スルクフ (潜水艦)

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ファイル:Surcouf FRA.jpg
潜水艦「スルクフ」
艦歴
発注 シェルブール造船所
起工 1927年12月
進水 1929年10月18日
竣工 1934年5月9日、1940年9月より自由フランス海軍所属。
沈没 1942年2月18日
除籍 1943年12月6日
性能諸元
排水量 基準:2,880トン(水上)
満載:3,250トン(水上)、
4,304トン(水中)
全長 110m
全幅 9.0m
吃水 7.25m
機関 ズルツァーディーゼル機関(浮上航行用)
+電動モーター(水中用)
2基2軸推進
最大出力 7,600hp(ディーゼル)
3,400hp(電気モーター)
最大速力 水上:18.5ノット
水中:10ノット
航続距離 水上:10ノット/10,000海里、13.5ノット/6,800海里
水中:4.5ノット/70海里、5ノット/60海里
燃料 重油:306トン
実用深度 80m
乗員 8+110名
兵装 55cm魚雷発射管8門(艦首固定式単装発射管 4基4門+艦尾旋回型4連装発射管 1基4門)
40cm旋回型4連装魚雷発射管 1基4門
20.3cm(50口径)連装砲 1基2門
オチキス 37mm(50口径)単装機関砲 2基2門
13.2mm(76口径)[機関銃|連装機銃]] 2基4門(1942年に全撤去)
(1942年に12.7mm(62口径)連装機銃 2基に換装)
航空兵装 MB411水上機1機

スルクフ[1]Croiseur sous-marin Surcouf)はフランス海軍が建造した大型潜水艦である。主要任務は海上交通遮断だった。名の由来は19世紀初頭の船乗り兼海賊ロベール・スルクフから。

概要

スルクフは1926年度海軍計画により主に長期の通商破壊を任務とする艦として1隻のみ建造が開始され、1934年に竣工した。潜水艦としては異例と言える3,300トンに及ぶ基準排水量は、日本海軍伊四〇〇型潜水艦が登場するまでは世界最大だった。その巨体を生かした連続航行は90日と長期にわたる作戦行動が可能であり、この潜水艦の特徴は対水上用の兵装として1921年に定められたワシントン海軍軍縮条約で定められた潜水艦が搭載できる最大口径である条約制限一杯の8インチ(20.3cm)砲を2門も搭載していた。

艦形

ファイル:Surcouf-outlines-1932.svg
1932年の「スルクフ」の艦形のイラスト。

本艦の船体は最大幅が9mにもなる船体上のセイル(司令塔)の前部に20.3cm砲を収めた連装砲塔を埋め込むように整形されて1基を設置していた。射撃指揮所を兼ねたセイル上部には水密加工された4m旋回式測距儀が搭載されていた。

ファイル:Besson MB-411.jpg
本艦に搭載された水上機ベソンMB411の模型

司令塔の後部には水上機1基を格納する水密式の格納庫が設けられており、格納型のクレーン1基が内蔵されており、その中には索敵任務を遂行するためや商船を爆撃できる水上戦闘機が搭載されていた。機種はマルセル・ベソンMB411型低翼単葉複座水上機で、フロートは2つ、分解組み立てが可能だった。搭載数は1機であったがあまり活用されず、開戦時には水上機はおろされ格納庫は倉庫として使用されていた。水上機格納庫上部には、対空機銃が装備してあった。

甲板内には拿捕した船の乗務員を運ぶ動力付きのカッターを搭載、捕虜を得た時に備えて艦内に約40名を収容可能なスペースを備えていた。

武装

ファイル:Surcouf submarine model.jpg
本艦の断面模型。砲塔のバーベットが艦底部まで達している。

この主砲は重量134kgの砲弾を最大仰角30度で28,000mまで届かせることが出来る「Model 1924 20.3cm(50口径)砲」を「Model 1929」連装砲塔に収めた。動力は電動で、俯仰能力は仰角30度・俯角5度で、旋回角度は船体首尾線方向を0度として左右11度の旋回角度を持つ。搭載砲弾は600発、発射速度は毎分3発である。浮上後に砲口に填められた栓を外したり、防水装備を解除するなど砲撃準備をしてからでないと使用できず、発射可能になるまで浮上から2分30秒かかった。

この砲は実戦使用はされたことがないが、実用性は低かったと思われている。その理由は、浮上し戦闘準備を終えるまで標的は待ってくれず、場合によっては体当たりなどの思わぬ「逆襲」を受けかねないこと、浮上によって潜水艦の長所である秘匿性が失われ、攻撃時は潜水艦自身が危険に晒され続けること、大きな攻撃力を持つ巨砲も小さな船体では動揺が激しく命中させるのが著しく困難であるにもかかわらず、逆に潜水艦自身は防御力が皆無で機銃弾程度の被弾でも潜行不能に陥ることなどである。イギリス海軍にも本艦と同じコンセプトで建造された、13.2cm連装砲2基4門を持つ「X1」が存在する。第二次大戦後期までは潜水艦の浮上砲撃は十分有効であり、通商破壊戦では魚雷の節約のため雷撃後可能であれば浮上し、8~15cmほどの搭載砲で数十~百発以上の砲撃が撃沈まで必要であった。

その他に対艦攻撃用に艦首に55cm魚雷発射管を片舷2門ずつ計4門を配置している。対水上艦や商船攻撃用に後部甲板内部に四連装発射管を1基配置しており予備魚雷は16本である。他に商船攻撃用に40cm魚雷用の四連装魚雷発射管を1基搭載しており、予備魚雷8本を搭載していた。近接火器と対空火器としてオチキス社製の「1925年型 3.7cm(50口径)機関砲」を単装砲架で2基を配置していた。他に「オチキス 13.2mm(76口径)機関銃」を連装砲架で2基を搭載していた。

就役後の1942年に13.2mm機銃を全て撤去し、「12.7mm(62口径)機関銃」を連装砲架で2基に換装した。

艦歴

ファイル:Surcouf-outlines-1940.svg
1940年の「スルクフ」の艦形のイラスト。

竣工後、本艦は大西洋に面したブレストを母港とする第二水雷戦隊に所属し、モロッコダカール仏領ギアナに達するアフリカ大陸の仏植民地を周遊する試験航海を完熟訓練をかねて行ない、本艦の行動能力を実証した。第二次世界大戦において本艦は西インド諸島マルティニークにあり、その長大な行動能力を活かしてジャマイカからフランス本国を経由してイギリスに向かう輸送船団の護衛活動を開始した。フランス休戦後は1940年7月にイギリスで武装解除を受けたが、同年9月15日から自由フランスに所属した。1942年2月18日カリブ海で米商船「トムソンライクス(Thomson Lykes)」と衝突、沈没した。

フィクション

史実では全く役に立たないと酷評された本艦であったが、『主砲を積み砲撃が出来る潜水艦』という変わった特徴には人気があり、後の仮想戦記小説やコーエーのゲーム『鋼鉄の咆哮シリーズ』の設定にも影響を与えている。

2005年に公開された日本映画『ローレライ』と、原作となった『終戦のローレライ』(福井晴敏)に登場するイ507潜水艦はこのスルクフがナチス・ドイツによって鹵獲・改装され、日本に回航されていた、という設定になっている。日本海軍でのイ507、ドイツ海軍での艦番号UF4、いずれも実在の接収潜水艦の数より1多い番号がつけられている。 

注釈

  1. シュルクーフと呼ばれる場合もある。

関連項目

参考図書

  • 世界の艦船 増刊第17集 第2次大戦のフランス軍艦」(海人社
  • 「Conway All The World's Fightingships 1922-1946」(Conway)

外部リンク


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