ポリティカル・コレクトネス
ポリティカル・コレクトネス(テンプレート:Lang-en-short)とは、言葉や用語に社会的な差別・偏見が含まれていない公平さのこと。職業・性別・文化・人種・民族・宗教・ハンディキャップ・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現、およびその概念を指す。
1980年代に多民族国家アメリカ合衆国にて始まった、「用語における差別・偏見を取り除くために政治的な観点から見て正しい用語を使う」という意味で使われる言い回しである。「偏った用語を追放し、中立的な表現を使用しよう」という運動のみでなく、差別是正全体を指すこともある。この運動は日本語など、他の言語にも持ち込まれ、いくつかの用語が置き換えられるに至った。しばしば(伝統的な)文化や概念と対立する。
日本語では「政治的に正しい」と訳される場合があるが、それを皮肉った『~おとぎ話』などの書籍も存在する。
概要
この立場では、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・障害・年齢・婚姻状況などによる社会的な差別・偏見が含まれていない公平な表現・用語を推奨している。適切な表現が存在しない場合は、新語が造られることもある。
英語の敬称においては、男性を指す「テンプレート:ルビ」が未婚・既婚を問わないのに対し、女性の場合は「テンプレート:ルビ」(未婚)、「テンプレート:ルビ」(既婚)と区別されるが、それを女性差別だとする観点から、未婚・既婚を問わない「テンプレート:ルビ」という表現に置き換えられるようになった。この語は、「mister」の女性形で、未婚・既婚を問わない語として17世紀頃に使用されていたが、その後、「Miss」「Mrs.」に置き換えられていた。それがポリティカル・コレクトネスによって復活したことになる。
人種・民族においては、黒人を指す「テンプレート:ルビ」がアフリカ系アメリカ人を意味する「テンプレート:ルビ」に置き換えられた。しかし、両者は厳密には同一ではない(肌が黒いからアフリカ系だとは限らず、アフリカ出身だから黒人だとも限らない)。また、「アフリカ系アメリカ人」という表現は、アメリカでの歴史が長い家系(奴隷の子孫で、英語を母国語とする者)とそうでない近年の移民(英語を母語としない者)を同じ枠で括ってしまうことになるため、特に前者の中にはそう呼ばれるのを嫌がる者もいる。
一方、本来はインド人を意味する「テンプレート:ルビ」がアメリカ州の先住民族を指すことが多かったため、カナダでは「テンプレート:ルビ」、米国では「テンプレート:ルビ」という表現に置き換えられた。
職業名に(伝統的に男性であることを示唆する)「~man」がつくものは女性差別的であり、ポリティカル・コレクトネスに反するとして、「~person」などに変更されているものがある。以下のようにすでに定着している表現も多くなってきた。
職業 | 伝統的な表現 | ポリティカル・コレクトな表現 |
---|---|---|
議長 | chairman | chairperson または chair |
警察官 | policeman | police officer |
消防官 | fireman | fire fighter |
実業家 | businessman | businessperson |
要の人物 | key man | key person |
専業主婦など、女性であることが当然と決め付けるような表現も問題となる。固有名詞であるウルトラマンやスーパーマン、スパイダーマンはウルトラパーソンやスーパーパーソン、スパイダーパーソンとは言い換えない。同様にアンパンマンもアンパンパーソンと言い換える必要はない。一方、ダイナマンのようにそれを職業ととらえるかで議論の余地のある物もある。デビルマンの場合、アニメ版では固有名詞であるので言い換えないが、漫画版では種族名であるので、デビルパーソンとなる。
また、身体的特徴を持つ人を述べる際には、その特徴に直接言及することは避けて婉曲表現を用いる。例えば、「精神障害のある」を意味する「mentally challenged」という表現、「耳の不自由な」を意味する「hearing-impaired」という表現。
特定の用語の使用だけでなく、言葉の表現の仕方だけで問題になる場合もある。例えば、アメリカの大統領候補であったロス・ペローは、ある公開質問の場において、黒人の観衆からの質問に対して「あんたたち」(テンプレート:Lang-en-short)という表現を多用した。これが黒人をよそ者扱いしているとして批判された。
さらに、特に北米などで多様な宗教に配慮をしようという動きも含まれる。例えばクリスマスはキリスト教の行事であるため、公的な場所・機関、大手企業では他の宗教のことも考慮して「メリー・クリスマス」と言わずに、「ハッピー・ホリデーズ」(他の宗教の人たちも年末年始は休日になるので)と言い換えたほうがよいとされる。クリスマスカードも「Season's Greeting(季節のご挨拶)」に書き換えられているものが多い。2004年の年末の記者会見では、ブッシュアメリカ合衆国大統領も「メリー・クリスマス」ではなく、「ハッピー・ホリデーズ」と述べた。また、イタリアでは小学校の年末の演劇会において、例年恒例であったキリスト生誕劇を止めて、『赤ずきん』に変えるというところも現れた。しかし、これらに対しては伝統や文化の否定であるという意見もあり、論争となっている。
既に述べられたとおり、「スパイダーマン」「スーパーマン」が「スパイダーパーソン」「スーパーパーソン」にはなり得ないように、マンホールを意味する語を「manhole」から「personhole」と言い換えるのはさすがに行き過ぎとの批判も存在する。また日本における言葉狩りの批判と同じように、表層を変えるだけで何の本質的な意義がないとの批判も存在する。1993年には「ポリティカリー・コレクトという概念を盲目的に信仰する」姿勢を皮肉り、敢えて自分の意見を主張するという趣旨のトーク番組[1]の放送が始まった(ビル・マーも参照)。
一部の言語では、元来女性がその職務に就くことが想定されていなかったため、単純に女性形にすると「(職業名)の妻」などの意味になってしまうなど、適切な女性形がない場合もある。
例
言語 | 言葉 |
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ドイツ語 |
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オランダ語 |
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スウェーデン語 |
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また、名詞の性によって動詞や形容詞の活用が左右されるため、男性形と女性形を分けるのが基本であるフランス語のように、このような言い換えが馴染まない言語も少なくない。
日本における実例
日本においても、ポリティカル・コレクトネスの考え方により、用語が改正された事例がある。
一般用語
従来の用語 | 中立の用語 | 備考 |
---|---|---|
看護婦・看護士 | 看護師 | 2002年の保健師助産師看護師法改正による。 |
障害者 | 障がい者 | 「害」の字は周囲に害を与えるという印象を回避するため。2000年代後半頃より一般化。 |
助産婦 | 助産師 | 2002年の保健師助産師看護師法改正による。 ただし現行では資格付与対象は女性限定である(同法3条)。 |
保健婦 | 保健師 | 2002年の保健師助産師看護師法改正による。 |
保母 | 保育士 | 1999年の児童福祉法改正による。 |
スチュワーデス、スチュワード | 客室乗務員、フライトアテンダント | 1996年に日本航空は前者呼称を廃止、他社も追随した。 |
土人 | 先住民 | 1997年、北海道旧土人保護法廃止。 |
トルコ風呂 | ソープランド | 1984年から改称。 |
肌色 | ペールオレンジ、うすだいだい | クレヨン、クレパスの色改名(ネグロイドの肌は褐色、白人の肌は白)。 |
ブラインドタッチ | タッチタイピング | 1990年代半ばより一般的。 |
学校などで名前を呼ぶとき、男子に「~君」、女子に「~さん」を用いていたのを、男女とも「~さん」と呼ぶことが提案されテンプレート:誰、テンプレート:要出典範囲逆に、慶応義塾は男女とも「~君」で呼び合う。(「先生」は創設者福澤諭吉だけという考え方から教授を含む教師陣も含めすべて君付けで呼び合う。)また、呼び捨てを好んで用いる教師もいる。テンプレート:誰範囲
医学用語
従来の用語 | 中立の用語 | 備考 |
---|---|---|
痴呆症 | 認知症 | 2004年、厚生労働省による改名。 |
精神分裂病 | 統合失調症 | 2002年、日本精神神経学会による改名。 |
らい病、癩病 | ハンセン病 | 1996年、らい予防法廃止。 |
認知症、統合失調症などは言葉を変えた事により当事者や家族の気持ちが多少なりとも楽になった。 このように言葉を変える事による心理的影響は無視できない。一概に言葉狩りと言って否定する事に対する批判もある。
生物名
従来の用語 | 言い換え語 | 備考 |
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アシナシゲンゲ | ヤワラゲンゲ | 2007年、日本魚類学会による改名 |
イザリウオ | カエルアンコウ | 2007年、日本魚類学会による改名 |
オシザメ | チヒロザメ | 2007年、日本魚類学会による改名 |
セムシウナギ | ヤバネウナギ | 2007年、日本魚類学会による改名 |
バカジャコ | リュウキュウキビナゴ | 2007年、日本魚類学会による改名 |
ミツクチゲンゲ | ウサゲンゲ | 2007年、日本魚類学会による改名 |
メクラウナギ | ヌタウナギ | 2007年、日本魚類学会による改名 |