保坂和志

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テンプレート:Infobox 作家 保坂 和志(ほさか かずし、1956年10月15日 - )は、日本小説家1990年「プレーンソング」でデビュー。1995年「この人の閾」で芥川賞受賞。「ストーリー」のない何気ない日常を描くことを得意とし、静かな生活の中に自己や世界への問いかけを平明に記していく内省的な作風。以後の主要な長編に『季節の記憶』『カンバセイション・ピース』『未明の闘争』がある。

評論やエッセイにおいては、小説を読んでいる時の時間の中にしかないもの、梗概よりも細部を重視すべきもの、思考の形式と定義し、巷間の小説に対する「文学的」な意識を批判している。『揺藍』、『コーリング』、『残響』、『〈私〉という演算』などの中・短編作品を経て、創作においても批評性・実験性を強めた。

フランツ・カフカサミュエル・ベケット小島信夫田中小実昌深沢七郎などの影響を受けている。愛猫家であり、ほとんどの作品に重要な要素として猫が登場する。

経歴

山梨県に生まれ、3歳より鎌倉で育つ。栄光学園高校早稲田大学政治経済学部卒業。6年間の大学在学期間のうちの5年目から小説の習作を始め、6年目に同人誌『NEWWAVE』を発行、メンバーには大崎善生松沢呉一長崎俊一などがいたが、1号で廃刊となる。大学卒業後の1981年、小説を書く時間のありそうな職場として西武百貨店のコミュニティ・カレッジに就職、哲学や現代思想のワークショップを企画する。随筆や他者の作品の解説などで度々書いているようにもともと早い段階から職業作家を目指していたといい、30歳を目前にして尻に火がつく思いで書いたという『ヒサの旋律の鳴り渡る』(著者のサイトでメール小説として販売)、『グノシエンヌ』(未発表)、『揺藍』(『明け方の猫』所収)などの執筆を経て、1990年、『プレーンソング』を『群像』に発表しデビュー。1993年、『草の上の朝食』で野間文芸新人賞受賞。同年に会社を退職する。

1995年、文芸誌『新潮』に発表した「この人の閾」で芥川龍之介賞受賞。友人である「ぼく」を視点として、平凡な女性の静かな日常を描き、選考委員の日野啓三より「明日世界が滅ぶとしたらこんな最後の一日を過ごしたい」と高く評価された。1997年、『季節の記憶』で谷崎潤一郎賞平林たい子文学賞を受賞。穏やかな生活を描くこれまでの作風に子供の視点を加えて、日常の中に時間や自然への問いかけを織り込み評価された。2003年、2年半の歳月を費やした『カンバセイション・ピース』を刊行、前作までの作風を引き継ぎつつ古い家を舞台に死や記憶への思考を展開した。同年より『新潮』連載開始の長編論考『小説をめぐって』では、カフカをはじめ小説作品を実際に読みまた解きながら、小説の現状やその可能性を考察している(『小説の自由』『小説の誕生』『小説 世界の奏でる音楽』として書籍化)。『群像』2009年11月号より7年ぶりの長編として連載した『未明の闘争』で、2013年に野間文芸賞を受賞。

人物

妻の清水みち英文学者で、昭和女子大学人間文化学部英語コミュニケーション学科准教授。『週刊朝日』(2006年2月24日号)の連載「夫婦の情景」にて夫妻で紹介された。

カルチャーセンター勤務一年目に、「ポロポロ」などの短編作品に感銘を受けて敬愛していた田中小実昌に講師を頼み、翻訳教室を企画。以後たびたび連絡を取っており、2000年に田中が死去した際には「小実昌さんのこと」という、田中を追悼するエッセイ風の小説を執筆した(『生きる歓び』収録)。また田中への興味から田中の師匠格にあたる小島信夫に興味を持ち、1989年より交流を始め、小島の再評価を行うようになる。2006年には20年近く絶版状態だった小島の長編『寓話』を、ホームページで協力者を募り個人出版している。

映画監督長崎俊一とは中学、高校時代の同級生であり、大学時代は長崎や矢崎仁司の自主映画に役者として携わっている。2006年には矢崎の映画『ストロベリーショートケイクス』に、中村優子演じるデリヘル嬢の客役で出演した。

将棋が趣味であり、羽生善治の将棋がいかに画期的であるかを論じた本、『羽生~21世紀の将棋~』も刊行している。

シェリングの哲学に関心があり、『人間的自由の本質』を熟読している[1]

著書

小説

  • プレーンソング(講談社、1990年)のち文庫
  • 草の上の朝食(講談社、1993年)のち文庫
    • 『プレーンソング』と『草の上の朝食』は講談社文庫から二作合本で刊行されたが絶版。現在はそれぞれ別に中公文庫に収められている。
  • 猫に時間の流れる(新潮社、1994年)のち文庫
  • この人の閾(新潮社、1995年)のち文庫
    • 併録:「東京画」「夏の終わりの林の中」「夢のあと」
  • 季節の記憶(講談社、1996年)のち中公文庫
  • 残響(文藝春秋、1997年)のち中公文庫
    • 併録:「コーリング」
  • <私>という演算(新書館、1999年)のち中公文庫
    • 「写真の中の猫」「そうみえた『秋刀魚の味』」「祖母の不信心」「十四歳…、四十歳…」「あたかも第三者として見るような」「閉じない円環」「二つの命題」「<私>という演算」「死という無」
  • もうひとつの季節(朝日新聞社、1999年)のち中公文庫
    • 『季節の記憶』の続編
  • 生きる歓び(新潮社、2000年)のち文庫
    • 併録:「小実昌さんのこと」
  • 明け方の猫(講談社、2001年)のち中公文庫
    • 併録:「揺籃」
  • カンバセイション・ピース(新潮社、2003年)のち文庫
  • カフカ式練習帳(文藝春秋、2012年)
  • 未明の闘争(『群像』2009年11月号~2013年6月号)
    • 著者にとって7年ぶりの長編小説。『文学の定型的思考を打ち破る』との惹句が誌面にある。

随筆・評論・対談

  • 羽生~21世紀の将棋~(朝日出版社、1997年)のち『羽生—「最善手」を見つけ出す思考法』と改題、光文社・知恵の森文庫
  • アウトブリード(朝日出版社、1998年)のち河出文庫
  • 世界を肯定する哲学(ちくま新書、2001年)
  • 小説修業(朝日新聞社、2001年)小島信夫との共著、のち中公文庫
  • 書きあぐねている人のための小説入門(草思社、2003年)のち中公文庫
  • 小説の自由(新潮社、2005年)
  • 途方に暮れて、人生論(草思社、2006年)
  • 小説の誕生(新潮社、2006年)
  • 「三十歳までなんか生きるな」と思っていた(草思社、2007年)
  • 小説、世界の奏でる音楽(新潮社、2008年)
  • 猫の散歩道(中央公論新社、2011年)
  • 魚は海の中で眠れるが鳥は空の中では眠れない(筑摩書房、2012年)

その他の関連人物

  • 樫村晴香 - 友人の哲学者
  • 室井滋 - 早稲田大学出身の女優。大学時代に自主映画に出演していた際に保坂と面識を持ち、保坂の卒業後も食事を奢られるなど付き合いが続いていた。保坂が『草の上の朝食』を出版した際には帯に推薦文を寄せている。

参考文献

  • 河出書房新社『文藝』2003年夏号(特集・保坂和志)

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. 保坂和志『小説の自由』新潮社(2005)


外部リンク


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