GNU Hurd

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:Infobox OS GNU Hurd(グニュー ハード)は、GNUプロジェクトによって開発中の、GNU Mach上で動作しオペレーティングシステム (OS) の機能を提供するサーバ[1]群。

Hurdは、「Hird of Unix Replacing Daemons.」の頭文字であり、さらにHirdは、「Hurd of Interfaces Representing Depth.」の頭文字である。また、「herd of gnus」(ヌーの群れ)とも掛けている。

勘違いされることが多いが、厳密な意味ではHurdはカーネルではなく、マイクロカーネルであるMachと、その上で動くサーバ群であるHurdの組合せによって一般的なカーネルのサービスを提供する。

概要

リチャード・ストールマンが提唱し、1990年から開発が始まった[2]。UNIX代替品の開発を目標とするGNUプロジェクトにとって、カーネルに相当するHurd(及びMach)の開発は最重要課題とも言えるが、その開発スピードは遅く、2011年現在でも正式版のリリースには至っていない。また、Hurdを採用したディストリビューションとして、Debianによる開発版が存在するが、これについても公式版のリリース時期は未定である。

開発の遅れにより、UNIX互換のフリーなカーネルとしては、GNUのプロジェクトによるものではないLinuxデファクトスタンダードとなっている。Linuxとの開発スピードの違いは、伽藍方式バザール方式の違いによるとも言われるが、ストールマン自身は、開発の遅れはマイクロカーネルのデバッグが予想以上に難しかったためで、Hurdに比べLinuxが早く開発できた理由はLinuxがモノリシックカーネルであることによるとし、自分の戦略的なミスであったと述べている[3]

歴史

特に断らない限りGNU自身によるドキュメントを出典とする。

1986年2月、リチャード・ストールマンがGNUの公式カーネルとしてマサチューセッツ工科大学で開発されたテンプレート:仮リンクを使用すると表明し、同年12月までにフリーソフトウェア財団(以下FSF)はTRIXの改良を開始した。

1987年〜1988年ごろ、FSFは自分でTRIXを改良するよりも、別の人の手によるカーネルを使いたいと考え始める。当時の候補としてはTRIXを改良し続けることの他にカリフォルニア大学バークレー校で開発されたspriteを使うこと、そしてカーネギーメロン大学で開発され後に公式カーネルとなるMachを使うことがあった。

1990年、Machが4.3BSDに関する部分をカーネルからユーザランドへ除出することでGNUの再配布ライセンスに適合するようになる[4]と、FSFはMachの上で動くHurdの開発を開始した。ここにMachがGNUの公式カーネルとなった。 テンプレート:See also

1994年4月にブートができ、ファイルシステム、認証サーバ、initなどを動かすことに成功する。同年7月にはemacsを、11月にはgccを動かすことにも成功した。

1996年4月に、バージョン0.0(テスト版)のソースコード及びi386アーキテクチャ上で動くバイナリが公開される。

その後テンプレート:いつ他のGNUソフトウェアと組み合わせて完全なOSとして利用できるものがリリースされ、またDebianプロジェクトによるコンパイル済みバイナリDebian GNU/Hurdも配布されている。しかし、「製品レベルのシステムと比べて期待されるようなパフォーマンスや安定性はない[5]」状態であり、現在も開発中で正規版をリリースするには至っていない。

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

関連項目

外部リンク

テンプレート:GNU テンプレート:Unix-like

テンプレート:FLOSS-stub
  1. UNIXで言うデーモン
  2. 現在ストールマン自身は開発に加わっていない
  3. ed. Joshua Gay, Free Software, Free Society: Selected Essays of Richard Stallman, Boston: GNU Press, 2002.
  4. 4.3BSDのライセンス問題についてはBSDを参照のこと。
  5. http://www.debian.org/ports/hurd/