靱公園

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靱公園(うつぼこうえん)は、大阪府大阪市西区靱本町にある都市公園(総合公園)である[1]四つ橋筋からなにわ筋を越えてあみだ池筋に至るまでの東西に細長い敷地を持つ。

概要

かつての靱塩干魚市場の跡地にあたる。海部堀川(第二次大戦後埋め立て)沿いの靱塩干魚市場は干物や肥料にする干鰯などの海産物を全国から集めていたが、1931年大阪市中央卸売市場の開場後に閉鎖され、大阪大空襲で廃墟となった。

戦後、約3万坪が占領軍に接収され、占領軍の常用飛行場、靱飛行場となった。1952年の講和条約発効をもって大阪市に返還され、靱公園として整備された。東西に細長い形をしているのは滑走路跡地であることによる。大きな木が多数植わっており、都会のオアシスである。

また、公園西側の大部分を占める靱テニスセンターでは、世界スーパージュニアテニス選手権大会など国際的な大会も行われている。かつては靱蹴球場というサッカー専用グラウンドがあったが、テニスコートの拡大に伴い、現在は閉鎖されている。

公園周辺は、1990年代後半から衣料店やカフェレストラン、パン屋や洋菓子店などが目立つようになり、ファッショナブルな街へと変貌する途上にある。公園東部では、公園が街路ではなく直接京町堀通り南側ビル群の裏側に接しているため公園に直接面したカフェやバーが出店したり、ばら園では屋外結婚式が行われるなど、大都会ならではの雰囲気となっている。

靱公園の中央、なにわ筋沿いに楠永神社があり、大きなクスノキが目立つ。ここは古くからの神社でかつて海部堀川が横を流れており、靱市場の数少ない名残である。クスノキは戦後、飛行場建設の際に伐採されようとしたが、けが人やブルドーザーの故障が相次いだ。お祓いの際に神社の建物から白い蛇が出てきたことから「この木は神木なので切ってはいけない」という話になり今に残っている。

2007年頃までは公園内にホームレスがブルーシート等を資材としてテント・小屋掛けをしていたり、公園東部の林の中では若者や家族連れがバーベキューをしたりしていたが、公園管理者による管理徹底によりこれらの行為は最近ではあまり見られない。

公園内に作家・梶井基次郎の文学碑がある(1981年(昭和56年)に建立)[2]

主要な施設

ハードコート(公園西部)
センターコート1面(観客席5000人)
サブ センターコート1面(観客席500人)
一般コート14面
アンツーカコート(公園東部の科学技術館横)
4面
靱卓球場
  • バラ園
  • 結婚式場・レストラン(靱テニスセンターB1F)

定例イベント

  • 靱公園バラ祭(5月中旬)
バラ園中央で屋外コンサートなどが行われる
  • 花と彫刻展(10月中旬~下旬)
バラ園、ケヤキ並木沿いに彫刻が展示される
  • 植木市(随時)
四つ橋筋側の出口付近など

アクセス

周辺情報

ギャラリー

脚注

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  1. 都市公園一覧表(大阪市)
  2. 『新潮日本文学アルバム27 梶井基次郎』(新潮社、1985年)

外部リンク

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