松平斉厚

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テンプレート:基礎情報 武士 松平 斉厚(まつだいら なりあつ)は、江戸時代後期の大名上野館林藩3代藩主、のち石見浜田藩初代藩主。寺社奉行越智松平家5代。

生涯

館林藩主松平武寛の長男として生まれ、まもなく父が死去したため2歳で家督を相続する。はじめ武厚(たけあつ)と名乗り、寺社奉行を務める。

その後、11代将軍徳川家斉の二十男・松平徳之佐(のちの斉良)を婿養子(および養嗣子)として幕府との結びつきを強め、家斉から偏諱を受けて斉厚と改名する。天保7年(1836年)には館林から浜田に移った。斉良は夭折したため、讃岐高松藩から迎えた養子・武揚が家督を継いだ。

経歴

官歴

  • 寛政9年(1797年):従五位下主計頭、右近将監
  • 天保6年(1835年):従四位上権少将


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