ヘイトクライム

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ヘイトクライムテンプレート:Lang-en-short)、憎悪犯罪[1]とは、人種民族宗教性的指向などに係る特定の属性を有する個人や集団に対する偏見や憎悪が元で引き起こされる暴行等の犯罪行為を指す[2]。アメリカ連邦公法によれば「人種・宗教・性的指向・民族への偏見が、動機として明白な犯罪(Public Law101-275)」と定義されている[3]前田朗によれば「人種・民族・国民的な差異をことさらにターゲットにして行われる差別行為とそうした差別の煽動」[4]でありヘイトスピーチと概念は重複する。

概要

1970年代米国で発生した概念である[2]。 この概念が広く注目を集めるに至ったのは、ワイオミング州にてマシュー・シェパードという同性愛者の惨殺事件が発生し、更にはテキサス州で3名の白人至上主義者らによる一人の黒人男性の殺害事件が発生した1998年のことであった。時のアメリカ大統領ビル・クリントンによる非難声明が発されるなどして広く注目を集めたこれらの事件は、やがてヘイトクライム撲滅運動それ自体の象徴として記憶される事柄となった[5]。この事件をきっかけに起草された、性的指向性自認障害を理由とした犯罪を新たにヘイトクライムに規定するマシュー・シェパード法2007年に議会に提出され、2009年10月28日バラク・オバマ大統領の署名で成立した。

様相

テンプレート:出典の明記 注意点として、ヘイトクライムはその被害者が必ずしも少数者に属する者とは限らないということがあげられる。連邦捜査局による1998年度アメリカの人種に基づくヘイトクライム統計では少数者の黒人による多数者の白人に対するヘイトクライムが全件中の1割以上を占めるという報告されている。また、他の少数者によるものや、同人種間でのヘイトクライムも報告されている[5]。ヘイトクライムは、行われる場においての多数対少数という状況の下、多数による少数への暴力という形で起こり得ることが多いとされている。

また、あくまでも犯行の動機が人種民族宗教性的指向といったものに起因する偏見や差別感情に基づく犯罪に対して用いられる言葉であって、単に加害者と被害者が別民族、別人種であるというだけではヘイトクライムに該当しない点にも留意すべきである。

アメリカ

アメリカでは、1992年ロサンゼルス暴動時に、白人警官の有色人種に対する人種差別的感情から起きたロドニー・キング事件や、韓国系アメリカ人によるラターシャ・ハーリンズ射殺事件を発端とした韓国系アメリカ人が経営する店舗への襲撃事件が起きている。21世紀に入ってからも、バージニア工科大学銃乱射事件オイコス大学銃乱射事件2001年9月11日アメリカ同時多発テロ以降の情報源・報道、偏見・無知による非キリスト教徒を標的とした殺人[6][7]など、様々なヘイトクライムが指摘されている。

オーストラリア

では短期就労ビザや留学ビザにより滞在しているアジア系外国人に対して路上で通りすがりに襲撃するような粗暴犯罪が多く報告されており、人種差別犯罪に対する特別な行政プログラムを有するにも拘らず犯罪抑止力として十分に機能していない実態がある。オーストラリアではカレー・バッシングと称するインド人襲撃事件が起きている。

韓国

この国ではテンプレート:誰範囲2

日本

この国ではヘイトクライム(憎悪犯罪)としての犯罪類型は存在していないが、類例として主張されているものにテンプレート:誰範囲22009年京都朝鮮学校公園“占用抗議”事件[8][9]などがある。

ハンガリー

ハンガリーでは少数民族ロマへの襲撃事件が頻発し、ロマから死傷者が出ている[10]

各国のへイトクライム関連法

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アメリカ合衆国

連邦法として次の法律が制定されている。(※大半の州では州法により別途厳罰規定あり)

  • 連邦保護活動法(1968年、通称「KKK法[11]」) — 「公立の学校への通学」「投票」「州や自治体の施設での活動」「州裁での陪審員としての義務遂行」「州際通商に関する施設での活動」「公共施設での活動」の6つを「連邦保護活動[12]」と定義し、人種や国籍、宗教に対する偏見に基づく、暴力、脅迫などの犯罪行為を禁じる[13][14]
  • ヘイトクライム統計法(1990年)[15] — 統計の対象になる犯罪は、殺人、故殺、婦女暴行、過重暴行、単純暴行、脅迫、放火、破壊、器物損壊。また法によって司法長官に統計対象の犯罪リストへの自己裁量で追加・削除ができる権利が付与されており、強盗、住居進入、自動車窃盗などもデータ収集の対象に加えられている[16]
  • ヘイトクライム判決強化法(1994年)[17] — 1994年暴力犯罪制御法執行法の一部として成立しており、ヘイトクライム犯に対して通常の犯罪の刑罰より反則レベルを3段階厳しくし重い刑を適用するよう米国判決委員会の判決ガイドラインを修正するもの[18][19]テンプレート:仮リンク

イギリス

  • テンプレート:仮リンク — イギリスでは、公共秩序法の規制する類型のひとつとして、人種的嫌悪を煽動した者、あるいは文書等を所持・頒布等した(例外規定あり)者は、2年以下の拘禁、又は罰金、若しくはその両方、略式の有罪判決によるばあいは6ヶ月以下の拘禁、または罰金、若しくはその両方(第27条3項目)とされる[20]。刑罰については2001年のアメリカ同時多発テロを受け、テンプレート:仮リンクによって、人種的憎悪扇動罪[21]は刑罰を2年から最高7年に引き上げ[22]られている。宗教的憎悪は1986年法では定義に含まれていなかったが2007年に規制対象化。なお本法の保護法益は公共の秩序であり居室内や閉鎖されたグループ内での行為を制限するものではない。

イタリア

ドイツ

日本

2013年現在のところ、日本では「偏見の存在が動機として明白な」犯罪を他の犯罪と比較して特別に重くすることを規定した一般法や特別法は制定されていない。ヘイトクライム立法を求める意見があるが、思想の自由表現の自由との兼ね合いや恣意的な運用への懸念から、ヘイトクライム立法はなされていないのが現状[23]である。前田朗によれば2000年代後半から断続的に繰り返される在日特権を許さない市民の会などのデモや一連の行為はヘイトクライムであり、ヘイトスピーチを含むヘイトクライムの法規制を検討すべき[24]だとする。

2013年5月30日には、参議院法務委員会において有田芳生参議院議員は日本における人種差別の問題について取り上げた際に「人種差別法あるいはヘイトスピーチ、ヘイトクライムに対する禁止法」という言葉を用いている[25]。なお、その際に有田芳生参議院議員は日本における人種差別の実態に関する調査委員会などを設置について政府へ質問が出た際に、谷垣禎一法務大臣は「人権擁護機関による人権侵犯事件の調査活動という観点から、人権状況の把握には我々も力を入れて努めなければならない」とした上で「今の人権擁護機関の仕組みを超えた調査機関を設けるということは現時点では考えておりません」と答弁している[26]

前田朗は全体の研究課題を1立法事実論、2ヘイトクライム統計法、3比較研究法、4立法政策論、5憲法論、6人種差別扇動処罰規定の可否、7警察と裁判所の権限の可否、8具体的な犯罪規定の検討などの8点に整理し、具体的な犯罪規定としてイギリス、ケニアなど世界50カ国の「ヘイトクライム規制法」を例示している[27]。これによるとチェコ、ケニア、イギリスなどでヘイトスピーチ規制は暴力を含めたヘイトクライム法の中に人種的憎悪扇動として含まれており、「表現の自由を守るためにも今日、増加している人種差別や憎悪扇動の発言を規制する必要がある」と言う[28]

フランス

ヘイトクライム関連法の問題点

アメリカ合衆国では、「ヘイトクライム判決強化法(1994年)[29]」が制定されているが、その制定過程の議論において、また運用後において問題点が指摘されている。

特定の行為を「ヘイトクライム」と定義することで、むしろ偏見が助長されるとみる識者も少なくない[30]。ヘイトクライム法案成立運動を「特定グループが自分のグループを利するための運動」、「特定グループを優遇するのは逆差別」と指摘されることがある[31]

また、同じ窃盗罪でもヘイトクライムなら重刑になるというのは、刑法上のアファーマティブ・アクションになるという見方からアメリカ合衆国憲法修正第14条に含まれる平等保護の条項との関連を指摘する法学者も少なくない[32]

1990年代の米国ニューヨーク市でおこった韓国系アメリカ人と黒人、黒人とユダヤ人との摩擦や暴動の事例では、ヘイトクライム厳罰法支持を訴えて市長に当選したディンキンズ(初のニューヨーク黒人市長であった)にとって試練となった。「相手が起こした事件はヘイトクライムであるのでヘイトクライム法に基づいて厳罰に処すべき」だと訴える声が後を絶たなくなり、実際は事実関係さえ整理できない「ののしり合い」や「いさかい」といった類のものが大半であった。結局この問題は1993年選挙の敗因の一つとなり、「ヘイトクライムに対するゼロ・トレランス(容赦なし)」の姿勢で挑んだディンキンズではなく、鬼の元連邦検事として立候補したジュリアーニの打ち出した、犯罪に対して徹底的に挑む「アンチ・クライム」というスタンスがニューヨーク市民に有効に働いたとされる[33]

内野正幸はドイツやフランスのヘイトクライム立法に対し「本来自由であるべきだと思われるような表現行為に対してまで、適用される傾向」があると指摘している[34]

出典

テンプレート:Reflist

参考文献

  • 前田朗 『ヘイト・クライム―憎悪犯罪が日本を壊す』 三一書房労働組合 2010年 ISBN 978-4-902773-26-2
  • 前田朗編 『なぜ、いまヘイト・スピーチなのか』三一書房 2013年 ISBN 978-4-380−13009-0
  • 金漢一 『朝鮮高校の青春 ボクたちが暴力的だったわけ』 光文社 2005年 ISBN 978-4-334974-80-0
  • 石平 『日本被害史 世界でこんなに殺された日本人』 オークラ出版 2012年 ISBN 978-4775519806
  • 新恵理「アメリカ合衆国におけるヘイトクライム処罰法がもたらしたもの」犯罪社会学研究第26号2001年、日本犯罪社会学会[1]
  • 前嶋和弘「ヘイトクライム [憎悪犯罪] 規正法とその問題点」(アメリカ・カナダ研究 2000 上智大学アメリカ・カナダ研究所)[2] [3]
  • 「現代イギリスにおける公共秩序法の研究」元山健(早稲田法学1988-12-25、早稲田大学法学会)[4][5]

関連項目

外部リンク

テンプレート:レイシズム

テンプレート:Poli-stub

テンプレート:Crime-stub
  1. Yahoo!辞書ヘイトクライム
  2. 2.0 2.1 ブリタニカ百科事典ヘイトクライム テンプレート:En icon
  3. 「アメリカ合衆国におけるヘイトクライム処罰法がもたらしたもの」新恵理(犯罪社会学研究第26号2001年、日本犯罪社会学会)[6]P.141,PDF-P.1
  4. 「ヘイト・クライム―憎悪犯罪が日本を壊す」前田朗(三一書房労働組合 2010/04)
  5. 5.0 5.1 前嶋和弘,文教大学人間科学部準教授ヘイトクライム〔憎悪犯罪〕規正法とその問題点
  6. テンプレート:Cite news
  7. テンプレート:Cite news
  8. 『世界』(7月号)中村一成「ヘイトクライムに抗して──ルポ・京都朝鮮第一初級学校襲撃事件」
  9. テンプレート:Cite news
  10. テンプレート:Cite news
  11. テンプレート:Lang-en-short
  12. テンプレート:Lang-en-short
  13. 18 U.S.Code§245
  14. 前嶋和弘「ヘイトクライム [憎悪犯罪] 規正法とその問題点」(アメリカ・カナダ研究 2000 上智大学アメリカ・カナダ研究所)[7] [8]
  15. テンプレート:Lang-en-short
  16. 前嶋和弘2000
  17. テンプレート:Lang-en-short
  18. 例えば過重暴行の場合、判決ガイドラインに定められた基本となる反則レベルは15だが、ヘイトクライムが認められた場合18となり、実際の判決も「禁固18カ月~24カ月」から「禁固27カ月~33カ月」と厳しくなる。
  19. 前嶋和弘2000
  20. 「現代イギリスにおける公共秩序法の研究」元山健(早稲田法学1988-12-25、早稲田大学法学会)P.108、PDF-P.52[9][10]
  21. テンプレート:Lang-en-short。日本語訳については元山(1988)[11]P101、PDF-P.45
  22. Anti-terrorism, Crime and Security Act 2001. Part5 Race and Religion. 40 Racial hatred offences: penalties In section 27(3) of the Public Order Act 1986 (c. 64) (penalties for racial hatred offences) for “two years” substitute “ seven years ”.(legislation.gov.uk)[12]
  23. 山口厚『刑法総論』(有斐閣)、大谷實『新版 刑法講義総論』(成文堂)、裁判所職員総合研修所監修『刑法総論講義案』(司法協会)、大塚仁『刑法概説(総論)』(有斐閣)他刑法総論の基本書多数。刑法135条(窃盗罪)
  24. 東京新聞2013-3-29「こちら特報部 欧州との違い 法規制なし」
  25. 第183回国会-参議院法務委員会第7号
  26. 第183回国会-参議院法務委員会第7号
  27. 前田朗『ヘイト・クライム法研究の射程ー人種差別撤廃委員会第79会期情報の紹介』P5~P13 P13http://ci.nii.ac.jp/search?q=%E5%89%8D%E7%94%B0%E6%9C%97&range=0&count=20&sortorder=1&type=0
  28. 前田朗『ヘイト・クライム法研究の射程ー人種差別撤廃委員会第79会期情報の紹介』P12、P13P13http://ci.nii.ac.jp/search?q=%E5%89%8D%E7%94%B0%E6%9C%97&range=0&count=20&sortorder=1&type=0
  29. テンプレート:Lang-en-short
  30. テンプレート:仮リンク(ニューヨーク大学法科大学院教授)など
  31. Jacobs and Potter,Hate Crimes
  32. James Morsch,“The Problem of Motive in Hate Crimes: The Argument against Presumptions of Racial Motivation,” Journal of Criminal Law and Criminology 82(1991)659-96
  33. 新恵理「アメリカ合衆国におけるヘイトクライム処罰法がもたらしたもの」犯罪社会学研究第26号2001年日本犯罪社会学会[13]
  34. 月刊機関紙『法と民主主義』435号(日本民主法律家協会、2009年1月)<刑事法の脱構築 1> 「人種差別の刑事規制について」