アンデルセン (製パン)

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テンプレート:出典の明記 テンプレート:Infobox 株式会社アンデルセンAndersen Co.,Ltd.)は、広島県広島市中区に本社を置く製パン会社。一般には「アンデルセン」で知られている。アンデルセングループタカキベーカリー)の系列会社である。

概要

タカキベーカリー創業者の高木俊介が1959年にデンマークのコペンハーゲンで食べたデニッシュペストリーに感銘して以来、「デンマーク」をテーマとしており、屋号はデンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンを由来としている。

日本初のセルフチョイス導入や、デニッシュペストリーを初めて販売したことで知られる。

広島アンデルセン、青山アンデルセンなど全国に74店舗展開し、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリアにも進出している。2008年5月にはコペンハーゲンにデンマーク1号店をオープンした。

現在、日本国内のほとんどのベーカリーで採用されている、顧客がトングを使用して商品をピックアップする販売方法の発祥である。

沿革

  • 1967年10月:広島アンデルセンオープン
  • 1970年10月:青山アンデルセンオープン
  • 1973年10月:アンデルセン東京本部開設
  • 1978年10月:広島アンデルセン増改築工事完成
  • 1985年7月:青山アンデルセン移転
  • 1988年10月:広島アンデルセンリニューアル
  • 2002年4月:広島アンデルセン耐震工事完成
  • 2004年11月:青山アンデルセンリニューアル
  • 2008年5月:コペンハーゲンにアンデルセンオープン

広島アンデルセン

テンプレート:商業施設 1階がベーカリー、2階がセルフサービスのレストラン、3階がデザインショップ、4階から6階がパーティーフロアからなる。1967年10月、パンと洋菓子店とレストランの複合店舗としてオープン。その後増築して現在の状況になった。

創業者の思想や建物自体の由来から、1981年4月デンマーク王国マルグレーテ2世女王ヘンリク王配、1986年11月フリデリック王太子、と平和公園を訪れたデンマーク王室がここも訪れている。

長年続いたアンデルセンとデンマーク王国との交流から、広島アンデルセンには広島、山口、島根、鳥取各県を管轄とした在広島デンマーク王国名誉領事館が存在する。

建物の来歴

1925年(大正14年)、三井銀行(現在の三井住友銀行)広島支店として建てられた。設計は長野宇平治ルネサンス様式を模した当時ではモダンな建物だった。1943年(昭和18年)、合併に伴い帝国銀行となった。

1945年(昭和20年)、広島市への原子爆弾投下爆心地から360mに位置した。爆風により屋根の殆どが落ち、内部も殆ど崩壊、北西部の外壁が吹き飛ぶほど大破した。

戦後反核運動が行われる中で、その象徴として原爆ドームとどちらを残すか議論が展開された。1950年(昭和25年)、帝国銀行営業再開。1954年(昭和29年)行名を三井銀行に変更、1962年(昭和37年)老朽化に伴い三井銀行は移転、その後は広島銀行農林中央金庫広島支所として使われた。

1967年(昭和42年)、タカキベーカリーが建物を買い取り、広島アンデルセンとしてオープンした。元々は建て替えも検討されていたが、ヨーロッパの古い建物を生かす考えに倣い、銀行を大改装して店舗にした。改装の時に正面玄関を撤去し、1階の金庫を冷蔵庫にするなどの改装を行った。その後、1978年(昭和53年)に新館が完成、2002年(平成14年)に耐震及び耐火工事を行った。

2010年現在、現役使用されている被爆建物としてはレストハウスに次いで2番目に爆心地から近い。また民間所有の建物としては爆心地から最も近く、爆心地から1km以内だとここと福屋八丁堀本店と2例のみ。元銀行関連の建物としては旧日本銀行広島支店と2例のみになっている。

青山アンデルセン

テンプレート:商業施設 国道246号(青山通り)と表参道との交差点付近にあり、すぐそばに東京地下鉄表参道駅がある。

1970年10月オープン、1985年7月現在地に移転、2004年11月リニューアルオープンした。

地下がサンドイッチバー、1階がベーカリー、2階と3階がレストランからなる。

関連会社

関連項目

関連書籍

  • 山下和也・井手三千男・叶真幹 『ヒロシマをさがそう:原爆を見た建物』 西田書店、2006年 ISBN 488866434X

外部リンク

テンプレート:広島県の被爆建物

テンプレート:Asboxen:Andersen Co., Ltd.