ダウガフピルス

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ファイル:Dvinsk 1912.jpg
1912年のダウガフピルス

ダウガフピルスラトビア語Daugavpils)はラトビア東端の都市。 ダウガヴァ川(ドヴィナ川)に跨る。

名称

  • ロシア語:ドヴィンスク Двинcк Dvinsk
  • ドイツ語:デューナブルク Dünaburg
  • イディッシュ語:デネンブルグ דענענבורג Denenburg
  • ポーランド語:ディネブルク、ヅヴィヌフ、ヅヴィンスク Dyneburg, Dźwinów, Dźwińsk(この内、ディネブルクとヅヴィンスクという名はポーランドにおいて今日でも使用される)
  • ベラルーシ語:ジヴィンスク Дзьвінск Dźvinsk
  • リトアニア語:ダウクピリス Daugpilis

地理

ダウガフピルスはラトビアの首都リガから南東に230kmほどの場所に位置し、ダウガヴァ川沿いにある。

この都市はベラルーシリトアニアに面しており、また120kmほどの国境がロシアと接している。この都市は美しい湖に囲まれている。

人口

ファイル:Daugavpils population 1772-2008.png
人口の推移(1772年–2008年)

人口は10万4857人(2009年現在)で、ラトビア第2の都市である。

各民族の構成は以下のようになっている。

歴史

1275年リヴォニア帯剣騎士団たちによって建設された城がこの都市の起源となっている。この都市は歴史を通じて様々な帝国の支配下に置かれ、名前も変わってきている。1918年のラトビアの独立に際し、"ダウガフピルス"となった。


文化

ダウガフピルスはラトビア東部において重要な都市である。22の小学校・中学校があり、4つの職業訓練学校、1つの芸術学校、またダウガフピルス大学とリガ工科大学の一部がある。

また、多くの歴史的建築物やモニュメントがある。特に18世紀よりある要塞は重要な史跡となっている。

ユダヤ教徒のデネンブルグ

ロシア帝国時代はユダヤ教徒居住区のヴィテプスク県に属した。 二つの鉄道の交わる地点にあった。 1897年のセンサスによれば人口は7万2231で、3万2369人がユダヤ人であった。


参考文献

  • Moskovskiya Vyedomosti, 1886, No. 234;
  • Voskhod, 1900, No. 53; 1901, Nos. 18 and 28; 1902, No. 40

有名な出身者

姉妹都市

関連項目

外部リンク

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