玉川田園調布

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テンプレート:Infobox Settlement 玉川田園調布(たまがわでんえんちょうふ)は、東京都世田谷区町名[1]。現行行政地名は玉川田園調布一丁目及び玉川田園調布二丁目[1]郵便番号は158-0085。2014年3月1日現在の人口は2,202人[2]

地理

世田谷区南部に位置し、玉川地域に属する。北で奥沢、東で東玉川、南で田園調布、西で尾山台と接する。面積は0.300平方キロメートル[2]

西半部は玉川浄水場及び田園調布雙葉小学校とその付属幼稚園の敷地が占める。東西に環八通り(東京都道311号環状八号線)が走り、町域東部を東急電鉄東横線目黒線が走る[1]

歴史

テンプレート:See also この区域は江戸期以前は荏原郡等々力村の飛地及び同奥沢村の一部であった。1889年明治22年)の町村制の施行に伴い、等々力村・奥沢村は尾山下野毛上野毛野良田用賀瀬田の6ヶ村と合併し、玉川村となった。1932年昭和7年)、世田谷区の成立に伴い、荏原郡玉川村大字等々力飛地六本松が玉川田園調布1丁目に、玉川村大字奥沢字五斗免が玉川田園調布2丁目になる[1][3]。隣接する大森区(現・大田区)の田園調布4ヶ町とともに田園都市住宅地として整備された[1]が、開発当初、1925年の『田園都市株式会社経営 多摩川臺住宅地平面図』では造成されているものの、住宅地の区画としてはほとんど割り当てられていない[4]1970年住居表示に伴って町境の変更を行い、玉川等々力町の一部を編入し、玉川田園調布の一部を尾山台1丁目・奥沢4-5丁目の各部とした[1][3]。また、この際に環八通りを1丁目と2丁目の境界とし、環八以南を1丁目、環八以北を2丁目とした[3]

地名の由来

世田谷区成立の際、旧玉川村区域に冠称された「玉川」に田園都市住宅地の名称「田園調布」を繋げている。

交通

鉄道

バス

  • 東急バス - 玉川田園調布停留所、浄水場前停留所が設置されている。

道路

施設

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

関連項目

テンプレート:Geographic Location

テンプレート:世田谷区の町名 テンプレート:Pref-stub

テンプレート:Japan-block-stub
  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 『角川日本地名大辞典 13 東京都』角川書店、1991年9月再版。P466。
  2. 2.0 2.1 平成26年(2014年)の世田谷区の町丁別人口と世帯数(世田谷区公式サイト) 2014年3月7日閲覧。
  3. 3.0 3.1 3.2 地名の由来(奥沢・玉川田園調布・東玉川)-世田谷区公式HP、2010-09-14閲覧。
  4. 『田園都市株式会社経営 多摩川臺住宅地平面図』、1925年(馬場宏信『シブヤ系対カマタ系』ぶんか社、1997年12月、PP102-103所収。)。
  5. 浄水施設の紹介(東京都水道局HP)、2010-09-14閲覧。