岡留安則

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岡留 安則(おかどめ やすのり、1947年11月23日 - )は元『噂の眞相』編集長・発行人、ジャーナリスト

来歴・人物

鹿児島県曽於郡末吉町生まれ。宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校では野球部に所属。法政大学社会学部入学後、学生運動の闘士となり、大学3年のとき構造改革左派のプロレタリア学生同盟に参加。1970年に卒業後、70年安保を境に学生運動から脱落。同法学部学士入学し、在学中は高田馬場土方アルバイトを経験。1972年卒業。

赤石憲彦率いる東京アドエージに入社し、以後2年半、業界紙の編集に携わる。1975年に退社し、新島史と共同で『マスコミ評論』を創刊、編集長となる。しかし、その後編集方針で新島と対立するようになり、1978年、5人のスタッフともども新島に追放された。

周囲に資金援助を仰ぎ、3000万円を集めて東京新宿に事務所を借り、反権力スキャンダル雑誌を売りとする月刊誌『噂の眞相』を1979年3月に創刊。1980年、『噂の眞相』は皇室ポルノ事件で広告の多くを失い危機に陥るが、その後は広告を頼りにしない方針で立ち直り、休刊まで黒字を維持した。ノーテンキを自称し、個人的な知人・友人であっても容赦なく批判や話題の種にする事で知られた。但し、『噂の眞相』に連載中の人物のみはこの限りではない。また、田中康夫宅八郎の対立では、田中に甘すぎるとの宅側の不満が上がった。

2004年4月号限りで噂の眞相を休刊すると[1]沖縄県移住。翌年1月には「『噂の眞相』25年戦記」(集英社新書)を著し、発行から休刊までの総括を発表した。 月刊誌『WiLL』にウェブログの内容を連載。『WiLL』は保守色の強い雑誌であり、岡留の思想とは相容れない誌面だが、花田紀凱編集長との個人的な親交から連載していた。読者からの異議を受けて2008年2月“紙面の都合で休載”とされそのまま終了。

ちなみに噂の眞相はテレビ番組という形で復活しており、タイトルはそのものズバリ「TVウワサの眞相」。雑誌時代のテイストを残し月1回で放送され、メインキャスターを岡留が務めていた(番組はCSデジタルテレビ局の朝日ニュースターで放送され、2007年3月15日放送分で終了した)。

現在は東京スポーツで「マンデー激論」を月に一度担当。2013年9月現在、沖縄でスナックをやっている。

主な著書

  • 『武器としてのスキャンダル』(パシフィカ, 1982年 ISBN 4827511497; 筑摩書房 ちくま文庫, 2004年 ISBN 4480039422)
  • 『サングラスの中の女たち』(サンマーク出版, 1984年 ISBN 4763189190)
  • 『「噂の眞相」編集長日誌』(木馬書館, 1984年 ISBN 4943931103; 社会思想社 現代教養文庫, 2000年 ISBN 4390116339)
  • 『タブーなき闘い—続「噂の眞相」編集長日誌』(木馬書館, 1989年 ISBN 4943931189; 社会思想社 現代教養文庫, 2000年 ISBN 4390116347)
  • 『Rの総括—リクルートの犯罪性と疑獄の再検証』(編集, 佐高信・室伏哲朗ほかとの共著, 木馬書館, 1990年 ISBN 4943931197)
  • 『噂の眞相—編集長日誌〈3〉』(木馬書館, 1994年 ISBN 4943931375; 社会思想社 現代教養文庫, 2001年 ISBN 4390116401)
  • 『「噂の眞相」編集長日誌〈4〉』(木馬書館, 1999年 ISBN 4943931537)
  • 『「噂の眞相」25年戦記』(集英社新書, 2005年 ISBN 4087202755)
  • 『「噂の眞相」イズム 反権力スキャンダリズムの思想と行動』(WAVE出版, 2005年 ISBN 4872902254)
  • 『編集長を出せ!「噂の眞相」クレーム対応の舞台裏』(ソフトバンククリエイティブ,2006年 ISBN 4797333421)
  • 『100人のバカ』(佐高信との共著 七つ森書館, 2007年 ISBN 4-8228-0740-1) 『噂の眞相』の連載『七人のバカ』の単行本化。
  • 『幻視行日記 東京新宿「噂の眞相」編集部発沖縄行』(七つ森書館, 2007年 ISBN 4-8228-0858-7)

関連項目

脚注

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外部リンク

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