松本幸四郎

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松本幸四郎(まつもと こうしろう)は、歌舞伎役者の名跡屋号高麗屋定紋は四つ花菱(よつ はなびし)、替紋は浮線蝶(ふせ ちょう)。七代目は日本舞踊藤間流藤間勘右衛門も同時に名乗り、また八代目以降は日本舞踊松本流の宗家でもある。

本来は市川團十郎の弟子筋にあたる家だが、二代目松本幸四郎の実の父は二代目市川團十郎であったともいわれ、その縁からか、成田屋に市川團十郎の跡継ぎがいない場合には、常にこの高麗屋から養子が入って市川宗家を継いでいる。

  • 五代目 松本幸四郎
    • 四代目の子、1764–1838。「鼻高幸四郎」の異名をとり、実悪をやらせたら「三都随一」「古今無類」と謳われた名優。
    • 市川純蔵 → 三代目市川高麗蔵 → 五代目松本幸四郎
  • 八代目 松本幸四郎
    • 七代目の次男、1910–1982。子役の経験がない、一門を引き連れ松竹から東宝へ移籍する、シェークスピアの戯曲に挑むなど、歌舞伎と近代演劇の垣根を越えて活躍した異色の大看板。
    • 二代目松本純蔵 → 五代目市川染五郎 → 八代目松本幸四郎 → 松本白鸚(隠居名)


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