期であったが、定員数56人のキハ10000形では対応しきれなかった[5]

1981年(昭和56年)に国鉄再建法施行により第1次特定地方交通線に指定され、1987年(昭和62年)に東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継された後、1988年(昭和63年)にいすみ鉄道に転換された。第1次廃止対象路線としては、最後の転換だった。

年表

  • 1930年(昭和5年)4月1日 - 木原線大原 - 大多喜間 (15.9km) 開業(上総東、国吉、上総中川駅開業)。
  • 1931年(昭和6年)8月29日 - 大多喜-総元間の工事認可指令[6]
  • 1933年(昭和8年)8月25日 - 大多喜 - 総元間 (6.4km) 開業。
  • 1934年(昭和9年)
    • 8月26日 総元 - 上総中野間 (4.6km) 開業。全通・26.9km。
    • 9月15日 - 気動車運行開始(大原-上総中野間)[7]
  • 1937年(昭和12年)2月1日 - 東総元駅、西畑駅開業。
  • 1945年(昭和20年)6月10日 - 東総元駅休止。
  • 1946年(昭和21年)6月10日 - 東総元駅再開。
  • 1960年(昭和35年)6月20日 - 西大原駅、新田野駅、小谷松駅、久我原駅開業。
  • 1968年(昭和43年)9月4日 - 国鉄諮問委員会により廃止対象のローカル線(赤字83線)に指定される。
  • 1970年(昭和45年)7月1日 - 集中豪雨により路盤が流出、寸断(全線復旧は10月1日)。
  • 1974年(昭和49年)10月1日 - 貨物営業廃止。
  • 1981年(昭和56年)9月18日 - 廃止承認(第1次廃止対象特定地方交通線)。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄民営化により東日本旅客鉄道に承継。
  • 1988年(昭和63年)3月24日 - JR木原線廃止。いすみ鉄道いすみ線開業。大原 - 西大原間を1.8 kmから1.7 kmに改キロ、これにより全線の営業キロは26.9 kmから26.8 kmとなる[8]いすみ100型(のちのいすみ200'型)営業運転開始。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 最終列車を1時間繰り上げる。
  • 2008年(平成20年)8月9日 - 城見ヶ丘駅開業[9]
  • 2009年(平成21年)10月1日 - ムーミン列車の運行を開始。
  • 2011年(平成23年)4月29日 - 主に土休日に大多喜 - 大原間でキハ52 125による「観光急行列車」の営業運転を開始。
  • 2012年(平成24年)4月1日 - いすみ300形営業運転開始。
  • 2013年(平成25年)
    • 2月1日 - いすみ350形営業運転開始。
    • 3月9日 - キハ28 2346営業運転開始。
    • 3月16日 - ダイヤ改正により、土休日ダイヤが設定される。
    • 12月28日 - 西畑 - 上総中野間で、大原発上総中野行き普通列車(63D列車 1両編成ワンマン)の前台車第1軸が脱線。乗客4名および運転士に負傷者なし。
  • 2014年(平成26年)
    • 2月15日-16日 - キハ52・キハ28を使用して夜行列車が運転される。5月17日-18日にも運転された。

駅一覧

  • 全駅千葉県に所在。
  • 駅名欄下段は命名権売却によって名付けられた駅名。
  • 停車駅
    • 普通…すべての駅に停車
    • 快速(朝の土休日に大原行のみ運転)・急行(土休日に運転)…●印の駅は停車、▲印の駅は大原行のみ停車、|印の駅は通過
  • 線路(全線単線) … ◇:列車交換可、|:列車交換不可
駅名 駅間キロ 累計キロ 快速 急行 接続路線 線路 所在地
大原駅 - 0.0 東日本旅客鉄道外房線 いすみ市
西大原駅 1.7 1.7  
上総東駅 3.5 5.2  
新田野駅 2.2 7.4  
国吉駅
(風そよぐ谷 国吉駅)
1.4 8.8  
上総中川駅 3.1 11.9  
城見ヶ丘駅 2.8 14.7   夷隅郡大多喜町
大多喜駅
(デンタルサポート大多喜駅)
1.1 15.8  
小谷松駅 2.4 18.2  
東総元駅 1.4 19.6  
久我原駅
(三育学院大学久我原駅)
1.2 20.8  
総元駅 1.4 22.2  
西畑駅 2.9 25.1  
上総中野駅 1.7 26.8 小湊鐵道小湊鉄道線

その他

テンプレート:Main2

  • 1日乗車券が1,000円、小湊鉄道と共同で大原 - 五井間片道乗車・途中下車可能(折り返し乗車不可)の「房総横断乗車券」が1,600円で発売されている。
  • 現在、小湊鉄道線との乗り換え駅である上総中野駅では、両線の線路は繋がっており、相互乗り入れの話が上がる。しかし、両社共に消極的だったため今日まで実現していない。旅客流動上も相互乗り入れのメリットはきわめて薄いとされていたが、現職の鳥塚社長は小湊鉄道との相互乗り入れに意欲的なコメントを自らのブログで呈しており、今後の動向が注目される。
  • 近年、各駅の駅名標をJR東日本と同じデザインのサインへ交換した。なお、駅名標の帯の色はJR東日本と異なり黄色となっている。
  • 国鉄木原線時代に運用された車両キハ07 5は同和鉱業片上鉄道吉ヶ原駅柵原ふれあい鉱山公園にて動態保存中。北野武監督の映画『アキレスと亀』にも登場した。
  • 国鉄木原線時代、地元住民グループが廃止を阻止するため、国鉄による乗降者数調査日を狙って無用であるにもかかわらず乗降し乗降者数をつり上げた。これは路線の実態把握を不可能にする活動として問題となった。

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

参考文献

  • 白土貞夫『ちばの鉄道一世紀』崙書房、1996年7月10日 第1刷発行、1996年10月15日 第2刷発行、ISBN 978-4845510276

関連項目

テンプレート:Sister テンプレート:赤字83線

テンプレート:特定地方交通線テンプレート:リダイレクトの所属カテゴリ
  1. テンプレート:PDFlink いすみ鉄道再生会議、2007年10月29日
  2. いすみ鉄道存続決定 収益改善、2年間で検証 再生会議」千葉日報ウェブ 2007年10月30日
  3. 『ちばの鉄道一世紀』(p179)より。
  4. 4.0 4.1 『ちばの鉄道一世紀』(p180)より。
  5. 『ちばの鉄道一世紀』(p181)より。
  6. 「鉄道建設線の工事認可指令」国民新聞 1931年8月30日神戸大学附属図書館新聞記事文庫
  7. 『鉄道省年報. 昭和9年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  8. テンプレート:Cite book
  9. 経営再建の起爆剤に いすみ鉄道 「城見ケ丘駅」が開業 千葉日報 2008年8月10日