自衛隊用語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
自衛隊用語(じえいたいようご)は、防衛省内部や日本の安全保障の分野において使われている用語。特に、各国軍や旧日本軍で使われている用語と同義であるが、自衛隊独自の異なる単語をあてているものをさす[1]。
概要
自衛隊用語が使われる背景として、主に4つの理由がある。
- 軍事用語は学術用語のように安定的なものではなく、政治や経済、情報技術で用いられる用語と同様に時代や社会の変化の影響を受けやすいためである。そのため、一般的な軍事用語に適当な用語が無いため、あるいは類義語と同義でないことを明確にするために新たな用語が作られる。
- 日本国憲法前文、及び日本国憲法第9条に謳われている平和主義、専守防衛という自衛隊の根本的方針に反する印象、好戦的・残虐的印象を与えることを避け、また“軍隊ではない”と強調する、といった政治的動機による言い換え(ダブルスピーク)をするためである(戦闘爆撃機を支援戦闘機、巡洋艦・駆逐艦・フリゲートを護衛艦、憲兵相当職を警務官と言い換えるなど)
- 反自衛隊の思想を持つ人間が自衛隊を攻撃する手段として、“この用語は自衛隊が軍隊であることを隠すための、本来の軍事用語とは異なる表現である”と主張するために、本来の軍事用語の語義を変更するためである。
- 旧日本軍との断絶性を主張するためである。一般に、第二次世界大戦後の日本における旧軍の印象は芳しいものではなく、広報、民心掌握、人材確保の必要性から旧日本軍を想起させる用語は回避することが望ましい。
一般的と思われる軍事用語と異なる名称を使用する事例は、アメリカ、中国、ロシア、韓国といった国においても存在する。その理由も自衛隊用語の使われる背景とほぼ同様である。
自衛隊用語を英語等外国語に翻訳する際には、旧日本軍の軍事用語と同じになるように翻訳されることが多く、その差異が理解されない。普通科=Infantry(直訳は歩兵)、特科=Artillery(直訳は砲兵)、施設科=Engineer(軍事用語としての直訳は工兵)などの表現が使われている。一方、中国語や朝鮮語に翻訳する際は、漢字が統一されていない例も多い。一般に大佐と訳される単語は、自衛隊では1佐(大中小准の字は用いない。ちなみに准将・准尉相当級は存在しない)、中国人民解放軍では上校、韓国軍では大領(다이료)と書く。
稀ではあるが、自衛隊固有の用語が外国軍の用語の訳として用いられることもある。たとえば、新聞報道等において、アメリカ空軍の兵卒(airman)は、航空自衛隊に倣って空士と訳されることがある。
例
自衛隊用語と旧日本軍用語も含む一般的な用語の対応例を示す(ただし、防衛庁(現・防衛省)においては旧軍ならびに諸外国軍隊と、自衛隊とでは慣習や、任務ならびに編成等が異なるため直接の比較することはできないとしている)。
自衛隊用語 | 旧日本軍用語も含む一般的な用語 | 備考 |
---|---|---|
防衛(および国防) | 軍事 | 軍事の内、自衛隊の活動が「防衛」のみに限られるとされているため。他国軍の活動については「軍事」も用いる。 |
自衛隊員 | 軍属、軍部官僚 | |
自衛官 | 兵士を含む軍人 | |
幹部 | 士官、将校 | 幹部という言葉は旧軍でも用いられた。また、海上自衛隊では士官も使用する。 |
防衛大学校、幹部候補生学校 | 陸軍士官学校、海軍兵学校 | |
幹部学校指揮幕僚課程 | 陸軍大学校、海軍大学校 | |
△△幕僚長たる○将 - (一般の)○将 - ○将補 | 大将 - 中将 - 少将 | △に統合・陸上・海上・航空、○に陸・海・空が入る。准将の設置と共に大将・中将・少将の呼称の復活が検討されているが実施時期は未定。 |
一等○佐(1佐) - 二等○佐(2佐) - 三等○佐(3佐) | 大佐 - 中佐 - 少佐 | ○に陸・海・空が入る。 |
一等○尉(1尉) - 二等○尉(2尉) - 三等○尉(3尉) | 大尉 - 中尉 - 少尉 | ○に陸・海・空が入る。 |
准○尉 | 准尉、兵曹長(旧)(海軍) | ○に陸・海・空が入る。 |
○曹長 | ○に陸・海・空が入る。 | |
一等○曹(1曹) | 曹長(陸軍)、上等下士官(海軍は兵科各部により呼称が異なる) | ○に陸・海・空が入る。 |
二等○曹(2曹) | 軍曹(陸軍)、一等下士官(旧)(海軍) | ○に陸・海・空が入る。 |
三等○曹(3曹) | 伍長(陸軍)、二等下士官(海軍) | ○に陸・海・空が入る。 |
○士長 | 上等兵 | ○に陸・海・空が入る。 |
一等○士(1士) - 二等○士(2士) | 一等兵-二等兵 | ○に陸・海・空が入る。 |
防衛秘密 | 軍事機密 | |
陸上自衛隊 | 陸軍 | |
海上自衛隊 | 海軍 | |
航空自衛隊 | 空軍 | |
幕僚 | 幕僚および参謀 | |
統合幕僚監部 | 統合参謀本部 | |
陸上幕僚監部 | 陸軍本部、陸軍参謀本部 | |
海上幕僚監部 | 海軍作戦本部、海軍軍令部 | |
総監 | 司令官 | |
方面隊 | (部隊単位としての)軍、方面軍 | |
隊群 | 戦隊 | |
部隊行動基準 | 交戦規定 | |
防衛省(旧防衛庁) | 陸軍省、海軍省、国防省 | ただし国防省の訳は慣例上のものであり、原語の逐語訳が「防衛省(庁)」に近い国も多い。 |
地方防衛局 | 国防局 | |
支援戦闘機 | 攻撃機、戦闘爆撃機 | 戦闘機の万能化により区別する必要が無くなったため支援戦闘機は戦闘機に一本化された。 |
対戦車ヘリコプター | 攻撃ヘリコプター | |
戦闘ヘリコプター | ||
特車 | 戦車 | 保安隊時代に使われた。輸送車や指揮官車、放水車などの警察の「特殊車両」に由来。 |
装甲車 | 兵員輸送車 | |
装甲戦闘車 | 歩兵戦闘車 | 自衛隊に歩兵科は存在せず、「普通科」にしているため。また、自衛隊は事実上の歩兵戦闘車である「89式装甲戦闘車」の略称をAFVではなくFV=戦闘車としている。AFVでは装甲をもつ軍用車両の総称になってしまう。 |
特大型運搬車 | 戦車運搬車(タンクトランスポーター) | |
自衛艦 | 軍艦 | |
護衛艦 | 巡洋艦・駆逐艦・ヘリ空母・フリゲート | |
ヘリコプター搭載型護衛艦 | ヘリ空母 | ヘリコプター駆逐艦の意だが、最新鋭および計画中のものは空母様の全通甲板をもつ。 |
輸送艦 | 揚陸艦 | 日本海軍でも揚陸能力を持つ艦船を「輸送艦」と呼んだ。 |
情報収集衛星 | 偵察衛星 | |
普通科 | 歩兵科 | |
特科 | 砲兵科 | |
施設科 | 工兵科 | |
武器科 | 技術科 | |
通信科 | 通信科 | |
衛生科 | 衛生科 | |
航空科 | 航空科 | |
輸送科・需品科・会計科 | 輜重兵科、主計科 | |
音楽科、音楽隊 | 軍楽隊、軍楽部 | |
化学科 | 化学兵(旧軍に化学科に相当する兵種区分なし) | |
警務科 - 警務官 | 憲兵科 | 「警務」という単語は戦前にも存在し、台湾総督府警察の州警務部などがあった。 |
自衛隊歌 - 隊歌 | 軍歌 | |
自衛隊旗 - 隊旗 | 軍旗 | |
自衛艦旗 | 軍艦旗 | |
医官 | 軍医(医官という呼称もあり) | |
退役自衛官/退職自衛官 | 退役軍人(旧軍には終身官制度あり) | |
予備自衛官・即応予備自衛官 | 予備役軍人 | 予備自衛官はどちらかと言えば海軍の予備員制度に近い。 |
防衛大臣(旧防衛庁長官) | 兵部大臣(旧)、陸軍大臣(陸軍)、海軍大臣(海軍)、国防大臣 、国防長官 | |
対象国 | 仮想敵国 | |
防衛産業、防衛企業、防衛装備 | 軍需産業、軍需企業、武器兵器 | |
有事 | 下は分隊同士の武力衝突レベルから上は最終局面の戦争まで全て | |
対抗部隊 | 敵、または演習の際の仮想敵 | |
処理する | 火力等をもって敵兵を無力化すること | |
状況 | 訓練、演習 | 訓練を開始・終了する際に「状況開始」・「状況終了」の掛け声が入る。掛け声以外では訓練、演習の語も使用される。 |
出典
- ↑ 1.0 1.1 前田哲男「日本の軍隊・(下) 自衛隊編」現代書館 1994年刊 ISBN 4-7684-0067-1
- ↑ 防衛研究会編「防衛庁・自衛隊」かや書房 1992年刊 ISBN 3031-80031-1139
参考文献
- 増田浩『自衛隊の誕生』中公新書(中央公論新社)2004年 ISBN 4-12-101775-7
- 松尾武『海上自衛隊はこうして生まれた。 Y文書が明かす創設の秘密』日本放送出版協会、2003年 ISBN 4-14-080792-x