懐王

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懐王(かいおう、? - 紀元前299年)は戦国時代(在位:紀元前329年 - 紀元前299年)。姓は羋(び)。名は槐(かい)。

略歴

張儀の謀略に引きずり回され、国力を消耗し、最後は秦との戦いに敗れ秦に幽閉されたまま死去した。戦国時代の暗君の代名詞的存在と目され、楚の悲劇の象徴とされた。屈原が度々彼を諫めたが、頑として聞き入れず、屈原自殺の原因となった人物でもあった。

子孫

孫(一説に玄孫)が項梁に反秦軍の楚の悲劇の象徴、秦への復讐の象徴として担ぎ出され、同様に懐王と呼ばれた。後の義帝である。

先代:
威王
前329年 - 前299年
次代:
頃襄王
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