アーセナル・シップ

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ファイル:Missile being launched from surfaced submarine.GIF
ミサイルを発射するアーセナルシップ

アーセナル・シップ (Arsenal ship) はアメリカ合衆国海軍が20世紀末頃に建造を計画していた新たな戦闘艦の種別の名称である。直訳すれば兵器庫艦となるが一般的にその名前で呼ばれることはない。コンセプトの構想からある程度詳細な設計までが行われたが、具体的な建造計画までには至らなかった。

戦闘艦の一種として外洋航行能力を備えた比較的大型の船体に、主に対地攻撃用の大量のミサイルVLS内に搭載するが、戦闘用レーダーを搭載せず、自衛用兵器も最小限度に留めているなど、意図的に兵器搭載量のみを拡大させた艦とされた。

前例のない艦である為、艦種の分類は定かではないが、アメリカ海軍はこれを「21世紀の戦艦」と呼んだ。

コンセプト

通常の戦闘艦は、対空・対水上・対潜用のレーダーや光学センサー、ソナーといった多様なセンサーを備え、友軍からの情報も電波によって入手して、戦闘時にはこれらからの情報を総合的に整理統合した上で、攻撃対象を選択し、攻撃指示を受けた射撃管制装置ミサイルや艦砲を制御し発射・誘導を行うのが基本である。

しかし、レーダーをはじめとする電子機器類は高価であり、情報を分析した上で攻撃を決定するためには高度な訓練を受けた多数の乗組員と高価な戦術情報支援システムが必要とされ、艦隊を組んで対地攻撃を行う場合にもすべての艦にこれらの能力を付与することの必要性に疑問が生じてきた。アーセナル・シップは建造費を抑えるため、データリンクシステムを除けば自艦に高価な電子機器を搭載せず、目標の探索・追跡や攻撃目標の決定に関わるあらゆる機能を省いて、決定済みの攻撃目標データを僚艦となるイージス艦やそれに類する司令部機能を備えた友軍から受けることで、攻撃を行うものであった。自らの武器使用の判断機能を他に委ねることで、電子機器類と共に人員も、操船と通信、搭載兵器の保守程度と大幅に削減できるために、艦内容積が搭載兵器へ集中でき、人件費を含めた運用コストも削減できるとされた。

このような艦が考案された背景にはCEC(共同交戦能力)と呼ばれるシステムの開発がある。これは複数の艦や航空機で情報を共有し艦隊の能力を高めようとしたもので、早期警戒機や僚艦のレーダーと情報を共有することで僚艦のレーダーに映ったものを自艦のレーダースクリーンに映したりすることが可能となった。これにより従来までは発見することができなかった水平線下や遠距離の目標を捉えられるようになり、電子機器を搭載しないアーセナル・シップのような艦でも、あたかもレーダーを持つ艦のように振る舞うことが可能となった。

開発経緯

アーセナル・シップのそもそもの始まりは1988年に発行されたアメリカ海軍協会誌プロシーディングスにまでさかのぼれる。同誌に載った艦の想像図は見た目こそ後の想像図とは異なるもののアーセナル・シップのように多数のVLSを搭載し自艦には射撃管制装置を搭載しないなど基本的なコンセプトはアーセナル・シップそのものであった。この艦は退役海軍中将が独自の論文として発表したもので、アメリカ海軍とは直接関係ないものであるが大きな影響を与えたのは疑いようがない。ただこの論文は注目を集めたもののすぐに海軍で採用されることはなかった。

本格的にアメリカ海軍で開発が開始されるのは1995年になってからで当時のジェレミー・ボーダ海軍作戦部長航空母艦に替わる打撃力としてアーセナル・シップを発案した。1995年に本格的に始まった計画は急速に進められ、1998年度予算で1隻装備を一部省いた実証試験艦を建造しVLSやCECの有効性を調べ、その後5隻の建造を行う予定であった。

しかし理論的にこのような艦が可能であってもやはり不安要素は多かったため海軍内でも疑問の声が上がり、結局アーセナル・シップの開発は計画を推し進めたボーダ海軍作戦部長が1996年5月16日に自殺したことにより急速に勢いを失っていった。一応アメリカ海軍は1997年に実証艦の建造予算を要求するが、議会での審議の結果海軍が要求するだけの予算を付けなかったことによりアーセナル・シップ計画は完全に息の根を止められた。直接的なつながりはないがオハイオ級原子力潜水艦のSSGN(巡航ミサイル潜水艦)化はアーセナル・シップの考えに近い。

船体

複数の予想図があるがいずれもステルス性に考慮した船体になっており、ズムウォルト級ミサイル駆逐艦と同じように上部へ向かうほどすぼまっていくタンブルホーム船型になっている。甲板には艦橋部を除きほとんど一面にVLS 500セル前後を装備する予定で、それ以外にMLRS(多連装ロケット・システム)と5インチ砲を装備する計画もあった。後部にはヘリ甲板を装備するが格納庫はないため燃料補給など一定の支援に限られる。ちなみに予想図に描かれている艦番号72であるが、これは最後の戦艦ルイジアナ(計画中止)に続くものである。

乗組員が50名と少なくダメージ・コントロール(艦が被害を受けた際の応急処置)に割ける人員が限られていることから、船体を2重船殻として被弾時に乗組員による対応が十分ではなくとも容易に沈まないようにした。

利点

アーセナル・シップの利点は排水量の割に安価なことである。1隻あたりの建造費は最高でも5億5000万ドルとされ、それを超えてはならないと言明されていた。これは空母(船体のみで約50億ドル)のみならずイージス艦(約10億ドル)などと比べてもかなり低い。維持費を低く抑えることも条件に加えられており、乗組員が少ないので人件費が抑えられる。

別の利点に安全性の向上がある。アーセナル・シップを艦隊へ導入するということは、従来の空母から発進する航空機による爆撃等の攻撃方法に替えて、アーセナル・シップからの精密誘導ミサイルによる攻撃方法を採る、という考えが背景にある。これは飛行士の命を危険に曝す必要が減るために安全となる。撃墜されれば航空機と飛行士が失われ、製造コストと教育訓練コストや人的資源の損失に繋がるが、アーセナル・シップではそういった要素は排除できる。

問題点

新しい兵器コンセプトには不安がつきまとうが、アーセナル・シップには問題点が少なからずあった。

僚艦によって管制を行うシステムは理論上は機能するとしても、実際には予期せぬシステムの故障や運用上の障害がおこる可能性があり、機能が複数艦に分散する点でも信頼性が高いとはいえない。また1隻にミサイルを集中させてしまうこともリスク分散の面から考えても好ましくない。もしアーセナル・シップのデータリンクシステムが故障すれば、搭載する全てのミサイルが使用できず、他艦が健在であっても艦隊の攻撃能力が激減してしまう。

投射能力の面から見るとアーセナル・シップはミサイルを最大500発以上搭載可能で投射能力は通常の水上艦に比べれば遙かに大きいが、艦載機によって反復攻撃を行える空母には遠く及ばない。

またコストの面から見るとアーセナル・シップが攻撃に使用するのはトマホークをはじめとするミサイルであるが、ジェットエンジン等の推進装置にレーダーなどの誘導装置を搭載する対地ミサイルは航空機が主に使用する誘導爆弾に比べるとかなり高価であり無誘導爆弾ではその差はさらに大きくなる。例えば誘導爆弾のひとつであるJDAMが約21,000ドルなのに対してトマホークは約570,000ドルと桁一つ高い。

艦載機であれば空中給油を行い内陸部まで侵攻させることも可能であるがトマホークの射程は最大でも2,000km程度で内陸部へ攻撃を行うことは不可能である。ただしこれについては多くの都市が沿岸地域に集中していることなどを考慮するとさほどの欠点ではないとも考えられる。

ミサイルは洋上で補給することも可能ではあるが、アーレイバーク級フライトII Aでは補給に使用するクレーンを撤去したことなどに鑑みると、洋上での補給は現状ではかなり困難を伴うと考えられる。こうしたことから、アーセナル・シップが長期間持続した攻撃を行うことは技術的にも予算的にも困難で、活躍の場は湾岸戦争初日のような敵国に対しての第一打にしかない。

対空対艦戦闘能力も持つことになっていたが目標の探索などは他の艦や航空機に頼るため、持続性の向上にはつながるものの艦隊としての対処能力向上につながるものでもなく、対地対空ともに活躍できる空母には遠く及ばない。

空母ほどの活躍は期待できない艦であるが、その割に空母と並ぶ重要な艦と認識される可能性が高かった。アーセナル・シップは予定されていた建造数が6隻と単純に少ないことに加え、管制をする艦が攻撃や故障などによっていなくなることを避ける必要があるため複数の艦がアーセナル・シップと行動をともにする必要があると考えられる。結果的に空母並みとは言わなくとも、それに近い数の護衛を付ける必要がある。それだけ多数の護衛が必要であれば、それらの艦にそれぞれミサイルを搭載しても何ら変わりが無いという話になってしまう。そしてリスク分散を考えればそのほうがむしろ良いのは、上記で述べた通りである。

上記の複数の問題点から、アーセナル・シップは当初構想されたほど費用対効果に優れている訳ではないという分析が出来る。

なお、同じく多数の巡航ミサイルを搭載する艦としては、巡航ミサイル潜水艦が(オハイオ級原子力潜水艦の改装として)建造されている。潜水艦であれば上記に掲げたアーセナル・シップのデメリットは一部回避でき、また「既存の戦略ミサイル潜水艦潜水艦発射弾道ミサイル発射管を、同じサイズの多連装巡航ミサイル発射管に換装するだけ」という安価な改装ですむ事、冷戦後に無用の長物と化していた戦略ミサイル潜水艦の戦術支援兵器としての再利用方法を確立した事、という側面もあり実用性が高い。

諸元(計画値)

  • 満載排水量:約20,000t
  • 乗員:最大で50名(うち25%は女性を想定)
  • VLS:約500セル(スタンダードミサイル、トマホーク、ESSMなど)
  • 航海速力:22kt

関連項目