人工無脳

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人工無脳(じんこうむのう)とは、人工知能に対応する用語で、英語圏ではchatterbot、もしくはchatbotと呼ばれ、その訳語として会話ボットあるいはおしゃべりボットとも呼ばれることがある。

ボトムアップ的な人工知能のアプローチでは「人らしさ」に到達するまでの道のりが遠いので、トップダウン的に「人らしさ」のモデルを作りこむことで「人らしさ」を作り出そうとする立場。およびその立場で作られたシステム・モデル・ソフトウェアなどを指す。

会話ボットは、1人以上の人間とテキストまたは音声で知的な会話をすることをシミュレートするプログラムである。一見して知的に人間の入力を解釈して応答しているようだが、会話ボットの多くは単にキーワードを拾って、内部のデータベースとのマッチングによって、最もそれらしい応答を返しているだけである。

概要

1966年ジョセフ・ワイゼンバウムELIZAと呼ばれるchatterbotシステムをアメリカで発表し、これを参考に様々なchatterbotシステムが生まれ、進化を遂げた。この過程で日本にも輸入され、日本語という英語などと比較して特殊な言語を土壌として日本独自の進化を遂げてきた。しかし、当時のソフトウェアやハードウェアで現存するものは少なく、具体的にどのような進化を辿ってきたのかは定かではない。

なお、日本独自の進化をせざるを得なかった日本語の特殊性として最も大きなものに、通常は英語などのように分かち書きされていない(単語同士がスペースで区切られていない)ため、どこまでが単語であるかを判断するのが困難であったという点が挙げられる。現在では、自然言語処理の研究の進展や、飛躍的に向上したコンピュータの記憶容量と処理速度により、形態素解析などの日本語解析の手法を用いることで、英語などの分かち書きを行う言語に近い土俵に立てるようになったと言える。

人工知能(AI)に対して「人工無能」とも呼ばれるものであるが、「無能」のネガティブなイメージもあり、「人工無脳」とする表記が古くからあり、好まれている[1]

日本ではパソコン通信のサービスのひとつ「チャット」においてメジャー化された。 当時は漢字入力ができないことが普通で、カタカナだけの会話であったため、読みやすくするためにわかち書きにすることが一般的であった。 そのため構文解析の手間が少なく、知能エンジンの洗練化が進んだ。 しまいには会話の相手が人間なのか人工無能なのか区別がつきにくくなり、人工無能の会話にはそれと示すマークをつけるようにされた。

有名な人工無脳として、「ゆいぼっと」や「Chararina(旧:ペルソナウェア)」「伺か」、「よみうさ」、「人工無能うずら」、「ししゃも」がある。 コンピュータによる合成音声の出力ができるものもあり、K仲川の「人工無脳ちかちゃん」(IBM ViaVoiceのエンジンを利用)や、佐野榮太郎のA.R.M.S(株式会社リコーの規則音声合成エンジンを利用)がある。

コンピュータゲームに応用したものとして、古い作品にはEmmyがある。SCEの開発したゲームソフトであるどこでもいっしょのキャラクター「トロ」をはじめとするポケットピープル(略称:ポケピ)やWindows Live メッセンジャー のアドバイザー「まいこ」なども人工無脳に類するキャラクターである。

手法

会話をよく理解することで、意味のある対話が続けられるが、ほとんどの会話ボットはそれができていない。その代わり、会話ボットは人間の発した特定の単語やフレーズを認識することで「会話」することが多い。そうすることで会話を真に理解していなくとも、意味がある(通る)ように見える事前に準備された応答を返すことができる。

例えば、人間が "I am feeling very worried lately,"(私は最近とても心配だ)と入力したとき、会話ボットは "I am" というフレーズを認識し、そこを "Why are you" に置き換えて最後に疑問符をつけ "Why are you feeling very worried lately?"(なぜあなたは最近とても心配だと感じているのか)と応答する。同様の手法として、例えば著名人の名前を人間が出してきたとき、それが内部のデータベースにあれば "I think they're great, don't you?"(彼らはすごいよね)などと応答する。特に会話ボットの仕組みを知らない人間はこのような手法によって会話が成り立っていると感じさせられる。会話ボットに批判的な者はこのような錯覚をELIZA効果と呼ぶ。

会話ボットに分類されるプログラムの中には異なる原理で動作するものもある。例えば Jabberwacky では、人間が新たな事実や言語を学ぶ方法をモデル化しようとしている。ELLA自然言語処理の技法を利用してもっと意味のある応答をしようとしている。ユーザインタフェースとして自然言語を利用する SHRDLU のようなプログラムは、会話の領域がそのプログラムの知っているシミュレートされた世界に限定されるため、会話ボットとは呼ばれないのが一般的である。逆に SHRDLU などは内部のシミュレートされた世界に関する知識に基づいて会話しているため、会話ボットよりも人工知能としてのレベルが高い。

初期の会話ボット

初期の会話ボットとしては、ELIZAPARRY がある。その後、RacterVerbotA.L.I.C.E.ELLA などが登場した。

会話ボットの研究分野としての成長により、様々な目的の会話ボットが作成されてきた。ELIZA や PARRY はある型にはまった会話だけに使われたが、Racter は The Policeman's Beard is Half Constructed という物語を「書く」のに使われた。ELLA は会話ボットの可能性を広げるため、ゲームや役に立つ機能を各種搭載している。

会話ボット(ChatterBot)という用語は1994年、Verbot や Julia といった会話ボットを開発した Michael Mauldin が Twelfth National Conference on Artificial Intelligence で発表した論文で、この種の会話プログラムを指す言葉として使ったのが最初である。

悪意ある会話ボット

悪意ある会話ボットを使って、インターネット上のチャットルームをスパムであふれさせたり、他者の個人情報を明かすようそそのかしたりする状況がしばしば見られる。このような会話ボットは Yahoo! Messenger.NET Messenger Service といったインスタントメッセンジャーサービスや特定のコミュニティのチャットルームなどに出現する。

人工知能における位置づけ

最近の人工知能(AI)研究は実用性のある技術的課題に重きを置いている。これを弱いAIと呼び、知性と推論能力を必要とする強いAIと区別している。

AI研究の一分野として自然言語理解の研究がある。弱いAIにおいては、自然言語理解のための特殊なソフトウェアやプログラミング言語を利用する。例えば、最も人間に近い自然言語を話す会話ボット A.L.I.C.E.AIML という特殊な言語を使っている。A.L.I.C.E. も推論などとは無縁な単なるパターンマッチングに基づいて動作し、これは1966年の最初の会話ボット ELIZA と基本的に変わっていない。

JabberwackyKyle はそれよりも若干強いAIに近く、ユーザーとのやり取りから学習し、新たなユニークな応答を生成することができる。これらはある程度の効果を発揮するものの、様々な自然言語にまつわる問題への対処はまだ十分ではなく、汎用的な自然言語による対話が可能な人工知能は未だ存在しないと言わざるを得ない。このため、ソフトウェア開発者はこういった技術をより実用的な目的(情報検索など)に応用する方向に向かっている。

チューリング・テストの議論では、人工知能が真の知性を持っているかを判断することの難しさが指摘されている。例えば、ジョン・サール中国語の部屋ネド・ブロックブロックヘッドなどがよく知られている。

  1. 成書のタイトルを見ると、『人工無脳』(1987年5月ビー・エヌ・エヌ刊)『恋するプログラム - Rubyでつくる人工無脳』(2005年4月毎日コミュニケーションズ刊)『はじめてのAIプログラミング - C言語で作る人工知能と人工無能』(2006年10月オーム社刊)となっている

関連項目

外部リンク