同時履行の抗弁権

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同時履行の抗弁権(どうじりこうのこうべんけん)とは、双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができるとする権利(抗弁権)である。双務契約には、当事者の公平を図るという観点から、一方の債務の履行と他方の債務の履行は互いに同時履行の関係に立つという履行上の牽連関係(けんれんかんけい)が認められるという点に根拠をもつ権利である。日本の民法においては民法第533条に定められている。

  • 日本の民法について以下では、条数のみ記載する。

概要

物に関する債権の場合には、留置権も要件を満たせば、いずれでも主張できるが、留置権と異なり、第三者への対抗力、不可分性、競売の申立権、代担保の提供による消滅請求はない。

同時履行の抗弁権の要件

同時履行の抗弁権が成立するには以下の要件が必要となる。

  • 同一の双務契約から発生した二つの債務が存在すること。
双務契約ではない場合にも類似の法律関係が存在すれば同時履行の抗弁権が認められる。特に法令の規定により、当事者間の公平を図る目的で特別に付与されることがある。その例として、解除の際の原状回復及び損害賠償546条)、負担付贈与553条)、担保責任571条634条借地借家法第10条第4項)などがある。このほかの債務関係にも公平の見地から解釈上同時履行の抗弁権が認められる場合がある(後述)。(このように双務契約ではない関係では、同時履行の抗弁権の根拠として、533条を類推適用する。)
  • 双方の債務が弁済期にあること。
当事者の一方が先履行の義務を負っている場合に、不安の抗弁を認めるべきかといった解釈上の問題を生じる(後述)。
  • 相手方が債務の履行および弁済の提供をしないで履行の請求をしてきたこと。
一度弁済の提供がなされた場合などに解釈上の問題が生じる。

同時履行の抗弁権が認められる場合

判例で同時履行の抗弁権が成立するとされる法律関係には以下のような場合がある。

  • 債務の弁済受取証書の交付義務(大判昭和16・3・1民集20巻163頁)
  • 借地借家法上の建物買取請求権が行使された場合の土地明渡義務と代金支払義務(大判昭和9・6・15民集13巻1000頁)
  • 未成年者の家屋譲渡契約を取り消したことによる原状回復義務(最判昭和28年・6・16)。
  • 契約の無効取消によって生じる両当事者の不当利得返還義務(最判昭和47・9・7民集26巻7号1327頁)

同時履行の抗弁権が認められない場合

判例で同時履行の抗弁権の成立が否定される法律関係には以下のような場合がある。

  • 借地借家法上の造作買取請求権が行使された場合の建物明渡義務と代金支払義務(最判昭和29・7・22民集8巻7号1425頁)

不安の抗弁の問題

同時履行の抗弁権の要件として、双方の債務が弁済期にあることが必要であるが、契約上の一方当事者の弁済期が先に到来する場合に、相手方の資産の状態が著しく悪くなるなど履行が不確実な状況にある場合にも公平の観点から履行の抗弁を認めるべきかが問題となる。これが不安の抗弁の問題であり、多くの学説は先に履行する義務を負担させることが信義誠実の原則に反することになるような場合には不安の抗弁権が認められるべきとする。

同時履行の抗弁権の効果

存在効

同時履行の抗弁権の存在は、相手方からの相殺を妨げるとともに、履行遅滞違法性阻却事由に当たるとされている。これを同時履行の抗弁権の存在効という。

訴訟の際に、相手の履行遅滞を主張して解除等を求める者は、主張から相手方の同時履行の抗弁権が見えている場合には、相手方の同時履行の抗弁権の不存在を主張しなければ、主張自体失当とするのが判例である。

行使効

訴訟において抗弁として同時履行の抗弁権が主張されると、引換給付の判決がなされる(大審院明治44年12月11日判決民録17輯772頁)。この判決を執行するときは、債権者の側が反対給付の履行又は履行の提供があったことを証明しなければ、執行を開始することができない(民事執行法第31条1項)。

意思表示をすべきことを債務者に命ずる引換給付の判決は、債権者が反対給付又はその提供のあったことを証する文書を提出しなければ、執行文が付与されない(174条2項)。

このように、権利抗弁として主張し、引換給付判決の出る効果を同時履行の抗弁権の行使効という。

留置権との違い

同時履行の抗弁権に類似するものに留置権がある。留置権も同時履行の抗弁権と同様に公平を図るという原理に基づき、履行拒絶の権能を持つ。したがって、同じ場面で同時履行の抗弁権と留置権のどちらも主張し得る場合もある(その場合はいずれを主張しても同じ引換給付判決が得られる)。しかし、同時履行の抗弁権は債権法において認められる権利であるのに対し、留置権は物権法において認められる権利であり、両者ではその取扱いが異なる点も多い。以下に主要な相違点を挙げる。

  • 行使の原因
同時履行の抗弁権は、当該契約上の反対債権あるいはそれに準ずる債権のみに限られる。留置権は物に関して生ずれば契約に限定されない(事務管理不当利得不法行為に基づく債権であってもよい)。
  • 拒絶できる内容、権利の目的
同時履行の抗弁権は、債務の履行を拒絶するものであるから制限がない。留置権は物(動産不動産)の引渡しのみ拒絶できる。
  • 行使可能な相手方
同時履行の抗弁権は当該契約の相手方にのみ主張できる。留置権は全ての第三者に対して主張できる。
  • 代担保の提供による消滅
同時履行の抗弁権は不可。留置権は可。
  • 不可分性
同時履行の抗弁権は給付が可分な場合には不履行部分に応じた抗弁権が存在することになる。留置権には常に不可分性がある。
  • 競売申立権
同時履行の抗弁権は不可。留置権は可(民事執行法195条)。

関連項目


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