けいはんなプラザ

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テンプレート:建築物 テンプレート:Infobox けいはんなプラザは、関西文化学術研究都市精華・西木津地区にある文化学術研究交流施設。

概要

テンプレート:節stub 官民共同出資の株式会社けいはんなが運営し、ラボ棟、スーパーラボ棟、交流棟の3つのビルから構成されている。ラボ棟には研究施設、郵便局、接骨院などがあり、交流棟には「けいはんなプラザホテル」や京都府立けいはんなホール、アトリウム、レストラン・銀行などがある。

日時計

けいはんなプラザが1993年にオープンした際、前庭に設置されたもの[1]。箕原真が設計したもので、針は高さ約20m、長さ約35mのチタニウム製で、文字盤は面積が3,877.86m²あり、文字盤の面積世界一として1994年度のギネスブックに記載された[1][2][3]。当初はアルゴンガス方式の青緑色のレーザー光線を北極星に向けて発射していたが、1996年に装置が故障し、高額な費用がかかるため修理はされないまま放置されていた[1]

しかし、2008年になり、日本伸縮管の岩本泰一社長がレーザー光線を放っていた時の写真を見て復活させることを思い立ち、名古屋市中心部の公園など新しい照射システムを調査したうえで、けいはんな学研都市精華地区まちづくり協議会でレーザー光線復活計画を提案[1]。日時計を所有する株式会社けいはんなの承諾を得て、けいはんな学研都市精華地区まちづくり協議会は2010年6月24日に半導体を使っての光線の試験照射を行った[1][4]

また、同協議会は2010年10月12日にも試験を実施[5]。これに合わせ、株式会社けいはんなは1995年から約6年間営業していたビアガーデンを試験と同じ日に復活させた[5][6]

そして、2週間後の10月26日、けいはんな学研都市精華地区まちづくり協議会や精華町・木津川市の4地区の住民代表などでプロジェクトチームを発足[7]。同年12月27日には京都府の地域力再生プロジェクトの平成22年度第2回交付金の対象に選ばれ、申請額と同じ225,000円の交付が認められた[8][9]

その後、2012年2月には精華町・木津川市の住民および地元企業などからの募金が800万を超し、同年3月4日に緑色の光を放つ米国製の10w型半導体レーザーの設置が完了[10][11][12][13]。3月9日より永続的なレーザー照射が再開された[14][15]

沿革

  • 1978年昭和53年)9月 - 関西学術研究都市調査懇談会が発足する[16]
  • 1983年(昭和58年)3月 - 関西文化学術研究都市建設推進協議会が発足する[16]
  • 1986年(昭和61年)6月 - 財団法人関西文化学術研究都市推進機構が設立する[16]
  • 1986年(昭和61年)6月 - 国土庁が「関西文化学術研究都市建設基本方針」を策定する[16]
  • 1987年(昭和62年)6月 - 関西文化学術研究都市建設促進法が公布・施行される[16]
  • 1989年平成元年)1月 - 関西文化学術研究都市推進機構が「文化学術研究交流施設の具体化に関する調査」の結果をまとめる[16]
  • 1989年(平成元年)4月 - 文化学術研究交流施設の準備室が大阪市内に置かれる[16]
  • 1989年(平成元年)4月 - 賢人会議において、設置運営会社名を京都、大阪、奈良をやわらかく表現した「けいはんな」とすることが決定する[16]
  • 1989年(平成元年)6月 - 株式会社けいはんな設立発起人会が開催される[16]
  • 1989年(平成元年)8月1日 - 株式会社けいはんな設立 (会長 宇野 收、社長 小林 庄一郎 資本金:27億円 本店設置場所:京都市下京区五条通烏丸東入松屋町438)。
  • 1989年(平成元年)8月24日 - 株式会社けいはんなが「文化学術研究交流施設を整備する株式会社」と内閣総理大臣に指定される[16]
  • 1993年(平成5年)4月 - けいはんなプラザ竣工が竣工[16]
  • 1993年(平成5年)4月 - 株式会社けいはんなの本店がけいはんなプラザ内に移転する[16]
  • 2007年(平成19年)11月30日 - 民事再生手続き開始を申し立てる[17]
  • 2007年(平成19年)12月31日 - 大阪地裁が民事再生の手続き開始を決定する[18]
  • 2008年(平成20年)4月30日 - けいはんなが大阪地裁に再生計画案を提出する[19]
  • 2008年(平成20年)7月4日 - 再生計画について債権者による票決の結果、大多数の同意を得る[20]
  • 2008年(平成20年)7月30日 - 大阪地裁が再生計画認可決定[21]
  • 2008年(平成20年)9月19日 - 大阪地裁が民事再生手続き締結を決定する[22]
  • 2008年(平成20年)12月26日 - 住友ホールが京都府立けいはんなホールとなる[23]
  • 2011年(平成23年)1月27日 - けいはんなプラザとセブンイレブン木津州見台1丁目店で行われた改装の完成式典が行われる[24]。改装は、けいはんなエコシティ推進プランの一環として環境省から約6億円の委託費を受けた京都府がけいはんなプラザ、セブンイレブン木津州見台1丁目店、同志社大学京田辺キャンパス知真館1号館を省エネ化したもので、けいはんなプラザでは太陽光発電パネル258枚をけいはんなホールとスーパーラボ棟の屋上に、太陽熱温水パネルを展示棟に設置し、照明約1,590台がLEDに交換された[24]

交通アクセス

両駅から奈良交通バスまたは精華くるりんバス10分「ATR」バス停下車すぐ。

関連項目

参照元

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

外部リンク

  • 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 「レーザー光線 夢色再び けいはんな世界最大日時計 14年前故障 まち活性化へ新調 協議会、あす発射テスト」『京都新聞』2010年6月23日付夕刊、第8面
  • 「新山城百景32 けいはんなプラザの日時計 近未来思わすチタンの輝き」『京都新聞』2006年9月13日付朝刊、山城A、第22面
  • 日時計広場・駐車場 - けいはんなプラザ
  • 「北極星目指す光 復活へ けいはんなプラザ 日時計から試験発射」『京都新聞』2010年6月26日付朝刊、山城A、第24面
  • 5.0 5.1 「レーザー光線 14年ぶり復活を けいはんなプラザ 世界最大の日時計 企業や住民、チーム発足へ」『京都新聞』2010年10月14日付朝刊、第21面
  • 「レーザー復活へ 活性化願い 12日に再試射 精華学研都市」『京都新聞』2010年10月9日付朝刊、山城A、第24面
  • 「『まちづくりの発火点に』 けいはんなプラザ 日時計レーザー光線 復活チーム発足 来秋、夢誓う」『京都新聞』2010年10月27日付朝刊、山城A、第18面
  • テンプレート:PDFlink - 山城広域振興局
  • 「京都府・地域力再生プロジェクト 山城地域 28事業に930万 井手『美人の里』 宇治・久御山 企業防災研」『京都新聞』2010年12月28日付朝刊、山城A、第18面
  • 「けいはんなプラザの巨大日時計 レーザーの輝き フォーエバー 企業や住民代表から寄付 『学研都市 盛り上げたい』 9日から16年ぶり復活」『京都新聞』2012年2月24日付朝刊、第19面
  • 「世界一の日時計:学研都市活性化の光、発信 16年ぶり、レーザー光線が復活 -- 9日」『毎日新聞』2012年3月6日付、京都版、第25面
  • 「学研都市の象徴、復活 寄付実り、9日照射」『朝日新聞』2012年3月7日付朝刊、南京都・1地方、第27面
  • 「レーザー光線、復活 けいはんなプラザ」『朝日新聞』2012年3月7日付朝刊、京都市内・1地方、第27面
  • 「レーザー復活 夜空に映え 精華の日時計」『京都新聞』2012年3月10日付朝刊、第24面
  • 「復活の光、星に届け けいはんなプラザ」『朝日新聞』2012年3月10日付朝刊、南京都・1地方、第31面
  • 16.00 16.01 16.02 16.03 16.04 16.05 16.06 16.07 16.08 16.09 16.10 16.11 会社設立の経緯 - けいはんなプラザ
  • テンプレート:PDFlink」けいはんな、2007年11月30日
  • テンプレート:PDFlink」けいはんな、2007年12月31日
  • テンプレート:PDFlink」けいはんな、2008年4月30日
  • テンプレート:PDFlink」けいはんな、2008年7月4日
  • テンプレート:PDFlink」けいはんな、2008年7月30日
  • テンプレート:PDFlink」けいはんな、2008年9月19日
  • テンプレート:PDFlink」けいはんな、2008年12月19日
  • 24.0 24.1 「けいはんなプラザとコンビニ 学研2施設『エコ仕様』 太陽光発電やLED導入」『京都新聞』2011年1月28日付朝刊、第24面