コケ植物
テンプレート:生物分類表 コケ植物(コケしょくぶつ、テンプレート:Lang-en-short)とは、陸上植物かつ非維管束植物であるような植物の総称、もしくはそこに含まれる植物のこと。コケ類(コケるい)や蘚苔類(せんたいるい)、蘚苔植物(せんたいしょくぶつ)などともいう。世界中でおよそ2万種ほどが記録されている。多くは緑色であるが、赤色や褐色の種もある。大きな群として、蘚類・苔類・ツノゴケ類の3つを含む。それをまとめて一つの分類群との扱いを受けてきたが、現在では認められていない。
なお、日常用語にて「コケ」は、そのほかに地衣類なども含む。その他文化的側面については苔を参照されたい。
目次
特徴
重要な点は、三つの群で大きく異なるが、共通することも多い。主な共通点は、栄養体が小型で単相(haploid phase)であることである。
形態
植物体は小型で、多くは高さ数cmまで。体制から茎と葉が明瞭な茎葉体(けいようたい)と明瞭でない葉状体(ようじょうたい)とに分けられる。茎葉体の場合、双子葉植物のように軸と葉の区別がつくが、構造ははるかに簡単である。いずれにせよ、維管束はないが、その役割を代用する細胞は分化している場合がある。胞子体の頂端の胞子嚢に作られる胞子によって繁殖する(ただし、コケ植物では胞子嚢を蒴(朔、さく)と呼ぶ)。蒴の形態や構造は重要な分類上の特徴である。
繁殖は、胞子によるもののほか、無性生殖として植物体の匍匐枝や脱落した葉より不定芽を出しての増殖を行なう。一部の種では、特に分化した無性芽という構造体を作るものも知られている。
生活環
生活環は、シダ植物などと同様に世代交代を行う。ただしコケ植物の場合、主要な植物体は配偶体であり、核相は単相 (n) である。
配偶体がある程度成長すると、その上に造卵器と造精器が形成され、それぞれ卵細胞と精子をつくる。雨などによって水に触れた時に、精子が泳ぎだし、造卵器の中で卵細胞と受精し受精卵(接合子)がつくられる。受精卵はその場で発生を始め、配偶体に栄養を依存する寄生生活の状態で発達し、胞子体を形成する。
この胞子体は複相 (2n) で、長く成長することがなく、先端に単一の胞子嚢を形成するとそれで成長を終了する。先端の蒴(胞子嚢)の内部では減数分裂が行われ、胞子(単相 (n) )が形成される。
胞子は放出されて発芽し、はじめは枝分かれした糸状の原糸体(げんしたい、protonema)というものを形成する。原糸体は葉緑体をもち、基質表面に伸びた後、その上に植物体が発達を始め配偶体となる。なお、一部に生涯にわたって原糸体を持つものがある。
配偶体は雌雄同株のものが多いが、雌雄異株のものもある。雌雄異株の場合、外見上は差のない場合が多いが、はっきり見分けのつくものもあり、中には雄株が極端に小さくて雌株上に寄生的に生活する例も知られている。
生育環境
基本的には陸上生活をするが、少ないながら淡水中に生育するものもいる。ただし海水中に生育するものは確認されていない。
湿った環境を好む種が多く、温暖で湿潤な地域に多くの種を産する。乾燥した環境にも、数は少ないが、適応した種はある。森林に生活する種が多いが、岩場や渓流、滝の周辺などにも多くの種が見られる。特に霧がよくかかる雲霧林には、樹木に大量のコケが着生する例があり、蘚苔林(mossy forest)とも呼ばれる。畑地や水田にもそれぞれに独特のものが見られるし、市街地でもいくつかの種が生育している。
生育する基質としては、土や腐植土、岩上、他の植物体(樹皮、葉の表面、樹枝)、昆虫等の動物などあらゆる場所に、さまざまな形で生育する。
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立ち木を覆う苔
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水中に生える苔
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岩を覆う苔と地衣類
分類と系統
古くは陸上植物の中で、小柄で維管束を有さないことから、陸上生活への適応が不十分な原始的な群とされ、シダより下等な一群として扱われてきた。その中で蘚類と苔類が区別され、さらに苔類からツノゴケ類が区別された。しかし、最近の形態や分子を用いた系統学的研究等から、コケ植物は単系統群ではなく側系統群であることが判ってきた(系統を参照)。新しい分類では、それぞれの単系統群を門として扱うようになってきている[1]。下記の綱や亜綱の分類は2009年刊の「植物の百科事典」[2]による。したがって、上掲の分類表は過去のものである。
- ゼニゴケ植物門 Marchantiophyta - 苔類
- 植物体の形は葉状体または茎葉体。茎葉体の場合、葉の形は丸っこく、大きく裂けて腹面側と背面側に分化する。胞子体(蒴)は比較的短期間しか存在せず、軟弱。胞子体は4つに割れて胞子を散布する。世界に8000種[3]、日本では600種以上が知られている。
- ツノゴケ植物門 Anthocerotophyta - ツノゴケ類
- 植物体は葉状体。胞子体(蒴)は細長い角状で緑色。蒴は熟すと4片に裂ける。その中心に軸柱がある。世界に400種程度が知られている[3]。
- マゴケ植物門 Bryophyta - 蘚類
- 植物体の形は茎葉体。葉は木の葉型で大きく裂けることはない。胞子体は丈夫で長く存在し、蒴と蒴柄にわかれている。蒴の先端には帽という帽子状の構造によりかぶされている。例外はあるが、多くのものがさくの先端に蓋があり、それが外れて生じる穴から胞子を散布する。1万種程が生育すると推定されており[3]、日本では1000種以上が記録されている。なお、新分類で蘚類のことをBryophytaとするようにしたため、Bryophytaに狭義と広義の意味が生じるようになった。
伝統的な分類
伝統的な分類では、コケ植物は植物界コケ植物門 (Bryophyta) として一群にまとめられる。内部分類は3つの綱に分類され、それぞれ、スギゴケやハイゴケなどの蘚類(蘚綱)、ゼニゴケやツボミゴケなどの苔類(苔綱)およびツノゴケ類(ツノゴケ綱)である(ツノゴケは漢字で角苔と書くが、カタカナで表記するのが一般である)。
- 蘚綱(セン綱) Bryopsida
4つの亜綱に分けられるが、大部分の種はマゴケ亜綱に所属する。
- ミズゴケ亜綱 Sphagnidae - ミズゴケ
- クロゴケ亜綱 Andreaeidae - クロゴケ
- ナンジャモンジャゴケ亜綱 Takakiidae - ナンジャモンジャゴケ
- マゴケ亜綱 Bryidae - スギゴケ・ハイゴケ・ヒカリゴケ・ギンゴケ・チョウチンゴケ・コウヤノマンネングサ・サガリゴケ・ウカミカマゴケ(マリゴケ)
- 苔綱(タイ綱) Hepaticopsida
系統
コケ植物の3群の系統関係については、2つの分岐パターンが示されている。1つは、最初に苔類が、次にツノゴケ類が、最後に蘚類がPolysporangiates(en、コケ植物以外の陸上植物を含むグループ、維管束植物とほぼ同義)から分岐したパターンである。もう1つは、最初にツノゴケ類が、次にPolysporangiatesが、最後に蘚類と苔類が分岐したパターンである。
形態や精子の微細構造、化学組成等を用いた解析だとこのうち前者を示す説が多いが、RNAを用いた解析では後者を示唆する結果が示されており、また解析に使用した植物や遺伝子により異なった結果も示されている[4]。
藻類との関係
コケ植物を含む陸上植物と緑藻類の共通する形質はいくつか知られている。例えば、光合成色素としてクロロフィルaおよびbを持ち、同化産物(糖)の貯蔵物質はデンプンである。また精子の鞭毛を2本持つことも他の緑藻類を除く藻類との差異である。
ただし、基本的に陸上生活をするコケ植物と水中生活をする緑藻類は多くの点で異なっており、特に繁殖に関わる形質・生態は明瞭である。生殖器官は緑藻類は単細胞で、コケ植物は多細胞であり造卵器や胞子嚢は他の細胞に覆われている。これは配偶子や胞子などを乾燥から守る目的がある。また受精後、コケ植物が植物体にとどまり胚を形成することも緑藻類との相違点である。
なお、緑藻類の中でも車軸藻類のColeochaete属と核分裂の様式や共通の光合成酵素を持つこと、分子系統の結果などより近縁であることが示唆されている。
シダ植物との関係
コケ植物は古生代に陸上進出したシダ植物とは、両者ともに多細胞で壷型の造卵器を形成するが、このような構造は藻類には見られない。また、両者ともに世代交代を行い、配偶体の上で胞子体が発芽する。したがって、シダ植物において、前葉体から幼いシダが伸びる姿と、コケ植物の植物体からさくが伸びる姿とは同等のものである。ただし、シダ植物や種子植物では胞子体が発達するのに対して、コケ植物では配偶体が発達するのが大きな相違点である。また葉緑体DNAの比較結果より苔類とヒカゲノカズラ類が近縁であることが示されている[5]。
コケ植物およびシダ植物・種子植物が側系統群であることが示唆されているものの、両者の系統関係については説が分かれている。コケ植物に近い先祖からシダ植物が分化したのか、両者に共通の祖先から両者が分化したのか、近縁な祖先から平行的に進化したのかなど、さまざまな議論がある。ただし、シダ植物からコケ植物に退行進化をしたことを示す結果は示されていない[5]。
採集と標本
コケ植物は、その姿が小型であり、しかも多様な生活環境に生育する種がある。これがカビともなれば野外採集はできず、持ち帰って分離操作をするのだろうが、コケはそのような方法が適用できない。どうしても野外で採集しなければならない。小さなものでは、砂岩の砂粒の間に葉が隠れてしまうようなものもあるから、ルーペは必須である。
したがって、コケ植物の採集家は歩みが遅い。一歩進むごとに樹の肌を見、葉の上を見、枝を見、樹の根元を見、足元を見る。沢であれば岩面の向きの違う場所をずっと見て回り、岩の隙間を探し、草の根元を見、水しぶきのかかるところも見て、その周辺の樹木も見なければならない。素人目には一塊のコケの集団であっても、複数種が交じっていることも普通である。日本の蘚苔類学会のある年に行なわれた観察会では、山間部の渓谷にコースを設定してあったのに、その入り口の駐車場周辺だけで1日を過ごしてしまったとの伝説がある。
その代わりに、標本作製と保存は簡単で、一般には陰干しして、紙に包んでおくだけ(乾燥標本)である。この状態で虫がつくこともほとんど無いと言う。シダや高等植物の押し葉標本が、放置すればあっと言う間にボロボロになるのとは大きな違いである。観察したいときは水に戻すと、ほぼ元の形に回復する。
利用
日本文化の文脈における「コケ」については苔を参照。
コケ植物が実用的に用いられる例としては、圧倒的にミズゴケ類が重要である。日本ではその分布が多くないが、ヨーロッパではごく普通にあり、生きたものは園芸用の培養土としてほとんど他に換えがない。他に乾燥させて荷作りの詰め物とし、またかつては脱脂綿代わりにも使われた。またそれが枯死して炭化したものは泥炭と呼ばれ、燃料などとしても利用された。
それ以外となるとかなり重要度が落ちる。日本では庭園や鉢植えに利用されるが、主としてバックグラウンドとしての価値を認められていると見た方が良いだろう。
日本のコケ植物
日本には約1800種のコケ植物が分布しており[3]、そのうち200種以上が絶滅の危機に瀕しているといわれている[6]。
日本では、古来より蘚苔類は身近なものであり、多くの和歌の中で詠われている。現在、ミズゴケ類やシラガゴケ類、スギゴケ類、ツルゴケ、ハイゴケなど多数のコケ植物が園芸用・観賞用として栽培、販売されている。
コケ植物の研究を行っている組織・機関
日本
日本では、いくつかの大学や博物館、研究所でコケ植物に関する研究が行われている。
- 分類・系統・植物地理・生態関係では、以下のものがあげられる。
- (大学)広島大学、東京大学、高知大学、姫路工業大学、玉川大学、岡山理科大学、南九州大学、慶應義塾大学など
- (博物館)国立科学博物館、千葉県立中央博物館、兵庫県立人と自然の博物館など
- (研究所)国立極地研究所、服部植物研究所など
- 生理・生化学・化学関係では、以下のものがあげられる。
- (大学)広島大学、熊本大学、徳島文理大学、静岡大学、帯広畜産大学など
- (研究所)国立極地研究所、国立環境研究所など
また、日本蘚苔類学会がコケ植物を専門に取り扱う学会としてあげられる。
ドイツ
脚注
参考文献
- 岩月善之助 「コケ植物」『週刊朝日百科 植物の世界136 コケ植物1 セン類』 岩槻邦男ら監修、朝日新聞社、1996年、98-99頁。
- 岩月善之・北川尚史・秋山弘之 「コケ植物にみる多様性と系統」 『植物の多様性と系統 バイオディバーシティ・シリーズ2』 岩槻邦男・馬渡峻輔監修、裳華房、1997年、42-74頁、ISBN 978-4-7853-5825-9。
- 岩月善之助編 『日本の野生植物 コケ』 平凡社、東京、2001年、ISBN 9784582535075。- 生態写真が多く、日本の代表的なコケ植物について図が掲載されている。
- 加藤雅啓編 「陸上植物の分類体系」 『植物の多様性と系統 バイオディバーシティ・シリーズ2』 岩槻邦男・馬渡峻輔監修、裳華房、1997年、21-27頁、ISBN 978-4-7853-5825-9。
関連項目
外部リンク
- 日本蘚苔類学会
- 広島大学デジタル自然史博物館 - コケ植物の基本的情報
- 岡山コケの会
- 国立科学博物館 陸上植物研究グループ
- 高知大学理学部自然環境科学科 植物分類学研究室
- 服部植物研究所
- きまぐれ生物学 - コケ植物の生物分類表
- ↑ 門の和名はきまぐれ生物学より。
- ↑ 石井龍一・岩槻邦男等編『植物の百科事典』、朝倉書店、ISBN 978-4-254-17137-2 C3545
- ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 岩月善之・北川尚史・秋山弘之 「コケ植物にみる多様性と系統」 『植物の多様性と系統 バイオディバーシティ・シリーズ2』 岩槻邦男・馬渡峻輔監修、裳華房、1997年、49頁、ISBN 978-4-7853-5825-9。
- ↑ 秋山弘之 「コケ植物の分子系統」 『植物の多様性と系統 バイオディバーシティ・シリーズ2』 岩槻邦男・馬渡峻輔監修、裳華房、1997年、57-59頁、ISBN 978-4-7853-5825-9。
- ↑ 5.0 5.1 加藤雅啓編 「陸上植物の分類体系」 『植物の多様性と系統 バイオディバーシティ・シリーズ2』 岩槻邦男・馬渡峻輔監修、裳華房、1997年、25頁、ISBN 978-4-7853-5825-9。
- ↑ 環境省報道発表資料 『哺乳類、汽水・淡水魚類、昆虫類、貝類、植物I及び植物IIのレッドリストの見直しについて』、2007年8月3日。