茨城県立取手第二高等学校
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茨城県立取手第二高等学校(いばらきけんりつ とりでだいにこうとうがっこう)は、茨城県取手市東二丁目にある県立高等学校。1984年の全国高等学校野球選手権大会において決勝戦に進出し、KKコンビを擁するPL学園を破り優勝したことで全国的に名が知られるようになった。
概要
実業系女学校を経て、戦後すぐ共学化された。卒業後の進路は就職が半数近くを占め、次いで大学(四年制・短期の両方を含む)と専門学校進学が20%ずつを占める。主な進学先は県内・近郊の私立大学、短期大学、専門学校などである。
- 募集定員 普通科120名、家政科40名
進学地域
取手市内を中心におおむね北は土浦市、南は我孫子市、東は稲敷市、西は常総市の範囲に広がる。 常磐線沿線を中心に通学圏が広いが、当校のすぐ南が他県(千葉県)になることから南には狭い。
かつては越県入学が可能であったため、主に千葉県の常磐線沿線地域からの入学者もいた。
沿革
- 1922年 - 茨城県北相馬郡北総実修学校設立 校内に女子部を置く
- 1925年 - 茨城県取手実科高等女学校創立
- 1940年 - 県移管認可 茨城県立高等女学校となる
- 1948年 - 茨城県立取手女子高等学校に改組
- 1949年 - 男女共学を実施、茨城県立取手第二高等学校に改称
- 1984年 - 第66回全国高等学校野球選手権大会優勝
部活動
野球部は甲子園に春夏合わせて6回出場し、前述のとおり1984年夏の大会で優勝した経験を持つ。これは茨城県勢初の全国制覇であるが、この年の国体(PL学園を破って優勝)をもって木内幸男監督が退任し(常総学院野球部監督に就任)、それ以降は甲子園に出場することはなくなった。
著名な出身者
- 松沼博久 - 元・プロ野球選手(投手)(西武)
- 松沼雅之 - 元・プロ野球選手(投手)(西武) - 松沼博久の弟。
- 大野久 - 元・プロ野球選手(外野手)(阪神→ダイエー→中日)。現在は東洋大学附属牛久高等学校の教員・野球部監督を務めている。
- 吉田剛 - 元・プロ野球選手(遊撃手)(近鉄→阪神→OBC野球解説者)
- 石田文樹 - 元・プロ野球選手(投手)(横浜)
- 折原啓子 - 女優
関連項目
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