読谷村

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読谷村(よみたんそん)は沖縄本島中部の中頭郡に属する。日本の村としては1番人口が多く、人口密度は同じ沖縄県中頭郡の北中城村中城村に次いで3番目に高い。2014年にそれまで1位だった岩手県岩手郡滝沢村が市制施行したことにより、同村が人口1位となった。

地理

隣接する自治体

字一覧

  • 伊良皆(いらみな)
  • 上地(うえち)
  • 宇座(うざ)
  • 大木(おおき) 昭和10年に伊良皆・大湾・楚辺・比謝の一部から新設
  • 大湾(おおわん)
  • 親志(おやし)
  • 喜名(きな)
  • 儀間(ぎま)
  • 座喜味(ざきみ)
  • 瀬名波(せなは)
  • 楚辺(そべ)
  • 高志保(たかしほ)
  • 渡具知(とぐち)
  • 渡慶次(とけし)
  • 都屋(とや)
  • 長田(ながた)
  • 長浜(ながはま)
  • 波平(なみひら)
  • 比謝(ひじゃ)
  • 比謝矼(ひじゃばし)
  • 古堅(ふるげん)
  • 牧原(まきばる)
  • 大添(おおそえ) 昭和60年に発足した行政区であり住所は楚辺

人口

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歴史

西海岸の砂丘上には沖縄貝塚時代(本土の弥生時代相当期)の遺跡が多くあり、渡具知木綿原遺跡からは九州の影響を受けたとされる箱式石棺墓がみつかっている。そのことからこの遺跡は、1978年(昭和53年)11月15日に、国の史跡の指定されている。

また比謝川の河口付近にある渡具知東原遺跡からは爪形文土器がみつかり、沖縄の先史時代文化が約7000年前まで遡ることが分かった。

戦前まで読谷山村(ゆんたんざむら)だったが、戦後になり現在の村名となった。

行政

  • 石嶺傳實村長

教育

小学校

中学校

高等学校

交通

バス

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  • 20番・名護西線(琉球バス交通沖縄バスの共同運行)
  • 28番・読谷(楚辺)線(琉球バス交通・沖縄バスの共同運行)
  • 29番・読谷(喜名)線(琉球バス交通・沖縄バスの共同運行)
    • 那覇バスターミナル - 国道58号 - 喜名 - 県道12号(座喜味) - 読谷バスターミナル
  • 48番・石川 - 読谷線(沖縄バス)
    • 読谷バスターミナル - 真栄田 - 仲泊 - 東恩納 - 石川東山入口
  • 62番・中部線(琉球バス交通)
    • 読谷バスターミナル - 楚辺・伊良皆(または座喜味・喜名) - 嘉手納 - 県道74号 - 知花 - コザ - 胡屋 - 山里 - 県道24号 - 北谷町美浜(一部ジャスコ経由) - 砂辺駐機場
  • 120番・名護西空港線(琉球バス交通・沖縄バスの共同運行)
    • 那覇空港 - 那覇バスターミナル - 国際通り - 国道58号 - 名護バスターミナル
  • 228番・読谷おもろまち線(琉球バス交通・沖縄バスの共同運行)

28番はかつて残波岬まで延長されたが今は廃止されている。

路線バスのほかに空港リムジンバスエアポートライナーが那覇空港から村内の日航アリビラ残波岬ロイヤルホテルとを結んでいる。

また、2009年4月からはコミュニティバスとして「鳳バス」が運行されている。沖縄県内において初の採算性を考慮しない住民サービスとしてのコミュニティバスである。詳細は鳳バスを参照。

道路

名所・旧跡・観光

ファイル:Ryukyu no Kaze.jpg
大河ドラマ「琉球の風」の撮影に使われたオープンセット

読谷村出身の有名人

米軍施設

村内には2施設が所在。合計1,261 haの軍用地が存在し、村面積の36%を占めている。[1]

※読谷補助飛行場(海兵隊)と楚辺通信所(通称象の檻・海軍)は、2006年に全面返還された。瀬名波通信施設(空軍)はマイクロウェーブ塔部分(約0.1 ha)を除くほぼ全部が2006年に返還された。

郵便

郵便局
  • 伊良皆郵便局
  • 喜名郵便局
  • 読谷郵便局

関連項目

外部リンク

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